第9話 戦いは人生を映す鏡

「おっ……」


 そこで近付いてきた魔獣を威嚇するように、一瞬の内に魔弾が三発放たれたのがジンクの目に映る。


 おそらくバスの屋根部分に居る警備の攻撃だろう。


(見事なもんだな……)


 魔獣を刺激し過ぎず、それでいて近付くのは脅威と思わせる絶妙な攻撃。


 その攻撃を見るだけで警備を任されていると納得するのに十分過ぎる程であった。


(異界のバスは全然乗り心地が違うんだろうな)


 警備に守られていると感じた瞬間、ジンクはふと、異界の事を考える。


(『ドーロ』とかいう道の上を走るんだっけか?)


 けれど、そんな道を作っても魔獣達がすぐに壊して使い物にならなくなるし、街から街なんていう距離に魔除けを施すのは不可能に近い。


 だから魔除けの施された箱を魔力で浮かせて移動する乗り物。


 それも街から街へと移動する大型の物を異界に倣ってバスと呼んでいる。


(異界か。どんな世界なんだろうな……)


 この世界では魔除け無しでは隣町へ行く事さえ命懸けになる事も珍しくない。


 それ故に生まれた場所で生き、その場所以外を知らずに死んでいく人間の方が遥かに多い。


 そんな世界で生きてきたジンクには、どうしても異界の様子が思い浮かばず――


 だからこそ、何もかも遠いその世界へと想いを募らせていた。


「乗り慣れているのですか? 落ち着いて見えます」


 一人で空想に浸っているジンクをどう勘違いしたのか。


 感心したように放たれたセーラの声にジンクは我に返る。


「ふふふ、実は俺も初めてで興奮してる」


 先程の話を普通に口に出してセーラとしていれば、話が盛り上がったりして、もう少し仲良くなれたかもしれない。


 けれど、そんな考えが浮かぶ余裕がないほどには、ジンクも初となるバスの乗車に興奮していたのだ。


 ――セーラに田舎者と思われるなんて注意したが、そもそも乗客はジンクとセーラの二人しか居ない事にさえ気付いていない程に。


「こんな事をしていいのでしょうか……」


 不意に。


 先程まではしゃいだ様子を見せていたセーラが不安げに顔を曇らせる。


「休日に食料や服とかを買いに行くのがどこか変か? そういうのを含めた準備期間だと思うが……」


 突然のセーラの変容に戸惑いつつ、ジンクは特におかしい事はないだろうと思い答えた。


 というのも、オルビス魔術学園の入学生は大体が貴族。


 寮に引っ越すにしろ、自宅から通うにしろ入学が決まってすぐに行動出来るかと言えば、色々と面倒な家も多い。


 その辺を考慮しているのか、入学が決まってから数日の間は準備期間として休みが設けられているのだ。


「変ではないですが、私はまだまだ未熟でアナタほど強くないです。アナタが休んでいる間にも訓練しないと差は埋まりません……」


 けれど、セーラはそういう期間だからこそ鍛錬に集中して、少しでも周りに追い付くべきだと考えているようだった。


(むう、いかんな……)


 どうにもセーラには休暇や息抜きといった考え方が乏しい上に、負けた事への反省や自責の念が強いらしい。


 このまま連れ回したところで、到底休日を楽しんではくれないだろう。


「こうして休日を満喫する事で、より強くなれるとしたらどうだ?」


 ジンクは一計を案じる事にした。


 要するに口から出まかせを言って、セーラをその気にさせる事にしたのだ。


「何言ってるんです?」


 案の定、セーラは胡散臭そうにジンクを眺める。


「いいか。戦いっていうのは、己の生き様が出るんだ。それも本気になればなるほど如実にな。単純な魔術の腕や戦闘力じゃアンタは俺に決して負けてなかった。いや、むしろ勝ってたくらいだっただろうよ。それでも俺に勝てなかったのは何でだと思う?」


「才能の違い、ですかね?」


「どれだけ友達と遊んできたか、だよ」


 半分は口から出まかせである。


 けれど、半分は本音だ。


「遊んでいて強くなれる筈がないでしょう。それで強くなれるなら、遊び回っている人が最強の筈じゃないですか」


 当然のようにセーラは納得なんて出来ないとばかりに言葉を返す。


「そりゃあ単に遊ぶだけだらな。例えば、そうだな――」


 ジンクは一瞬考えるように目を瞑り、続きを口にしていく。


「多分、あの浮遊魔術を使った戦い方。的とか案山子とか、そういう感じの動かない物相手にしか練習した事ないだろ?」


「驚きました。どうして解るのです?」


「そりゃあ解るさ。同じ場所だけを正確に狙ってきてたからな。動いたり考えたりする相手に練習してたんなら、ああはならんだろうさ」


 自信満々に解説するジンクだが内心は全然違う。 


(当たってたか。よかったよかった……)


 もしここで外していたら、正直、他に思い浮かぶ交渉材料がない。


 一か八かの賭けであった。


「遊んでないってのはそういう事さ。一途に一人で鍛錬を積む。それで強くなれるヤツも居る。けどな、それこそ才能のあるヤツじゃなきゃ、そのやり方じゃ強くなるのに限界がある」


「どうしてです?」


「相手がどう動くか解らないからだ。そういうのは生きた相手とどれだけ言葉を交わし、相手とどれだけ仲良くなり、一緒に練習して、そして戦う。そうして相手の嬉しい事や嫌がる事が解るようになると戦いに意外な程に役立つのさ」


 逆に、その辺解らなくてもどうにか出来ちまうのが天才ってヤツだろうな、とジンクは付け加える。


「それがどれだけ遊んでいるかの差ってヤツだ」


「ふむ……」


「要するに友達と遊んだりしてないヤツはどれだけ強くても、どっかで弱いって事さ」


 これはジンクの本音だった。


 もしセーラに共に競い合う友達が居たなら、自分は負けていたかもしれないと感じる程に。


「その遊びを教えてくれるのです?」


「ああ、勿論そのつもりだ」


「友達として練習相手にもなってくれるのです?」


「いいぞ。俺の練習にもなるし、試合だけじゃなく一緒に特訓だってしてやらあ」


 セーラの言葉にジンクは迷う事無く頷いていく。


 安心させるように。


 迷惑なんて一切感じてないというように自信満々に。


「……それでアナタにどんな得があるのです? 勝てる相手と戦ったって何の練習にもならないでしょう?」


 それでもセーラは不安を覗かせる。


 それ程までにジンクへの敗北はセーラの自信を奪っていた。


「隙突けたから勝てただけだ。正面から攻略した訳じゃないさ」


 セーラは強い。


 事実、策略を用いて倒しただけで、それ以外だとジンクは避けたり転がったりしていただけである。


「ですが……」


 それを伝えてもセーラの表情は晴れない。


「あれだけ速いヤツと練習出来るってのは本当に有難いぞ。浮遊魔術の使い手も珍しいというか、初めて戦ったし。そこは自信持て。第一だな――」


 そこでジンクは言葉を区切り、セーラを見詰める。


「そういう損得抜きにしても一緒に居たら面白そうだ。友達ってそういうもんだろう?」


 何だかんだ言ってジンクはセーラの事が気に入っていた。


 色々面倒臭い部分は確かにある。


 けれど、その面倒臭いまでに真っ直ぐで純真な部分が好ましく、心配になりこそすれ嫌いになる事の方が難しかった。


「解りました。それではよろしくお願いします」


 ようやくセーラの方もある程度の納得を得られたらしい。


 言葉と共にペコリ、と頭を下げる。


「らしいっちゃらしいが、友達っぽくはないな。まあ、その辺は追々でいいとして――」


 そこでジンクはセーラを睨むように見詰めて告げるのだ。


「とりあえず、まずは服買いに行くから覚悟しとけよ。街まで行こうってのに訓練服で来るそのお洒落感覚を叩き直してくれるわ」


 曲がりなりにも男と街に出掛けるっていうのに、その服装には何か思えよ、と。


「どこか大きさ、合ってないです?」


 セーラには一切伝わらないのだけれども。

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