第8話 実はスープが一番好き

 日付は変わって朝。


 結局二人の話し合いはどうなったかというと――


「何だか丸め込まれた気がします……」


 どこか不服そうに館一階の広間で席に着いているセーラの姿から、ある程度の予想は出来る事だろう。


「朝食までは約束を気にせず普通に過ごす。で、まずは朝食は一緒に食べる。何か約束破ってるか?」


 そんなセーラを尻目にジンクは手際よく朝食の支度を進める。


 出来立てなのだろう。


 湯気と美味しそうな香りが辺りを包んでいく。


「確かに破ってはいませんし、そこに今更文句を言いたい訳ではないのですが――」


 そこでセーラは言葉を区切ると――


「どうしてアナタが朝食を作って並べているのです? 普通、こういうのは負けた方がするものだと思います」


 エプロンなんか付けてノリノリで朝食を並べるジンクに尋ねた。


「うるせえ。そんな事気にしてる暇があったら、俺の料理をもっと気にしろ」


 ジンクは僅かに苛立ちを見せつつも、それでも手を止める事無く朝食の支度を続ける。


(くそう、少しくらい美味そうな顔をしろっていうか興味持てよ。結構、手間掛けてみたんだぞ)


 並べているのはパンにスープ、野菜ジュースといった至極ありふれた物。


 どれも店に行けば似たような物は手に入るだろう。


(それともアレか? 朝食だからって軽くし過ぎたか? 食欲湧くように匂いに気を遣ったが、それりもっと肉とかで派手に仕上げるべきだったか?)


 だが、全てジンクの手作りだ。


 昨日用意しつつも、半ば無駄に終わった野営用品。


 その中にあった食料に、館にあった薬草やそれに準ずる香草の類を組み合わせて作った渾身の品であった。


 ――ちなみに薬の調合にでも使えそうな草などの材料は食料庫とは別の場所に山のように保管されていたが、肉や魚といったマトモな食材は本当に一欠けらすらなかった。


「負けたのにこの扱いは何か落ち着きません。今からでも私が支度を――」


「ほう。参考までに聞いてやるが、どんなご機嫌な朝食を用意してくれるんだ?」


「勿論、食糧庫から栄養満点の魔法薬を――」


「却下だ。それを食事とは俺は認めん!」


 席を立とうとしたセーラを迷う事なくジンクは止めつつ、言葉も完全に否定する。


(栄養補給だけの食事なんて寂し過ぎるだろうが)


 栄養は大事だとジンクも思うし、魔法薬も素晴らしい品なのは否定する気はない。


 けれど、それだけの食事はどうにも虚しい。


 少しはセーラに食というものへの興味を持ってほしい、というのがジンクの考えだった。


「いいか、今日一日は訓練も勉強もなし。明日に繋がる充実した休暇ってのを送ってもらう。この食事がその始まりだ」


 そして、それと同じように訓練や研究以外にも目を向けて欲しかった。


 それだけがジンクが一日付き合えという約束を取り付けた理由であった。


「はあ……」


 だが、言葉にしてもいないのにそんな事がセーラに伝わる筈がない。


 とりあえず唯一セーラに伝わったのは目の前の飯を食べろという事だけ。


「解りました。頂きます」


 それに従い、セーラがパンを口へと運ぶ。


「どうだ、感想は?」


 スープに合うように調整しつつ、パン単体でも美味しく感じるように工夫したジンク渾身の一品。


 期待の眼差しを向けるジンクであったが――


「凄いです。味があります」


 セーラの感想は一瞬で終わる短いものだった。


 しかも、口にした瞬間は僅かに驚いた様子を見せたものの、今はもう真顔である。


「……それだけか?」


 それでも僅かな期待と共に他の言葉をジンクは待つ。


「? 他に何かありますか?」


 けれど、セーラは不思議そうにジンクを見詰め返しただけだった。


「いや、うん、ない。止めて悪かった、気にせず食べてくれ」


(やっぱり素であんな事言っているヤツに食事の美味しさを感じさせるのが無理だったか? それともやっぱパンくらいじゃ足りなかったかなあ……)


 先行きに不安を感じ始めたジンクであったが――


 そこで気付く。


「…………」


 あまり食事を摂らなさそうな上に、それでなくともセーラは小柄だ。


 少食だろうと考え、セーラの前には最低限の量しかジンクはパンを置かなかった。


 代わりに念の為、中央に別皿でパンをいくつか置いておいたのだが――


 セーラは手を伸ばして、次々に新しいパンを取って食べていくのである。


(気に入った、のか?)


 表情は変わらず真顔で食べ続けるセーラの姿は、お世辞にも美味しそうには見えない。


 けれど黙々と忙しなく食べ続ける様子は、好物を与えられた小動物のように見えなくもない。


(解らん。とりあえず、俺も食うとするか……)


 考えても解らない事を無理に考えても仕方ない。


 セーラの事を気にするのを止めるとジンクも食事を始める。


(うむ、美味い!)


 そして、自ら作った料理に舌鼓を打つのだった。


 


   〇   〇


 


「これがバスなのですね。思っていたより中も広いです」


「そうキョロキョロするなって。田舎者だと思われるぞ」


 フワフワとバスに揺られ、二人は街へと向かう。


「すみません。ですが、あの異界の魔道具を再現したと言われる物の中でも、大規模な物の一つですし、興味深くて……」


「ほう。結構異界の話好きなのか?」


「はい。勇者達の活躍の話も気になりますが、異界の話の方が私は興味深くて好きです」


「だよなあ。俺もだよ」


 異界とは約三百年ほど前、魔王を倒した勇者達が居たとされる世界である。


 そして、その異界からやってきたのが『タロウ』『マイケル』『ピエール』『ミハイル』の四勇者だ。


 親の名前は忘れても、この四勇者の名を知らない子どもは居ないと言われる程の英雄であり、彼らの活躍を描いた伝記は今でも老若男女問わず大人気だ。


 けれど――


「魔道具の常識を覆す大きさなのに超高速で人を運ぶ『シンカンセン』、龍の力も借りずに空を飛ぶ『ヒコーキ』。魔力を使ってないのに、どちらもこのバスよりも速いそうなんです。凄いですよね」


 ジンクやセーラのように。


 勇者達よりも、こうして勇者達の居た世界に興味を持っている人間は少なくない。


「そもそも異界には魔力がないし魔王どころか魔獣も魔物も居ないらしいな。だから、こういう物を研究したり作る余裕があったのかもしれないな」


 何せ巨大魔獣も驚きの魔道具が、ごろごろと当たり前のようにある世界なのだそうだ。


 しかも、それらが魔獣達と戦う為の兵器でなく、日常を便利に過ごす為に存在しているらしい。


「きっと差別も戦いもない平和な世界だったんでしょうね」


 そこに夢や希望、憧れを抱くのも無理ない事と言えるだろう。


 けれど――


「……そうだろうな」


 善望に満ちたセーラの言葉に相槌を打ちつつも、そんな事はないだろうなとジンクは思う。


 異界の勇者達は『ジュウ』や『セントーキ』と言われる武器を開発しようとしたものの、とん挫した話が歴史本に記されている。


 凄まじい殺傷能力を秘めた武器、中には大陸を抉り取る程の威力がある物さえあるという話なのに、一切の魔力を必要としないそうなのだ。


(そんな武器がある世界なんだ。きっとそっちの世界はそっちの世界で、色々あるんだろうよ)


 だが、先程も述べたように異界の武器の多くは開発される事はなかった。


(言われてみれば当たり前の話なんだよな)


 魔力のない異界と、魔力のある世界。


 生物や物体が同じ法則に則り、同じように動いている訳がなかったのだ。


(確か『ケータイ』だったかな?)


 ジンクも異界の話が好きで、多くの本を読んでいた時期がある。


 その中に『ケータイ』と呼ばれる異界の魔道具のような物を、勇者達が持っていたという話が出てくる。


 その『ケータイ』とやらがこの世界に来た途端に使えなくなり、どれだけ修理しても、熟練の魔術師が勇者達の指示通りに電気を流しても、動かなかったという話があるのだ。


(どうして魔力じゃなくて電気なのかよく解らんかったが、異界の道具はそういうもんらしいな)


 結局、この世界で異界の魔道具『キカイ』とやらを作る事は無理らしい。


 全く同じ物を作ったとしても世界の法則が違うから動かないか、大した効果は出ないという話だそうだ。


(けど、そこで終わらないんだよなあ)


 ここからが熱い話だとジンクは思っている。


 確かに異界の魔道具そのものを作る事は出来なかった。


 けれど――


 その着想や発想を見過ごす手はない。


 異界の魔道具の中で便利な物や素晴らしい物。


 それらに似た物をこの世界の素材や技術で作る事は出来ないか?


 異界の勇者と研究者達はそんな風に考えた。


(その結果が今だって言うんだから、良い時代に生まれたよなあ……)


 そして生まれたのがバスなどの大型な物から、冷蔵庫などの小型で家庭に役立つ魔道具の数々だ。


 これ等の開発により世界は大きく変わったとされている。


(確か生徒手帳も『ケータイ』とやらを元に作られたんだっけか。武器でもないのに、随分手の込んだもの考えるよなあ)


 そもそも魔道具と言えば、大体が剣や鎧といった魔獣と戦う為の武具や、魔避けの結界発生陣といった魔獣達に関わる兵器の事を指していた。


 今でもそう思う人間は少なくないし、若いジンクやセーラでさえ、魔道具と一口に言われれば、そういう武器や兵器を思い浮かべる。


(それを魔武具と魔兵器に呼び名を変えていこうって話だったか? 確かにどんどん、そういう危険な物とは違う魔道具増えていっているもんなあ……)


 どこかの有名な老舗魔道具屋が、『ご家庭用の品を求めてくれる客に紛らわしくて申し訳ない』なんて言って代々続いていた屋号を変え、家庭用と魔獣用に店を分けたりしてるそうだ。


(それでも――)


 店を分けただけで決して廃業する事はない。


 むしろ今でも家庭用の品以上に、魔獣用の武器や兵器の方が遥かに売れている。


(何せ魔獣がそこら中に居るしな……)


 バスに備えられている窓から外を見れば、いくらでも魔獣の姿が見える。


 もしバスに魔除けの結界が施されていなければ、すぐにでも魔獣に襲われてボロボロになり走れなくなっているだろう。


 世界を我が物顔で歩き回るのは魔獣達であり、人は結界で覆われた極僅かな場所を間借りしているだけの存在でしかないのだ。

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