第27話 魔術師達の常識

「どういうって、良いところだと思うが……」


 ここにはジンクが村では得られなかった、共に上を目指す仲間や好敵手が山のように居る。


 セーラやラネナだってそうだし、リア充爆発先輩だってその一人だ。


 それ以外にも戦った鉄級の相手は、誰も彼も全力でぶつかってくれる尊敬に値する強敵だった。


「本当? こんな本館から追いやられた場所に住んでるのに?」


「言われてみたら、確かにその辺はどうかと思うが。でも、ラネナ先輩を筆頭に会う人会う人良い人だしなあ……」


「私の事疑ってたくせに、中々言うじゃない」


「それは本っ当、ごめんなさい」


「よろしい。気付いてなかったんでしょうけど、アナタ、今初めて謝ったからね? こういうの気にする人って結構居るから気を付けなさい」


「うわあ、マジだ。本当スミマセン!」


 言われて初めてジンクは、自分が謝罪してなかった事に気付いて――


 全力で頭を下げた。


「許したって言ったでしょ? しつこいのは無し。状況考えたら、セーラちゃん疑ってなかっただけ上等なんだから」


 セーラちゃん疑ってるようなもんなら、新技の餌食にしてたけどね。


 なんて冗談か本気か解らない言葉を呟いて笑う。


「……皮肉な話ね。出会いに恵まれ過ぎたせいで、一番大事な時に悪意に晒されるまで気付かないなんて」


 かと思えば。


 まるで疲れ果てた大人のような表情を見せると話を続けていく。


「購買に物を仕入れている業者は、ここの一部の生徒と関わりが深いの。だからこそ、ここでは驚くほど安い値段で物を買う事が出来る」


「ふむ……」


「けれどね。だからこそ、その生徒が気に食わない相手には碌でもない物、例えば痺れ薬なんて物を回復薬と偽って売り付けたりもするのよ。ここまで言えば解るでしょ?」


「ああ、大体な……」


 購買の事も。


 そして、誰がセーラに毒を売り付けたかも。


「学園側は何も言わないのか?」


「言わないというか、むしろ有難がっているわよ」


「なんで!」


 これにはジンクも声を上げずには居られない。


 放っておくならまだしも、有難がる意味なんて全く解らないからだ。


「こんなのは学園の外に出れば普通にある事だからよ。それこそ街付きになるつもりなら、このくらい当たり前と思ってなきゃ、やってられないわ」


 街付きとは、いわゆる街そのものに雇われる者の事だ。


 自ら依頼を探し回らなくても安定した暮らしが約束される、職業として見た場合の魔術師ならば、一つの到達地点である。


「んな馬鹿な……」


 けれど、ジンクにはまるで納得出来ない。


「うちの村なんて、募集掛けたって一人来てくれれば良い方だったぞ」


 というのもジンクの村は先生が居た時は警備が一人。


 その後は新しい警備とジンクだけで何とか見周りが出来ていたくらいだ。


 奪い合うどころか、深刻な人手不足。


「そりゃあ街と村じゃあ違うわよ」


 けれど、ラネナは考えるまでもないとばかりに切り捨てる。


「村なんかより遥かに実入りもいいし、設備とかも充実してる。村って緊急連絡用の魔道具があるくらいで、映像機すらない事もあるんでしょ?」


「……うちの村は、なかったな」


(何か映画館を小型化したものだっけか?)


 映像機とは異界にある『てれび』とやらを元に作られた魔道具だ。


 襲って来た魔獣の種類や量を簡単に共有出来る、大変便利な物と専らの噂である。


「その上、警備は精々居ても三人くらい。一人の場所だって珍しくない。変異種でも出ようものなら命懸け。アナタはその辺、私よりも知っているでしょう?」


「……ああ」


(痛い程にな)


 ジンクは無意識に自分の身体の傷を服の上から撫でた。


「言ったら悪いけど、そんな場所、好き好んで行くのなんて変わり者だけよ。誰だって街の警備を目指して取り合うし、街付きになれないなら街で仕事を探すもの。そうしないのは探索者か開拓者くらいかしら?」


 迷宮を潜る探索者に未開の地で人が住める場所を探す開拓者。


 相当な腕の魔術師であっても死が隣り合わせの、それこそ例外的な生き方だ。


「だから街付きの魔術師を狙って毒を盛るなんて当たり前。それこそ痺れ薬なんかじゃなくて、致死性のヤツをね。興味のない人間からすれば醜いだけの椅子取り合戦なんて、この世界じゃ常識でしかないの」


 むしろ、そういうのに嫌気が差したからこそ、危険で実入りが安定しない探索者や開拓者になる人が出るのかもしれないわね。


 なんて、寂しげにラネナは付け加えた。


「だから学園としては、今の内に慣れとけって方針なのよね」


 さすがに学園内じゃあ、痺れ薬か眠り薬辺りが限度だし。


 これも本番前の予行練習って思っているのかしら。


 なんて、ラネナは軽く言う。


「そういえば……」


「何か心当たりでもあったのかしら?」


「いや、この館の食糧庫に山のように回復薬だけ詰め込まれてて、変だなあとは思ってたんだけど――」


 おそらく、前の住人が後輩の為に残していったのだろう。


「……色々あの人らしいわ。貴族避けの結界なんて張ったのも似たような理由だと思うし」


 平民だからって貴族に嫌がらせ受けないか心配だったんでしょう。


 ラネナは言いながら、館を眺めた。


「だからセーラちゃんは、ここにアナタを運んだんでしょうね。貴族が入って来れないここなら、安全だと思って」


「ああ、だから俺あんなトコで寝てたのか」


 ようやくジンクは、自分がセーラのベッドで寝かされていた理由を知る。


 誰が敵かも解らない状態に置かれたセーラにとって、安心してジンクを休ませられる場所が自分の部屋しかなかったのだろう。


「大変だったのよ。私もアンタ運ぶの手伝おうとしたんだけどさ、信用出来ませんって叫んでセーラちゃん、物凄く暴れてね」


「そんなに?」


「そうよ。半狂乱ってああいう事を言うのかしら? とにかく手が付けられなかったわ」


 うるさいうるさい、ジンクさんに触るなって。


 そりゃあもう凄かったんだから。


 なんて、ラネナは少し楽しげに笑う。


「その時にイノナカの馬鹿もやってきたものだから、余計に面倒に――」


「イノナカ?」


(聞き覚えない言葉だが、誰かの名前か?)


「毒ばら撒いている、どうしもない奴等の一人よ。それでわざわざセーラちゃんに嫌味を言いに来てって――」


 そこでラネナは何かを思い出したらしく言葉を止めたかと思うと――


「そうそう、それでアナタだけは絶対試合を見るべきだって思って呼びに来たんだったわ!」


 今にも掴み掛らんばかりの勢いでジンクに告げるのだ。


「今、セーラちゃんがその男と戦ってるのよ! 絶対に許さないって言って!」


 下着姿を見られた衝撃で、すっかり忘れていた。


 下着姿になってでもジンクに伝えたかった用件が何であったかを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る