第26話 ラネナ・セハルナという女


「その、悪かったわね。この館って貴族が入れないように結界張ってあるらしいのよ。だから家紋付いた服脱いだら、もしかしたら行けるんじゃないかって思って」


 館の入り口前なんて場所脱いでいた自分が悪い自覚があるのだろう。


 服を着たラネナは、バツが悪そうな表情でジンクに謝罪する。


「そ、そうだったのか。その、妖しい趣味にでも目覚めたのかと――」


「ないわよ。私を何だと思っているのよ……」


 露出に目覚めた巨乳先輩。


 と言い掛けて、ジンク慌てて口を閉じると――


「でも、そっちから来てくれたなら丁度いい。話がある」


 予想外に緩んでしまった空気を引き締めるように。


 睨み付けるような表情でラネナと向き直る。


「私に?」


 空気が変わるのを感じたのか。


 ラネナも緩んだ態度を改め、真剣な表情でジンクを見詰め返した。


「セーラの持ってた薬に毒を入れたのはアンタか?」


 前置きもなくジンクは告げる。


 強い力を込められた言葉が、張り詰めていた空気を更に凍らせていく。


「……どうしてそう思ったか、聞いてもいいかしら?」


 ラネナは肯定も否定もしない。


 ただ静かにジンクに説明を求めた。


「簡単な話だ。セーラが持っていた薬に毒を入れられそうな程、身近な人間なんてアンタしか居ないからだ」


 そもそも離れ小島みたいな館に暮らしている上、訓練場も使えないジンクだ。


 知り合いなんてそれほど居ないし、それこそセーラやラネナを省けば、過去に戦ったリア充爆発先輩と見掛けた時に偶に話すくらいである。


(俺でこれなんだから、セーラはもっとアレだろうな)


 人付き合いが好きなタイプのジンクでさえ、これなのだ。


 人見知りなセーラなら、想像するまでもないだろう。


「知ってるか解らんが、気を許してない相手に隙見せるようなヤツでもないしな」


 だが、だからこそ警戒心は強い。


 それこそ、ジンクなんて出会った時に悪人呼ばわりされる程に。


「毒を飲むのはセーラの予定だったのか? それでセーラが昇級遅れて俺と試合出来なくなっても、嫌がらせとしては十分だものな」


 わざわざ服を脱いでまで館に侵入しようとしたのも、ジンクにトドメでも刺しに来たのだとすれば納得が行く。


 そうでもなければ、そこまでして見舞いに来るとも思えない。


「平民の俺なんかに負けたのが、そんなにムカ付いたのか? 放っておけば退学になる可能性高いってのに、自分で手を下さないと気が済まないくらいに」


 ジンクは確信に満ちた声でラネナに問い掛けた。


 だが――


「……まあ、うん。妥当な推理だと思うわよ。ちょっと、いえ。相当に不本意だけど」


 ジンクの言葉を肯定しつつも、言葉とは裏腹に怒るべきかどうかという複雑な表情をラネナは見せる。


 的外れにも程がある、と言いたげに。


「えっと、その、違うんですか?」


 その態度だけで直感的に自分が間違っているとジンクは察すると。


 先程の自信と勢いは、どこへ行ってしまったのやら。


 おずおずとした態度で返答を求めた。


「全然違うわ。けど、セーラちゃんを疑わなかった事は褒めてあげる」


「……ありがとうございます」


 疑わなかった訳ではないが、よく考えれば犯人とは思えなかっただけ。


 わざわざ訂正する必要はないだろうと思い、ジンクは話を遮らずに続きを促す。


「まずは信じてもらえるかどうか解らないけど、私がアナタ達に良くする理由は、まあ本当に個人的な話よ」


 別に底抜けの良い人とかじゃないわ、なんて言ってラネナは話を続ける。


「私がこの学園でお世話になった人が居てね。居なくなる前に恩返しをしたいって言ったら、『じゃあ、僕の代わりに後輩の面倒見ててくれないか?』って言ってたの。それだけ」


「もしかして試合の時に言ってた――」


「そうよ。振られた相手との約束、律義に守ろうとしてるなんて馬鹿みたいでしょ?」


 そう言ってラネナは笑う。


 照れ臭さと寂しさが入り混じった、どこか自虐的な笑みで。


「……いいえ」


 ジンクはその言葉と表情だけで、ラネナが嘘を吐いてないと信じる事が出来た。


 ――そして、やっぱり底抜けの良い人じゃないかとしか思わなかった。


「でも、それじゃあ何が……」


 誰が毒を盛ったのかではなく、もはや何が起きているかが解らない。


「ねえ。私に初めて会った日。アナタ達ってどうして街で買い物してたの? 大体の物は購買の方が遥かに安く揃うし、品揃えだって街よりも良いくらいでしょ?」


 ジンクの質問に答えず、逆に質問を投げ掛けるラネナ。


「あー、ほら、オルビス学園って魔獣との戦いを学ぶ場じゃないですか。だから戦いとか野営関係の商品は充実してるけど、ただのお洒落服とかを買うなら街に行くしかなくて……」


 後はセーラに趣味を見付けてほしいという思惑もあったのだが。


 そっちは不発に終わった為、ジンクは語らなかった。


「……ごめんなさい。これも私の見落としだわ。てっきり、アナタ達は知ってたからこそ、街で買い物してるものだと思っていたの」


「知ってた?」


「うちの生徒が街で買い占め行為をするって話は聞いた事があるかしら?」


「ああ、噂にはチラっと……」


 服屋の店員のシャルティアが、そんな話をしていた事を、ジンクは朧気に思い出す。


「それ、何でか解る? さっきも言ったけど、購買で大体の物は揃うのに、よ」


「えっと……」


 言われてみれば、おかしな話であった。


 貴族と一口に言っても裕福だとは限らない。


 わざわざ購買より高い街で大量購入する意味なんてない筈だ。


「半分は購買で物を買わせる為ね。街にない以上、この辺じゃあ購買くらいしか買う場所ないからね」


「ふむ……」


(そもそも購買の方が大幅に安いんだし、そこまでしないと売れないもんか?)


 疑問に思うジンクだったが――


「そしてもう半分が、逆に購買の商品を買いたくないって人達ね」


 まるでその疑問に答えるような言葉がラネナから飛び出した。


「えーと、仲でも悪いのか?」


 とりあえず、パッと頭に浮かんだ答えをジンクは口にする。


「ねえ。アナタにとって、ここ。オルビス魔術学園ってどういう場所かしら?」


 ラネナは質問に答えない。


 けれど、それは質問を無視したと言うよりも――


 ジンクの言葉が正解であり、間違いでもあるから答え難かった。


 そんな雰囲気であった。

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