第25話 黒幕は誰だ?

「……情けねえ」


 目が覚めるなり、ジンクの口から声が漏れた。


(裏切られた、なんてどっかで思っちまってるんだろうな……)


 先程見た夢の原因が容易に思い浮かび、自己嫌悪する。


 その時だ。


「あの、ジンクさん……」


 ずっと傍に立っていたのだろう。


 セーラが今にも泣きだしそうな表情で、ジンクの事を呼んでいた。


「油断してた俺が悪いんだ。気にするなって」


 努めて冷静にジンクは答えようとしたものの――


 どうにも当てつけがましい響きは隠せない。


「……言い訳はしません。結果が全てだと思いますから」


 セーラにもそれは伝わったのだろう。


 何かを堪えるように唇を噛み締めると、絞り出すように口を開いた。


「お薬、置いておきます。これは安全で毒とか入ってないです。よかったら後で飲んで下さい」


 それじゃあ試合があるので、これで失礼します。


 とだけ告げて、セーラは部屋を後にする。


「……何やってんだ、俺は」


 毒を盛られたのだから、普通で考えればジンクの対応は落ち着いたものだったろう。


 むしろ怒鳴ったりしなかったのが、逆におかしいくらいだ。


(ああいう姿こそ、俺が一番求めていたものだろうが……)


 けれど、ジンクはセーラに普通の友達関係を求めていた訳ではない。


 何があっても魔術師として上を目指し続けられる好敵手と言えるような、そんな仲間を求めていたのだ。


 それこそ友人であろうと蹴落とし、蹴落とした相手なんて気にも留めず次の試合を求める。


 冷酷な程に上を目指そうという姿を好ましいと思いたかったし、否定なんてしたくはなかった。


 だというのに。


(クソが!)


 どれだけ頭で納得しようとしても、感情がそれを否定する。


 どろどろとした怒りが渦巻いて抑えられない。


 思わずジンクは壁に拳を叩き付けそうになるが――


「……どこだ、ここ?」


 そこで初めてジンクは自分が居る場所に目を向けた。


 窓の作りや扉の配置などは見慣れている気がする。


 けれど、置かれている家具や荷物には覚えがないという、ジンクの記憶にない不思議な場所であった。


(ああ、セーラの部屋か)


 その見覚えのある間取りが自分の部屋と同じ事。


 そして机の上に散乱している本や試験管が、館に来た時に入り口で見たような記憶から、ここがセーラの部屋だと推測する。


「これセーラのベッドか!」


 それだけでなく、セーラの匂いも感じていたのかもしれない。


 ジンクは自分が寝ていた場所に気付くと、慌ててベッドから飛び降りた。


「ったく、なんで医務室じゃなくて、こんな場所に……」


 妙に恥ずかしさを覚えたジンクは、誰も見ていないというのに誤魔化すように悪態を吐くと、居心地悪そうに部屋を出ようと歩き出すが――


「ん?」


 足に何かが当たるのを感じ、何の気なしに拾い上げる。


「魔導日記、か」


 それは魔力制御の訓練に使われる事が多い、日記だった。


 魔力を流す事で文字を書けるのだが、油断して魔力制御を誤るとすぐに紙が真っ黒になってしまうという面倒な代物。


 これを意識せずとも紙を黒くする事なく自在に書きこなせれば、相当な制御能力が身に付いているのなのだが―― 


(……俺も昔やろうとしたけど、一瞬で真っ黒になって止めちまったんだよな)


 魔術に興味を持ち始めた頃に先生が折角勧めてくれたのに、すぐに飽きてしまったのを思い出して胸が痛んだ。


 先生が居なくなった後に改めて挑戦して、今では自在に書けるようになったが、見せる相手が居なくて寂しかったのを思い出し、再び胸が痛む。


(さすがに床に置き直すのは違うよな)


 そんな侘しい思い出よりも、今はセーラの日記をどうすべきか、だ。


 とりあえず机の上にでも置いておこうとしたジンクだったが――


「あっ――」


 まだ痺れが身体に残っていたのだろう。


 上手く置けずに日記が落ち、開いてしまった。


「……」


 わざとではなかった。


 だが、『ジンクさん』という文字が開いた頁に書かれているのが目に入り、どうしても目を離せない。


(別にいいか。どうせ、もうすぐ居なくなるんだ……)


 言い訳にもならない言い訳を心の中で呟いて。


 ジンクは八つ当たりでもするような気持ちでセーラの日記を覗き見る。


 そこには――


「……こういう事こそ、言ってくれよ」


 ジンクが作ってくれた食事を気に入っているような言葉。


 折角のお出掛けがセーラに邪魔された愚痴。


 亡霊館と言われている場所で一人で眠る恐怖。


 そんな日常への想いがセーラなりの言葉で綴られていた。


「思ったより慕われてたんだな……」


 節々に見えるのはジンクへの感謝。


 そして迷惑を掛けてばかりいる事への後ろめたさ。


 想像以上に自分の事が書かれている事に驚きと照れ臭さを覚えたところで――


(ああ、そうか……)


 ようやくジンクは、自分自身でさえ知らなかった己の心の内を理解する。


 ちょっと面倒臭い部分があろうとも、ジンクがセーラを嫌いになれず世話を焼いてた理由。


 最初は真摯に強さを求めるセーラに対して、仲間意識のようなものを感じていただけなのだろう。


(俺、結構セーラの事好きだったんだな)


 けれど、そんなものは本当に最初だけだったのだ。


 もし仮に今セーラが魔術師になるのを諦めたからって、それでじゃあもう興味なんてない。


 はい、さようならって終われるかと言えば、そんな事は絶対にない。


 共に過ごすのが当たり前で。


 それが終わりになる事を想像してなかったくらい。


 セーラの事を大事な友人だと思ってたのだ。


「はは……」


 だからこそ、裏切られたと感じていた。


 それに気付いた途端、ジンクは急に視界が開けるような感覚を覚え、強張っていた表情が緩み始める。


(何をしてでも上を目指すっていう在り方は否定しない)


 力を求め、上を目指す者として。


 その純粋なまでに目的だけを見る心意気自体は、素直に凄いと認める事にする。


(けど、それはそれ、だ)


 友人として、そして人間として。


 上に行く為に平然と知り合いに毒を盛る事を認める訳には、いかない。


(いくら謝ったからって許してなんか――)


 許すのは言いたい事言って、せめて一発は殴ってからだ。


 そんな事を考えたところで不意に思考が止まる。


「待て待て待て……」


 猛烈な違和感を覚えたジンクは、改めて記憶を辿っていく。


(セーラはなんて言ってた?)


 ――言い訳はしません。結果が全てだと思いますから。


(毒を盛ったのが自分だとも、謝罪の言葉も言ってねえぞ……)


 言葉足らずで誤解を生むような言い回しばかりするセーラだが、開き直った事を言って謝罪をしない印象はジンクにはない。


 むしろ、それこそ言葉足らずでも謝罪だけは、きっちりする印象がある。


 起きた時の泣き出しそうな顔から見ても、悪い事をしてしまったと思っている筈だ。


 尚更、あの言葉はらしくない。


(本当に毒を盛ったのはセーラか?)


 そう考えた瞬間、今回の件が違和感しかない事に、ジンクは今更になって気付いた。


 毒入りの回復薬を渡したのがセーラだから彼女が犯人だと決め付け、結論ありきで無理やり理由を付けて納得しようとしただけ。


 そもそも、始まりからしておかしいのである。


(目ぇ曇り過ぎだろ、俺!)


 毒入りの薬を直接渡されたのだ。


 むしろ、弁明も何も聞かずに他の可能性に至るだけ、慧眼と言っても過言ではなかったのだが――


 ジンクは後悔を力に頭を全力で回転させていく。


(他に怪しい人間は――)


 と考えた時、パッとジンクの頭に一人の人間の顔が浮かぶ。


(ラネナ先輩……)


 妙に様子を見に来てくれるとジンクは思っていた。


 けれど、よく考えればそれは――


 獲物が罠に嵌まるのを待つ狩人のようなものだったのではないだろうか。


(思えば、あの人がそこまで良くしてくれる理由なんて俺達にはねえ)


 あまりにラネナは親切過ぎる。


 底抜けのお人好しでもない限り、有り得ないと思うほどに。


(平民なんかに負けたって内心思ってて、復讐の機会を狙ってたのか?)


 それこそ、何か裏があったと考えた方が自然な気がした。


(考えてても仕方ねえ。話訊きに行くとするか!)


 幸いにも考え事をしている間に痺れも抜け、体調はむしろ良いくらい。


 ジンクはセーラが置いていった薬を掴んで部屋から出ると――


 勢いをそのままに館を走り抜け、入り口の扉を開いて外へ飛び出した。


「え?」


「は?」


 が、そこでいきなり目当ての人物であるラネナに遭遇する。


 それも何故か上半身だけ下着丸出し姿で。


 服に押し込まれた状態でも、迫力のあった胸。


 それは服から解放され下着だけになって尚、窮屈だと言わんばかりに大きさと丸さを主張し続けている。


(肩、白いな……)


 そして服を着ていた時には解らなかったが、その大き過ぎる胸からは想像も出来ないくらいに、か弱い身体付きをしているのだ。


 触れば折れてしまいそうな白く細い肩。


 自然にくびれたお腹は滑らかな線を描いている。


 にも拘らず、だ。


 その弱々しく感じる身体と大き過ぎる胸が打ち消し合う事無く調和し、好対照にお互いの良さを引き立てているのだ。


 もはや美しいというより艶やか。


 存在するだけで男を誘う色気が、そこにはあった。


「…………」


 呼吸すら忘れ、魅入られたように一通り身体を眺めたジンクは――


 忘れていた呼吸の代わりと言わんばかりに、ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。


「きゃああああああああ!」


 その瞬間、悲鳴と共にラネナが力任せに腕を振り上げる。


 試合中に見せた下手な打撃よりも、更に杜撰で見え見えな平手打ち。


「理不尽!」


 けれど、あまりにも突然色々あり過ぎて混乱した状態では、さすがのジンクも反応出来る訳もなく――


 試合ですら貰わなかった直撃を顔面に貰ったのであった。

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