第24話 本当に欲しかったものは――

「大丈夫、安心して。先生これでも結構強いのよ」


 小さかった頃。


 村を守ってくれていた警備のお姉さんは、その言葉を最後に居なくなってしまった。


「大怪我したから大きい街で治療してるのよ」


 大人はそんな事を言ったが、どれだけ待っても帰ってこなくて。


 当たり前のように新しい警備の人がやってきて。


 子どもだった自分でも、もう二度と会えないだろうと何となく察してしまった。


(先生……)


 最低限、自分の身は守れるようになってなさい、なんて村の子ども達に魔術を教えてくれた人。


 大事なのは卑怯でも何でも生き残る事だって言い続けていた人。


 ――俺の憧れで、初恋だった人。


「俺達も先生みたいに皆を守れる魔術師になろうぜ!」


 先生が居なくなって暫くしてからの事。


 誰が言い出したかは覚えてない。


 そんな言葉を皮切りに。


 先生から魔術を習っていた子どもは、殴り合いや魔術の練習に励むようになった。


 娯楽なんて何もない村だし、競い合うのが楽しかったのもあるんだろう。


 子どもなりに真剣に鍛え、考えて相手に勝つのが楽しくて。


 でも負けるのが悔しかった俺達はみるみる上達して。


 いつの間にか、大人達にも負けないくらい強くなっていた。


 そうして生まれた自惚れが砕け散るのは早かった。


 自分の身くらいは守れるから、と無理を言って付いていった巡回。


 そこで警備の先輩が魔獣と戦う姿を見ただけで。


 なまじ、ちょっとは魔力を扱え初めていたからこそだろう。


 自分達なんて本当に子どもの遊び程度の力しかないんだと思い知らされ。


 その日から、魔術師になろうなんて人間は減っていった。


「見ただろう、平民と貴族の差をさ。魔獣退治は貴族に任せとけよ」


 自分が一度も殴り合いで勝てなかった男は、そう言って大工の道を歩き始めた。


「なあ、いつまで夢見てんだよ。大怪我する前に、その、な?」


 自分より魔力のあった男は、いつの間にか料理の修行を始めてた。


「別にアンタがやらなきゃいけないって訳じゃないでしょ? 今日だって怪我してるじゃないの」


 針の穴さえ通しそうな魔力制御力を持ってた女は、裁縫職人に弟子入りしていた。


「大丈夫大丈夫。このくらいの傷、気にするようなもんじゃないさ」


 何年も経過して。


 気が付けば先輩に混じって魔獣と戦っているのは自分だけ。


 一番凄かった訳じゃあない。


 素質だけなら、むしろ自分より上の人間なんて何人もいただろう。


 それでも鍛え続けたのは自分だけ。


 魔術師になると決め、止まらなかったのは自分だけ。


「逃げろ、変異種だ! こんな村の結界、すぐにでも壊されるぞ!」


 ある日。


 そんな先輩の叫びと共に、結界が破られた。


 おぞましい魔力がまき散らされ、姿を見るまでもなくヤバイ相手だと解った。


「全員、俺達から離れるなよ!」


 取る物も取らず、俺達は村を捨て一目散に逃げだした。


 道中に湧く魔獣を先輩と一緒になって必死で蹴散らして――


 魔道具で確認出来た一番近くに居た魔術師達に合流しようと駆け続けた。


「助けて! お父さん! お母さん!」


 けれど現れた魔獣を狩りながら慎重に逃げ続けている俺達と。


 ただ俺達を食べるだけに追ってきている変異種。


 追い付かれるのは時間の問題でしかなくて――


 ついに、逃げ遅れた子どもが出てしまった。


「馬鹿、やめろ! 行っても犠牲者が増えるだけだ!」


 気が付けば、必死で止める先輩の声を振り切って飛び出していた。


 自分なら何とか出来る、なんて思った訳じゃあない。


 ただ勝手に身体が動いていただけ。


「こっちだ、デカブツ! 俺の方が魔力があって美味いぞ!」


 そんな威勢のいい事を叫びながら、震えが止まらなかった俺の姿は。


 きっと最高に格好悪かっただろう。


「死ぬなよ! すぐに援軍呼んでくるからな!」


 村人の安全を確保するまで、迂闊な事なんて出来ないんだ。


 それだけ告げて、勝手な事をした俺を迷う事無く置いていき、村人を連れて駆け出した先輩を今でも尊敬してる。


 もし俺が同じ立場だったら、犠牲者がどれだけ出ていたか解からない。


「……せめて死ぬにしても、あの子だけは逃がさないとな」


 そうして先輩たちが離れていってすぐ。


 俺は死を覚悟した。


 一番近くに居たってだけで、魔術師達と合流出来るのは随分先。


 駆け付けてくるまで自分が生き残れる可能性は、ないに等しいと解っていたから。


 そこからは考える余裕もない。


 ただ必死で変異種の魔獣から逃げ続けた。


 子どもに注意が向かないよう、付かず離れずの距離で。


 どれくらいの時が経ったのだろう。


 長かったか短かったのかさえ、今になっても思い出せない。


 俺も子どもも死ぬ事なく戦いは終わり。


 その日の夜、宴が開かれた。


「いやあ、お前は出来るヤツだと思ってたよ」


「今まで悪かったよ。本当に本気で目指してたんだな。これからは応援するぜ」


「だからって無茶はこれっきりにしてよ。その、死んじゃう時は死んじゃうんだから、さ……」


 かつて競い合い、疎遠になりつつあった友人達が真っ先に俺の元へとやってきた。


 賞賛や謝罪。


 心配する言葉が次々に飛んでくる。


 けれど――


 一番欲しかった言葉だけは、いつまでも来る事はない。


「お前らに一度も勝てなかった俺でも出来たんだぜ? お前らなら今からでもやれるって。俺なんか追い越せるって!」


 そんな言葉が飛び出しそうになるのを必死で抑えて。


 こいつらはもう、自分の人生を歩いているからと言い聞かせて。


「はっはっは。最初からモノが違うのさ、モノが! 崇めてもらっていいんだぜ?」


 そんな風に笑った時の虚しさは、今でも忘れる事が出来ない。


 虚しくて虚しくて涙を堪えられなくて。


「いやあ、ほら。やっぱ今まで肩身が狭かったっていうか。ようやく認められたって思ったらさ」


 それっぽい嘘を重ねて本音を誤魔化した。


「あー、くそ。悪かったよ。俺が諦めたんだから、お前も諦めろよって八つ当たりしてた」


「ずっと鍛えてたんだなあ。今じゃあもう敵う気がしねえよ」


「あー、もうそう泣かないでって。もうアンタを認めてないヤツなんて、ここには居ないんだからさ」


 慰められる度、認められる度に涙が出た。


 自分の居場所は、ここにない。


 隣に立ってくれる仲間はいない。


 それを思い知らされて。


「村長。俺、自分がどこまでやれるか、外に出て試してみたいんです」


 その日の夜、警備の追加要員を村長に頼んだ俺は――


 やってきた警備の仕事ぶりを一通り確認してすぐ、村から逃げ出すように旅立った。


 先生が昔過ごしたというオルビス魔術学園なら。


 きっと仲間が居る筈だと、縋るように願いを込めて。

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