第23話 それは仕方のない勘違い

 一週間近く経過し、残り期限は三日。


 順調にジンクは勝ちを重ね、後は鉄級と銅級を一人ずつ倒せば昇級というところまできていたのだが――


「また相手が居ねえ……」


 どうしても鉄級で最後となる五人目の相手が見当たらず、闘技場で愚痴を零していた。


「毎回結構苦戦する割に、なんだかんだ言って一回も負けてないんだもの。皆が警戒し始めるのも解るわ」


 それでも一人も居ないってのは珍しいけどね。


 なんて誰に語り掛ける訳でもないジンクの愚痴に答えてくれたのは、ラネナだ。


 あれから暇さえあれば様子を見に来るので、すっかりラネナが隣に居る事に慣れてしまっていた。


「私も少しは腕上げたし、再戦出来るならしてもよかったんだけどね……」


「解ってる。同じ相手とは一か月戦えないんだろ?」


「そういう事。だからこの鉄級のラネナとの再戦はまだ無理。私じゃあアナタの役に立てそうにないわ」


「いやいや、条件の事とか教えてもらわなかったら今頃どうにもならず途方に暮れてた。どれだけ助けられたか解らんくらいだから、そんな風に言わんで下さい」


 普通の新入生ならば、訓練場などを使う時に先輩などからこの学園での常識を教わるものらしい。


 だが、平民であるジンクには訓練場の使用がそもそも出来ない。


 その為、生徒手帳に書いてある規則などを調べる事が出来ても、生徒同士なら当たり前のように共有している情報を得る手段はほとんどないのだ。


(そりゃあ購買の割引日とか手帳に載せるもんでもないだろうけどさあ……)


 魔術学園というだけあって、購買の品揃えは豊富な上に、街よりも格段に安い。


 それでも戦闘用の物は、やはり値が張る物が多い。


 特売日があるなら、その日に買いたいと思うのが当たり前である。


(落ち着いたら何か礼をしないとな)


 そういう生徒同士でなければ得難い情報。


 それをちゃんとジンク達が知っているのかと暇さえ見ては、ラネナは様子を見に来てくれるのだ。


 頭が上がらなくなる程、ラネナには感謝しかない。


「そういえば最近、セーラちゃんと話してる?」


 この場に居ない、もう一人の後輩の事が気になったのか。


 ラネナはセーラの事を訊ねてくる。


「んー、何か疲れてるみたいで、ここ数日は飯の時も話してない」


 試合相手が見付からない時は、二人で軽い模擬戦をしたり、魔術について色々話したりしていたのだが――


 最近はジンクはジンクで試合を求めて駆けずり回っていたし。


 セーラもセーラで忙しそうにしており、食事の時以外は顔を合わせる事さえなかった。


「なるほどね。健気というか不器用というか……」


 ジンクの返答を聞くなり、セーラは少し頭が痛そうな。


 同時に微笑ましそうな変わった表情で呟く。


「何か聞いてます?」


「もうすぐ。いえ、今すぐにでも解ると思うわ……」


 その態度にラネナが何かを知っていると思ったジンクだが、返答を聞くまでもなく答えの方からやってきた。


「ジンクさん」


 いつの間にそこに居たのか。


 まるで一仕事終えたばかりという様子のセーラが背後に現れたかと思うと――


「私と試合をして下さい」


 ジンクに手帳をかざして、試合の申請をしてきたのだ。


 制服の襟に付けている記章は石級から鉄級に変わっており、この試合に勝てれば鉄級五人に無敗で勝利は達成。


 本来なら飛び上がって喜びたい程の申し出だ。


「気持ちは有難いが、同じ人間とは――」


 けれど、規約上は同じ人間との試合は一か月は認められない。


 断ろうとするジンクだったが――


「同じじゃないわよ」


 ラネナはジンクの言葉を遮ると、どこか楽しそうに説明を始めるのだ。


「アナタが戦った事があるのは、石級のセーラであって鉄級のセーラじゃないわ。この学園では階級が変われば別人として扱われるのよ」


「本当に?」


「ええ。セーラちゃんの方から聞いているかと思ったんだけどね」


 どうして話さなかったのか。


 ラネナは視線だけでセーラに問い掛ける。


「昇級が間に合わなくて、がっかりさせたくなかったですから」


「なるほど。いくら平民だからって、さすがに浮遊魔術使えるセーラちゃんに挑む馬鹿はそこまで居ないわ。だから試合だけじゃ足りなくて依頼をたくさんこなしてたんでしょうね」


 前にも触れた事があるが浮遊魔術を使える人間は世界でも数える程しか確認されていない。


 つまり、使える人間は漏れなく天才と呼ばれる人種だ。


 それこそ肩書きを気にする人間からは近寄り難く、用心深い人間なら尚更わざわざ戦うような相手ではない。


「はい。浮遊魔術が使えますし、もっと早く昇級出来ると思ったのですが――」


「ああ。石級が請けられる範囲で功績値を稼ぎやすい良い依頼なんて中々ないものね」


「なのでたくさん頑張りました」


 誇らしげにセーラは告げる。


 そこにどれだけの苦労があったか。


 それが想像して解った気になっていい程、軽いモノでなかった事は試合に困っているジンクだからこそ予想くらいは出来た。


「どうして、そこまで――」


 だからこそ、ジンクには解らない。


 ジンクと違って、セーラは理事長に気に入られている。


 無理をしてまで昇級を急ぐ理由なんてない筈だ。


「どうしてって、ジンクさんの助けになりたかったからですよ?」


 けれど、セーラにはそのジンクの態度の方が不思議で仕方がないようだった。


 水は液体だよね?


 なんて当たり前の事を聞かれたみたいに戸惑いを見せた。


「それじゃあ説明になってないわよ」


 呆れたように笑いつつ、ラネナはセーラの頭を撫でると話を続ける。


「セーラちゃん、言ってたわよ。ジンクさんは、どんなに忙しくても朝と夜はご飯を作ってくれる。初めて会った時から迷惑ばかり掛けているのに、嫌な顔一つしないで。だから何か助けになれる事ないかってね」


「はい。これなら助けになれそうだって聞いて頑張りました」


 ラネナが言葉足らずな自分を補ってくれた事を理解したのか。


 誇らしげに再び告げるセーラ。


「それでセーラちゃんからの試合の申請、受けるの? 受けないの?」


「あ、受ける。受けるぞ」


 そこまでしてくれた事に驚いただけで断る理由なんて最初からない。


 ジンクは慌てて頷くと、ラネナからセーラの方へ顔を向ける。


「あ、ジンクさん。これを」


 その瞬間、セーラが何かを軽く放り投げてきて。


 ジンクは反射的に受け取った。


「今日は試合なかったから、魔力使ってないぞ?」


 それは購買で売ってる回復薬だった。


 最近、セーラがよく飲んでいる物である。


「解ってます。余剰魔力はご存じですよね?」


 どれだけ回復薬を飲んだところで、己の限界を超えて魔力が補充される事はない。


 けれど、およそ一時間。


 ほんの僅かな量なら余剰魔力が霧散する前に使える事が証明されている。


「ああ、なるほど。余剰魔力に頼るくらい、全力でやれって事か」


「はい。試合を探したり用意するまでは卑怯でも何でもないと思います。けれど、わざと負けたりするのは駄目な事だと思ってますから」


 心配ないとは思いますけど、負けても恨まないで下さい。


 セーラはそれだけ告げると手帳から試合の申請手続きを行う。


「上等。ここまでお膳立てしてもらっただけで有難いんだ。これで負けたら、俺に力が足りなかっただけ。恨む事なんてないさ」


「正々堂々、精一杯戦いましょう」


 二人の試合の条件はそれだけだった。


 収納鞄を賭ける事もしない。


 ただ遺恨なく試合をする事だけを望み、ジンクは試合を承諾する。


「今回は立会人求めたのね。待ってて、すぐに暇そうな先生連れてくるから」


 二人の試合が決まった事を確認するや否やラネナは駆け出し、この場を後にする。


(今の内に飲んでおくか)


 ラネナがすぐと言った以上、それほど時間は掛からないだろう。


 そう考えたジンクは渡された回復薬を飲んで、試合に備え始める。


(さて、どうするか……)


 考えるのは戦術。


 前回は奇襲としか言えない方法で勝利を拾ったに過ぎない。


(前より強くなっているし、本当に勝てるかどうか怪しいトコなんだよなあ……)


 おまけに試合経験を積んでいる上に、ジンク自身も色々と浮遊魔術の活かし方を一緒に研究したりもしている。


 同じ手も通じないとあっては、苦戦は必至だろう。


(ま、何とかするさ……)


 覚悟を決め、ジンクが気合を入れる。


 その瞬間だった。


「なん、だ?」


 景色がぼやけ、歪んでいく。


 かと思うと地面が迫ってきた。


(これは、毒?)


 それが自分が地面に倒れ込んだのだと気付いた瞬間、ジンクは自分の身体を何かが蝕んでいる事に気付く。


(駄目だ、動かない……)


 身体に流れる魔力が乱されていた。


 立ち上がる事はおろか指に力を入れる事さえ出来なず、意識を保つだけで精一杯。


 その意識さえ、近い内にジンクは失うだろう。


(どうして――)


 もはや抗う事も出来ないと確信してしまった瞬間、考えるのは打開策ではなく原因。


 けれど、それは毒をいつ受けたかはではない。


(どうしてセーラが俺に毒を盛る?)


 何故なら毒の原因自体は明白。


 セーラが渡してきた回復薬以外に考えられないからだ。


(本当はうざったく思われてた?)


 館の入り口で暮らしたいと言ってたのに無理やりどかした上、食事なんて栄養補給だと言っているのに普通の食事をさせ、休日に連れ回す。


 ジンクからすれば、セーラにした事なんてそれくらいだ。


 けれど――


(嘘を吐いているようには見えなかった)


 ジンクの目には本当にセーラは自分に感謝しているように見えた。


 そもそもあのまま行けば、放っておいても銅級昇格出来ずにジンクは除籍処分になっていただろう。


 それをわざわざ、必死で依頼こなして階級を上げてまで着き落としたい程に恨むかと考えると、どうしても疑問が残る。


 ――私達は蹴落とし合う競争相手でしょう? 買ってきた物に何か仕込まれても困りますから。


 不意にジンクの脳裏を過ぎったのは、出会った頃のセーラの言葉や態度。


 もしも精一杯戦うというのが試合の事だけでなく。


 試合前から油断一つせず、奇策にも対応する事さえ期待されていたなら。


(……そっちの方がありそうだ)


 かなり天然入っているし、悪気なくそういう事をしそうではあった。


 そう考えると、これから戦う相手の差し入れを疑いもせず飲んだ自分が間抜けなのだろうとジンクは思う。


(俺の負けだな……)


 セーラの方が勝負に徹していた。


 自分が甘ちゃんだった。


 敗北を認めた瞬間、張り詰めた糸が切れてしまったように。


 ジンクの意識は途切れてしまったのだった。

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