第22話 リア充爆発先輩
「爆ぜろ、リア充!」
「流行ってんのかよ、そういう魔術名!」
虚しくなるような魔術名とは裏腹に、爆発する拳を操る相手にジンクは苦しめられていた。
威力も高い上に至近距離で突然爆発するから、厄介極まりない。
「もう一つ! 爆ぜろ、リア充!」
おまけに自在に連射してくるものだから、ジンクは避けるだけで精一杯。
それでも交わし切れずに徐々に傷が増えていく。
だが――
「その技、自分の方が痛手負ってないか?」
回避に専念しているジンクと違い、魔術が発動する度に使用している本人の方が爆発に巻き込まれボロボロになっていた。
足もふら付き始めているし、とっくの昔に体力は限界の筈。
「うるせえ! ラネナさんとベタベタしやがって! お前に一撃くれるまで倒れてなんてやらねえからな!」
しかし、肉体の限界を超えて尚、ラネナへの想いが相手を突き動かす。
足のふら付きなんて感じさせない鋭い動きでジンクを追い回し、負傷など気にも留めず魔術を行使し続ける。
「そんなに好きなら俺に八つ当たりなんてせずに、告白でもすればいいだろうが!」
何度目になるか解らない爆発を避けつつ叫ぶジンクだが、言葉ほどに余裕はない。
むしろ限界が近いからこそ、早く倒れてくれという思いが語気を強めていた。
「『ごめんなさい、あの人がまだ好きなの』って言われたわー!!」
叫び声と共に相手が腕を振り上げる。
おそらく次の攻撃が最大の一撃となるだろう。
(ここだ!)
魔術が発動する直前、ジンクはあえて踏み込むとすり抜けるようにして横を駆け抜け、背後に回る。
途端、魔術が発動し爆発が巻き起こる。
「俺の身体を盾にしただと!」
だが、ジンクに爆風は届かない。
言葉通り、術者本人の身体が壁になり、爆風を遮ったからだ。
「だったら諦めて相手の幸せでも願ってろ!」
爆風のせいで今まで踏み込めずにいたが、今はその邪魔もない。
ジンクは渾身の一撃を右胸、魔核へと叩きこむ。
「それでも諦めきれないのが、恋ってもんだろうが……」
背後に居るジンクへ振り返る力も残っていなかったのか。
最後に絞り出すように言葉を吐き出して、相手は崩れ落ちた。
「勝者、ジンク・ガンホック!」
高らかに響く判定の声。
「恐ろしい相手だった……」
その声を聞くと同時に、疲れ果てたようにジンクは腰を下ろした。
〇 〇
(本当に恐ろしい相手だった……)
爆風で付いた汚れを落とす為、館に備え付けてある風呂へと向かったジンクは、先程の戦いを省みていた。
(もう少しで負けていたな)
一見すれば冷静さを欠き、直線的に向かってくる相手は御しやすく見えるかもしれない。
だが、突き放しても突き放しても、諦めず纏わり付いてくる執念。
一撃でも直撃すれば終わりに出来る火力。
おまけに当たらなくても爆風に晒され、徐々に体力を奪われていくのだ。
間違いなく強敵であった。
(綱渡りってあんな気分なんだろうな……)
勝利を分けたのは、ほんの僅かの差。
最後の最後に出来た一瞬の隙。
そこをジンクが見逃さずに捉えられただけに過ぎない。
(強いな、鉄級……)
喧嘩を売ってきた石級の新入生達とは比べるまでもない強さだった。
とはいえ戦ってきた石級の者達が単純に弱かったのかと言えば、そんな事はない。
そこ等辺の低級魔獣なら簡単に倒せる強さはあったし、魔力の量や魔術の腕だけ見れば優れた者は多かった。
ただ試合を魔術を見せ付ける場か何かと勘違いしていたり、自分が負ける筈がないと思い込んでいてマトモな戦いになる前に勝敗を決めただけ。
戦いにおける根本的な意識の差こそが、石級と鉄級の間に分厚い壁を作っていた。
(なるほど。一年でも居れば、か……)
おそらくジンクに喧嘩を売ってきた連中は、近い内に功績値を失って除籍処分になっていくだろう。
何故なら――
(もう試合なしじゃ石級でも功績値を維持出来なくなってきてる筈。確実に勝てる相手から狩られていくだろうな)
今まで試合をしてなかった人間は、誰が確実に勝てる相手なのかを冷静に見定め動いてなかったに過ぎない。
そして、確認を終え動き出す事が求められる今の時期。
一番カモにしやすいのが、平民なら楽勝だなんて考えもなしにジンクに挑むような、何の理由もなく自分が安全だと思い込んでいる人間だ。
用心深さ。
あるいは、火の粉を払いのけられる力。
そのどちらも持たない者が生き残れる程、この学園の機構は甘く出来ていない。
(一番実績が高い学園の筈だ……)
要するに、これは魔獣退治の完全な予行練習なのだ。
事前準備を怠らず、身の程にあった戦いを続ける。
そうしなければ生き残れないという事を徹底的に叩きこむ。
まかり間違っても無謀な戦いに挑戦しないように。
(差し詰め、俺は灰色狼の変異種みたいなものか……)
それなりの力があれば誰でも倒せるとされる、低級の魔獣だ。
だが、灰色狼くらいでと油断して下調べを怠った結果、想定以上の群れや変異種に遭遇して命を落とす魔術師は決して少なくない。
長く魔獣を討伐し続ける為に求められるのは、力以上に用心深さと周到性なのだ。
(勝てる獲物を確実に見定め、仕留めていける狩人の育成場……)
それこそがオルビス魔術学園の本質。
夢や浪漫に満ちた冒険や大物狩りなんて、最初から求められていないのである。
(理事長が平民を排除したがる訳だ……)
そういう意味では、魔力的に劣り戦闘に向いてないとされている平民が、身の程も弁えず貴族達に挑む姿は、さぞや癪に障る事だろう。
(どうでもいいけどな)
排除したがっているのが解ったからと言って、じゃあ辞めます。
なんて素直に聞くような人間なら、最初から入学しようと思わない。
誰が邪魔して来ようと薙ぎ倒してやる、と思える人間だからこそジンクはオルビス魔術学園に入学したのだ。
「ジンクさん、お風呂まだ掛かりますか?」
考え事をしていたせいか、長風呂になってしまっていたらしい。
立派な館の割に、大浴場が一つあるだけなので、風呂は交代制。
入浴中の看板を入り口に立てるようにしているのだ。
「スマン。すぐ出る!」
セーラはジンクを尊重したがる節があるというのに、急かすような言葉を伝えてくるという事は、余程風呂に入りたいのだろう。
ジンクは慌てて身体を流して大浴場を後にする。
「おや?」
するとジンクが上がるのを待っていたのか。
土埃に塗れたセーラが、服を着たまま脱衣場に佇んでいた。
「…………」
二人の間に沈黙が訪れる。
かと思うと、セーラの視線が下へ下へと落とされていき――
「男の人のってそういう形をしているのですね。初めて見ました」
興味深そうな様子で、ジンクの股間を眺めて呟くのだ。
「一緒に入らなければいいってもんじゃあねえ!」
ジンクの叫びが脱衣場に木霊する。
けれど――
(お湯が勿体ないから一緒に入りましょう、とか言い出さないだけマシか)
なんて思ってもいる辺り、相当セーラに毒され始めているのであった。
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