第48話 目的達成
(目的と手段を履き違えるな、か。その通りだよ、ナナシ先輩……)
そもそもジンクの目的は、銅級に昇級して学園に残る事であって――
ナナシを倒すなんてのは手段の一つでしかない。
(昇級の件が解決次第、来てくれるって話だったが――)
そして、ナナシを倒す以外のもう一つの手段が、条件を満たしたにも関わらず、何故か昇級出来なかった件の解決。
そして、セーラなら時間が掛かっても絶対に解決してくれると信じていたからこそ。
玉砕覚悟の突撃なんてせず、少しでも時間を稼ごうと粘っていたのだ。
「ラネナさんとの試合の後、銅級昇級の説明を理事長室で聞きましたよね!」
「ああ、覚えてる」
その時に鉄級五人を無敗。
銅級一人を倒せという条件を理事長から聞いたのだ。
「あの時に銅級昇級の条件が上書きされてしまっていたんです」
どうやら、その時の会話が一種の契約として神に認識されてしまっていたらしい。
だから、それ以外の条件で鉄級昇級の資格を得たにも拘わらず、昇級する事が出来なかったのだ。
「それでもう一度、条件を上書きし直したら出来たんです!」
言いながらセーラが記章を取り出し、ジンクに見えやすいように掲げる。
小さな小さなセーラの手の中で、ジンクの記章が銅色に輝いていた。
――調べてもらう為に学園長に預けていたのである。
「ありがとう! 本当に感謝してる!」
出来る限りの気持ちを込めて、セーラに感謝の言葉を告げるジンクだが、本心では試合なんて放り出して今すぐにでも抱き締めたい気分だった。
だって、セーラの姿を見れば誰だって予測出来る。
口で結果だけを報告すれば簡単に聞こえるが、それがどれ程大変な作業だったくらい。
(ずっと休まずに調べ続けてくれたんだろうな……)
目の下には色濃い隈。
髪はほつれてボロボロ。
それなのに表情には疲れの様子なんて一切見えなくて、やり遂げたという喜色満面の笑みだけを浮かべているのだ。
これでセーラの献身を理解出来ない奴が居るなら、それこそジンクは殴り飛ばすだろう。
「いやあ、感心した」
今すぐにでも試合なんて放り出して駆け出し、セーラの元へと駆け出したくなるジンクであったが――
それを寸でのところでナナシの賞賛の声が押し留める。
――一応、二人の話が終わるまでは待ってくれていたらしい。
「これは一本取られたよ。無駄に勝負を長引かせようとしていた訳ではなかったみたいだね。むしろ目的を見失わず、出来る事を懸命にやっていたとは天晴れだ」
「そりゃどうも……」
この戦いで初めてとなるナナシからの賛辞。
けれど、それにジンクは言葉とは裏腹に不満そうに顔を歪める。
戦い以外の部分で褒められたって何にも嬉しくなんてないからだ。
「それじゃあもう戦う意味はなくなっちゃったし、これで終わりかな? もう君も限界そうだしね」
「おいおい、何を勘違いしてんだよ」
そこで試合を終わらせようとするナナシの言葉を、ジンクは無理やり遮ると。
ここからが本番だとばかりに構え直した。
「アンタには先生を馬鹿にされた借りを返さねえと気が済まねえからな。勝手に終わりにしてんじゃねえよ」
まるで怒っているように告げるジンクだが、本心は全く違う。
(アンタが戦ってくれなきゃ、そのまま俺は退学だったんだ。だから、そんな期待外れだったみたいな面しかさせられなかったまま、帰せる訳ねえだろ……)
ラネナは面白い戦いが出来る事がナナシの望みだと言っていたし、戦いの態度からもそれが伝わってきた。
正確には、今までにない新しい魔術というのを見てみたいのだろう。
――おそらく、魔力の低いナナシが更に強くなる為に。
「もう別に切り札や隠し技なんてないんだろう? それなら無理しなくていい。今の君から得られる物は、もう十分に見せてもらった」
これ以上は時間の無駄だし、意味もなくジンクを痛め付ける趣味はない。
そう言いたげなナナシの様子に、さすがにジンクも怒りを覚えずには居られなかった。
――悪気なんて一切なく、善意100%だと解かるのが余計に。
「いいや? あるぜ。最後の切り札ってヤツがな!」
セーラが来るまでは絶対に負けるわけには、いかなかった。
何故なら既にジンクの退学の期限自体は過ぎており、試合中だけは生徒扱いで止まっていただけで、負けた時点で退学が決まっていたからだ。
だが、ここからは負けてしまってもいい。
言い換えれば、一か八かの賭けに挑む事が出来るのだ。
(それに指一本でも動く限り諦めてやる訳には、いかねえんだよ!)
そして、ジンクが頑張ろうとしている理由はナナシに借りを返したいだけではない。
それ以上に、こちらの方が理由が大きいのかもしれない。
「…………」
セーラが、じっとジンクの事を見詰めていた。
もうジンクがボロボロで勝てる見込みなんて皆無に近い事に気付いているだろうに。
それだけじゃない。
徹夜で作業を続けて、今すぐにでも眠りたいだろうに。
それでも言葉に出して頑張ってなんて言ってジンクに負担を掛けないよう、ただ勝利を祈って見詰めている。
(もう二度と、この目を裏切りたくないんでな!)
勝てる見込みなんてない。
確かにナナシの言うとおり、無駄な戦いになるかもしれない。
それでも――
最近ちょっと気になっている女の子の前くらい、格好付けていたいなんていう安い見栄と意地くらいは張り通す。
「あまり無茶をするな。折角楽しい学園生活を続けられる事になったのに、明日に響く――」
そこでナナシが突然会話を止めて、咄嗟に飛び退いた刹那――
閃光が走った。
「今のは、もうちょっとだったぜ」
ナナシが一瞬前まで居た場所を、ジンクが目にも止まらない速さで駆け抜けていた。
「……なるほど、そう来たか」
独り言のように呟いたナナシの顔に先程までの余裕はなく――
「良い感じにイカレてるね、君は……」
ナナシの額に冷や汗が流れ落ちる。
その冷たく滴り落ちた汗が、試合が始まってから初となるナナシの緊張を色濃く表していた。
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