第49話 決着

「もう退学も掛かってない試合だってのに、頭おかし過ぎるよ、君は!」


 所狭しとばかりにナナシが次々と分身を繰り出していく。


 けれど、その分身がジンクを傷付ける事はない。


「うおおおおお!」


 何故なら分身が生まれても、動く前にジンクが潰していってしまうからだ。


 その姿、まさに閃光。


 雄叫びと共に駆けるジンクの動きは常軌を逸していた。


「防御に振るべき魔力を全部速さに割り振るとか、思い切りがいいとかいう次元の話じゃないよ」


 使い捨ての囮よろしく分身をばら撒きつつ、必死で逃げ回りながらジンクの姿を盗み見るナナシ。


 魔力の大半は防御に割り振るのが当たり前だし、無意識の内にそういう魔力の扱いを誰もが心得ている。


 何故なら爆発的に増えていく破壊力に対して、人の身体はあまりに脆く儚い。


 障壁や魔力による身体強化もない生身の状態では、魔弾が掠めただけで致命傷に成りかねない程に。


「それだけでも狂気染みているっていうのに――」


 閃光とは、決して速さだけを表す比喩表現の話ではなかった。


 ジンクの身体の節々から光が漏れ、輝いて見えているのだ。


「殺し合いでもないのに、普通ここまでするかね!?」


 ジンクの身体から漏れる光の正体。


 それは、ジンクの肉体が魔力へと変わっていく事で生まれるものであった。


「万物は全て魔力で構成されている。それ等の配列や結びつきによって、色々なものを形作っている。それは人間の身体だって例外じゃない……」


 異界では魔力と似たような働きをしているゲンシと呼ばれる物があるらしいが、それはさておき。


 ナナシが言うように、この世界の全ての物体は最終的には魔力で構成されている。


 それ等の複雑に絡み合い組み合わさる事で、別の存在として顕現しているのだ。


「だからって自分の身体を分解して魔力に変えるとか、普通考えてもやろうと思うかい!?」


 それならば自分の身体だって魔力として使える筈だとは、一度くらいは誰でも考える話ではあるが――


 挑む人間なんて狂人だけ。


 何故なら今のジンクは腹を開いて、内臓剥き出しで血を噴き出しながら戦っているようなものだ。


 そんな無茶に身体が耐えられる訳もなく、この状態を続ければジンクは身体を維持出来ず、崩壊して掻き消えるだろう。


 さすがにその状態では、どんな回復薬や魔術を使おうと再生なんて不可能だ。


「こうでもしなきゃ、どう頑張ったってアンタに勝てそうにないからな!」


 言葉を返しつつも、ジンクは止まらない。


 後数分、この状態を続ければ、完全に自分の身体は跡形もなく崩壊する。


 そんな事は、こんな無茶をしているジンク自身が誰よりも解っている。


 止まっている余裕なんか、ある訳がない。


 それでも――


「ここまでして当たらないとか、俺からすればアンタの方が十分おかしいぜ!」


 回避に徹したナナシを捉えるには至らない。


 墜ちたりとはいえ元金級。


 ジンクが文字通り命を振り絞って尚、埋まらない差がそこにはある。


 このまま行けば、ジンクの死亡で試合は終わってしまうだろう。


 だからこそ――


 ナナシは追い詰められていた。


(ああ、もう。無茶と無謀は若者の特権とでも言うのかな!)


 ナナシは別にジンクの命なんて欲しくない。


 というか、全く要らない。


(まだまだ強くなれるのに、こんなところで死ぬなんて勿体ないだろう!)


 そもそもナナシがジンクと戦ったのは、何か面白そうな人材だったからだ。


 最初こそ期待外れかと思いがっかりしたが、今では十分以上に愉快な人材だと解った。


 死んでほしいどころか、むしろ元気に成長し続けてほしいくらいなのだが――


(けど、こんな自殺技に負けてやる訳にはいかない!)


 もしナナシがこのまま簡単に負けてしまえば、きっと観客の中に真似しようとする者が出てきてしまうだろう。


 アレだけ苦戦していた元金級相手に通用する技。


 さぞや強力に違いない、と安易な気持ちで。


(冗談じゃないよ! こんなの下手しなくても発動と同時に身体がバラバラに吹き飛んでしまうだけだ!)


 魔力の圧縮という並の魔術師では扱えない高度な魔力制御が出来るジンクだからこそ、僅かの間とはいえ、戦いに使える次元で運用出来ているのだ。


 おそらくほとんどの人間は、真似事さえ出来ないし。


 逆に真似事くらい出来る人間は、発動した瞬間に全身が一気に魔力に変わってお陀仏だろう。


(僕がやらないといけない事は一つ――)


 ジンクの命を守り、馬鹿な後輩を生まない一番の方法。


 それは最速で決着を付ける事。


「一か月は寝たきりを覚悟してもらうよ!」


 お互いに激しく動き回った状態で、ジンクを殺さずに止めるのはナナシといえど至難。


 ここまで執拗に追い掛け回されては、姿を消して不意討ちする余裕さえない。


 そんな中で致命傷になる場所だけ避けつつ。


 けれども確実に倒す為に、あえてナナシは足を止めてジンクを迎え撃つ。


「よく知りもしない対戦相手に優し過ぎるぜ、アンタ!」


 そんなナナシの思惑を完全に理解しつつ――


 それでもジンクに止まっている時間も余裕もない。


「悪いとは解っちゃいるが、その甘さに突け込ませてもらうぞ!」


 足を止めたナナシに好機とばかりに笑って。


 迷う事無く、突っ込んでいく。


「甘すぎるのは、そっちさ!」


 その途端、予想外の場所から複数の分身が現れたかと思うと、取り囲むようにしてジンクに襲い掛かる。


「ちぃっ!」


 ジンクが潰したと思っていた分身の内、何体かは潰されたように見せただけだったのだ。


 ナナシの位置から攻撃が来ると思っていたジンクは虚を突かれ、四方八方から襲い来る分身に飲み込まれる――


 かに見えた。


「今更止まれるかあ!」


 それは、いくつもの偶然が重なった奇跡のようなものだった。


 死の間際という極限状態が生む集中力。


 身体が魔力に変わっていく事で生まれた反射速度の上昇。


 そして、ジンクを殺さないように分身が身体の中心は狙って来なかった事。


「あそこから避け切れるのか」


 もはやナナシは目の前。


 ここまで来れば必要ないとばかりに、ジンクは身体を魔力に変換するのを止めたかと思うと最後とばかりに残った魔力を己の拳に圧縮させる。


「この距離ならさすがのアンタでも防げないだろ!」


 最強最大の技を放つ為に。


「それはどうかな!」


 ジンクは知らなかった。


 ナナシにとって分身は、牽制と威力を兼ね備えた使い勝手の良い技でしかなく――


 本当の切り札は【カウンター】と呼ばれる返し技。


 相手の魔術の構成さえ読み取る事が出来れば、どんな技であっても、そっくりそのまま跳ね返せる事が出来る絶技だという事を。


「君の性格上、最後は最大の技で来ると思っていたよ!」


 わざわざ止まってジンクを誘ったのは、分身攻撃の狙いを付ける為だけではない。


 もし分身を抜けられたとしても、【カウンター】で仕留めるという二段構えの作戦だったのだ。


(読み通り! シュバなんたらを撃つ気だね!)


 もはやジンクは止まれる勢いではなく――


 ナナシの予想通り最強最大の技を叩き込むしかない。


「砕け散れ!」


(違う、これは――)


 けれど、いくらナナシでも解らなかった。


 ここに来てジンクが自身最大の技、【シュヴァルツシュバイン】を進化させるなんて事までは。


「【ゲグリテスシュヴァイン】!」


 これが最後の勝機。


 ジンクの全てを込めた一撃が、ナナシに叩き付けられる。


 


   〇   〇


 


 【ゲグリテスシュヴァイン】。


 それはジンク最大の破壊力を持つ技、【シュヴァルツシュバイン】を更に破壊力特化に改造したものだった。


 セーラとカワズの戦いの時にも触れたが、魔術は原則として射程を伸ばしたり弾速を速くすればするほど破壊力は低下していく。


 それならばいっその事、全く飛ばさない。


 圧縮した魔力を直接、自らの拳で叩き付けるという荒業に出たのである。


(暴発覚悟。自爆上等の運試しだったが、その賭けには勝てたみたいだぜ……)


 とはいえ、口で言うほど簡単な事ではない。


 圧縮した魔力の制御は困難であり、事実、試合開始前まで【シュヴァルツシュバイン】だって暴発気味に無理やり使う事しか出来なかったのだ。


 そんな状態で改造して放つなんて、博打というのも烏滸がましい。


 たった一枚の宝くじに人生を賭けたようなもの。


(もう体力も魔力も空っ欠……)


 もはや立っている事どころか腕を上げる事さえ出来ない。


 膝を付いて、倒れないようにするだけで精一杯。


「……やれやれ、無茶苦茶するものだ」


 ジンクの決死の一撃を受けて尚、ナナシは立っていた。


(けど、浅かった……)


 予定外の攻撃に【カウンター】が使えないと気付くや否や、防御障壁に切り替え直撃を避けたのである。


 加えて練習一つしてない思い付きの技。


 何とか形にこそ出来たものの、完成度も甘過ぎた。


「全く……。試合はあくまで試合。いくら大切な事があるといっても、いや、だからこそ自分の命を盾にするような戦い方なんていけないよ」


「……悪いとは思ったよ」


「謝る必要まではないさ。弱点を突くのは戦いの基本だからね。弱みを見せる方が間抜けだ」


 それはそれとして人としては注意したくなる。


 なんてナナシは静かに付け加えつつ、話を続けていく。


「そこまでしてでも勝ちたかったのかい? 好きな女の子の前で格好付けたくなる気持ちは解からないでもないが、頑張り過ぎだね」


 いやあ、若い若い。


 なんてナナシは年寄り染みた事を言いながら笑う。


 その姿は試合中というには、あまりにも緊張感がなく。


 もはや勝負は決まったと言わんばかりであった。


「まだ勝負は付いてねえぞ」


 実際、もう決まったものなのだろう。


 もはやジンクは満身創痍。


 気を張って意識を保っているだけで、ほんの少しでも気を抜けば意識だって飛ぶ。


 出来る事なんて睨み付ける事くらい。


(だからって諦めてなんてやるもんか!)


 それでもジンクは顔だけは下げない。


 指一本でも動くなら。


 いや、意識が僅かでも残っている限り、負けてなんてやらないとばかりにナナシを睨み付ける。


「いいや。もう勝負は付いてるよ」


 ジンクの気勢なんて、どこ吹く風とばかりに受け流し。


 ナナシは言葉を続けていく。


「あーあ。少しでも諦める雰囲気見せたら認めてなんてやらなかったんだけどな」


「何を――」


「僕みたいに勝敗自体に興味がない人間なんて稀だし、自爆技なんて使ったら死んでも自業自得って思う人がほとんどだから、試合じゃもう使っちゃいけないよ」


 そういうのは魔獣相手に大事な人を守る時にでも使うといい。


 なんて付け加えたかと思うと。


「それじゃあこれからよろしくね、後輩」


 その言葉を最後に。


 何の前触れもなく、ナナシが突然膝から崩れ落ちた。


「は?」


 受け身も取らず地面に叩き付けられるように倒れたナナシの姿を、ジンクは目で追う。


 けれど、目に映る光景が信じられない。


「――――」


 ナナシは倒れたまま、ピクリとも動かない。


 まるで糸を切られた操り人形のように横たわるだけであった。


(あんな浅い当たりで倒れる訳ないだろ……)


 驚き戸惑うジンクだが、この結末は当然とも言える。


 そもそもナナシの魔力はジンクより下なのだ。


 おまけに咄嗟に【カウンター】から障壁に切り替えた不用意な防御。


 未完成とはいえ、破壊力だけを突き詰めた究極の一撃とも言える【ゲグリテスシュヴァイン】を防ぎ切るなんて出来る訳がないのである。


「しょ、勝者! ジンク・ガンホック!」


 戸惑うような審判の声に辺りが一瞬、静寂に包まれる。


「新入りがやりやがった!」


「嘘でしょ! 何かの間違いじゃない!?」


 けれど、すぐ後には声の山。


 歓声や怒号が入り混じり、地響きさえ起こりそうな程の叫びの嵐が降り注ぐ。


「…………」


 最後の攻撃に手応えがなかったせいか。


 勝ったという実感が得られなくて。


 熱気に包まれていく会場の中、一人ジンクは取り残された気分のまま――


「ジンクさん!」


 疲れ果てたように座り込むと、悲鳴のようなセーラの叫びに気付きもせず意識を失ったのであった。

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