第50話 敗残兵は語らずなんて事はなく――

「かんぱーい!」


 オルビス魔術学園内にある平民用の館に、喜びの声が響き渡る。


 ジンクとナナシの死闘から、三日の時が流れた。


 己の身体を魔力に分解するという荒業を行なったジンクは、丸一日昏睡状態に陥った上に、お偉方にお説教を喰らったり色々あった。


 そして、ようやく帰ってきて祝勝会を開く事になったのだが――


「まさか自分の祝勝会の料理を、俺自身の手で作る事になるとはな……」


 ジンクは館に備え付けられている台所で、一人黙々と料理を作っていた。


 これは別に何かの罰という訳ではない。


(そういえばリア充爆発先輩もラネナさんも気さくだから忘れてたけど、皆いいトコの貴族の子どもなんだよなあ。そりゃあ自分で料理した経験なんてないか……)


 単にジンクの他に料理が出来る人間が居なかっただけであり――


 食材も学園長の方から大量に差し入れられていたから、ジンク自ら立候補したのだ。


(というか怖くてアレ以上、任せられねえんだよ……)


 最初は祝勝会の主役なんだし、戦い疲れもあるだろうからジンクは休んでいてほしいとセーラが料理を作ろうとしたのだ。


 しかし、食事なんて栄養補給としか思ってなかったセーラにマトモな料理なんて作れる訳もなく、見兼ねてラネナが料理の手伝いを申し出たのだが――


(出てきた料理を食べたリア充爆発先輩、ずっと白目向いて倒れたままだからな……)


 魔力で検査した結果、命に別状はないらしい。


 だが、今も泡を吹いているリア充爆発先輩の姿を見て、これ以上セーラ達二人に食材に触らせようとは思えない。


「何か僕も手伝おうか?」


 そこで料理をしているジンクに声を掛ける者が居た。


 ジンクと死闘を繰り広げたナナシである。


 他の面々はともかく。


 どうしてジンクの祝勝会に、この男が居るのかと疑問に思うかもしれないが、その答えはジンクの口から語られる。


「家主なんだから、アンタは堂々としていてくれよ」


 この平民用の館はナナシが建てた物であり、館の所有権どころか、この館が建っている土地からナナシの物らしい。


 ――その辺は昔、色々あったそうだ。


「そうかい? 料理は全く作れる気はしないが、これでも皿洗いは得意なんだけどな」


 そう言いながらナナシは分身を始める。


 どうやら手際が良いとかそういう話ではなく、単純に分裂して物量で処理しようとしているらしかった。


 ――ちなみにセーラとラネナは料理中ですら、皿やコップを何個も割ったのでジンクがもう台所に入って来るなと言い聞かせている。


「いや、本当にいいって。それよりも聞きたい事がある」


「聞きたい事?」


「……アンタ、本当に平民なのか?」


 この館は平民用の館であり、本来は貴族を退ける結界が張ってあり館に貴族は入れない。


 現在はナナシが結界を弄ってラネナ達も館に入れるようにしてくれているのだが、その辺の話をした時に疑問に思って訊いていたのだ。


 貴族が入れないのなら、ナナシも入れないんじゃないか、と。


「平民だよ。貴族でこんなゴミみたいな魔力量の人間は生まれないと思うな」


 その時と同じ答えが、ナナシの口からもたらされる。


 確かに平民であるジンクにさえ劣る魔力量は、貴族では考えられない。


「アンタはさ、どうしてこの学校に来たんだ?」


 そこでジンクは、機会があれば訊いてみたいと思っていた事を尋ねてみる。


 金級まで最速で駆け抜けながら、それでも鉄級に転落して。


 そんな事なんて気にもしてなさそうな、この人間が何を考えているのかが、どうしても気になって仕方なくて。


「ああ、僕は物心が付く前にでも魔獣の巣に捨てられてたらしくてな。それで魔獣とかに囲まれて暮らしていたところを学園長が偶々見付けて、拾ってくれたのさ」


 あまりに予想外の言葉に頷きすら返せないジンクを気にも留めず。


 ナナシは何の気負いも感じさせる事なく、自らの経緯を話していく。


「それで行く当てもなかったし、学園長に勧められるままに入学試験受けたってだけだよ。後は、もう成り行き任せだね」


 生まれた時から魔獣の群れに囲まれて育ったナナシは、普通の人間とは違う魔力の扱い方や独特の戦いの技術を既に身に着けていた。


 そのお陰もあり、入学試験は難なく突破したのだが――


「今思えば嫌がらせだったのかもしれないね。入学してすぐに寮じゃなく森に案内されてな。最初は木を切り倒して住む場所とか作ってたよ」


 初の平民の入学者であったナナシは、ジンク以上の過酷なスタートを強いられる。


 住む場所すら用意されておらず、仕方ないから森の木を切って丸太小屋を自作。


 平民ならば楽勝だろうと何度も何度も試合を挑まれ、倒した連中から逆恨みされ丸太小屋を壊されたのは一回や二回ではない。


「それで仕方なく、向かってくる奴等と戦ってたり、家作り直すのも面倒だしダンジョンに籠ってたりしたら、いつの間にか金級になってたって訳だよ」


「…………」


 あっさりと語るナナシだが、そんな簡単な話では、決してなかった筈。


 聞いておきながら、何と答えればいいか迷い口を噤んでしまうジンクだが――


「僕はさ。ただ静かに過ごせる場所が欲しかっただけなんだ」


 ジンクが本当は何を聞きたかったのか。


 全てを察しているようにナナシが更に言葉を重ねていく。


「魔獣に襲われる事も無ければ、逆恨みして襲ってくる連中の事も気にせず、静かに生きていける。そんな居場所が欲しかったんだけどね」


 けれど、戦い続けた先にそんなものは、どこにもなくて。


 気付けば金級のしがらみが増えていて――


「いつの間にか、それだけじゃ満足出来なくなってたのさ」


 逆恨みしてくる奴以外に、戦っていて楽しい相手がたくさん出来ていた。


 そいつ等にガッカリされたくないと思い、ただ自分の身を守る為に必要だった魔術や身を護る為だけの技術を研究して発展させるのが、楽しくて仕方なくて。


「ずっと生きる為に戦ってきたせいかな。人と競い合う為に戦うのが面白くてね。それで対戦用の魔術を研究したり、魔武具を集めるのに夢中になってたら、鉄級に転落していた事にも気付かなかったよ」


 半分は本当で半分は嘘に近い。


 平民如きが金級だなんて間違いだと言われるのは、別に鬱陶しいだけで耐えられなくはなかったのだが――


(平民みたいなゴミに並ばれてる今の金級も、同じゴミみたいなもんだってのは堪えたよ……)


 自分を認めてくれた他の金級の人間が貶められていくのだけは、どうしても我慢ならなくて。


 それなら、こっちから金級の地位なんて捨ててやると階級維持の試験は全て無視し、平民を金級から引き摺り落そうとする妨害工作がある事を知ってて放っておいただけ。


 そして、おそらく怒っているだろう金級の知り合い達に会うのが怖くて、ずっとダンジョンに籠っていただけの話。


 ――まさか鉄級まで階級が落ちているとは、ナナシ本人も予想していなかったが。


「そう、か……」


 ジンクはナナシの言葉に、ただそれだけの声を返した。


 そもそも、どうして自分がナナシの入学理由を尋ねたのかも解っていないのだ。


 それ以上の言葉なんて、出てくる訳がなかった。


「安心するといい。別に何か凄い天才でもなければ金級になれない訳でもないし、物凄い目的や理由なんてのも要らない。何せ生きる為に必死で何も考えてなかっただけの人間でも、一応は金級になれてしまったのだからね」


 けれど、ナナシはまるでジンクが自覚してない事まで全て解っていると言いたげな様子で、そんな言葉を返して。


 更に話を続けていく。


「というか人間なんてそんなもんだよ。お金が欲しい、異性にモテたい、チヤホヤされたい、死にたくない。色々言うけれど、根幹にあるものなんてその程度の話で、気の合う知り合いと共に過ごしたいって君の目的が、ちっぽけだなんて事はないさ」


 実際、ナナシには大体の予想は付いていた。


 自分みたいに大した目的もない人間が、本当に元金級に勝ってなんてしまってよかったのか。


 あるいは何かの偶然とかでしかなかったのか、という不安と不信に駆られているだけ。


 若者によくある勘違い。


 そりゃあ崇高な理由や使命がある方が成功し易くなる事は多いが、そんなものなんてなくても成功者になってもいい。


 むしろ、そんなものがなければ成功者になれないなんてのは、成功する為の努力も研究もしたくない人間の言い訳で八つ当たりでしかないなんてのは――


 何も持ってなかったナナシだからこそ、誰よりも知っている。


 ――その辺を歯に衣を着せずに言い続けたからこそ、嫌がらせが止まなかった事には気付いていないのだが。


「だから君は自分の力で勝ち取ったものを堂々と誇り、仲間との日々を満喫するといいよ。それは頑張った者の正当な報酬なのだから」


 そこでジンクが料理を終えて、片付けに入り始めたのに気付いたのだろう。


「片付けは僕がしておくから、君は行くといい。あの小さい女の子、君が来るまで待つ気みたいで、食事も摂らずに座ってるよ」


 ナナシは無理やりにジンクを台所から追い出して。


 分身して、調理器具を洗い始めるのだった。

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