第45話 分身の術

(予定とは大分違うが、やるしかない!)


 ナナシの期待とは違い、他に新技なんてものはない。


 正確に言えば未完成だった【シュヴァルツシュバイン】を完成させようとしたのだが、完成しないまま刻限が来てしまったのだ。


(様子見している間に形にしようと思っていたんだけどな)


 だが、逆に考えればよかったのかもしれない。


 完成のヒントになりそうな話は、勝手にナナシがしてくれた。


 おまけに撃ってこいと言わんばかりに待ってくれている。


(戦いながら技完成させた上に、回避の達人みたいな相手に当てる事考えれば、とりあえず当たってくれそうな今の状況の方が何百倍もマシだ)


 ジンクは開き直ると、魔力を集中させていく。


 それは構えだけはカワズを倒した時と全く同じ。


 けれど、魔力の制御方法は全くの別物に近かった。


(全ての魔力を圧縮するんじゃない)


 前にカワズに放った【シュヴァルツシュバイン】は、水道に流れている水を全て凍らせた後で、無理やり蛇口から捻り出して氷を飛ばしていたようなもの。


(流れている魔力はそのままに、飛ばす魔力だけを圧縮する)


 今回イメージするのは、水道内の水はそのままに。


 蛇口から出た水だけを凍らせていく感覚でジンクは魔力を制御する。


「ほうほう。軽く話を聞いただけで実践出来るとは中々筋がいい」


 ナナシは魔術が組み上がっていく様子に感心したように頷くだけで、妨害の一つもしてこない。


 相も変わらず腕を広げたまま、ジンクを眺めている。


(さすがに防ぐ障壁くらい余裕で張れるんだろうな)


 いくら変異種や鉄級で最大の防御力を持つと言われていたカワズを倒した自慢の技とはいえ、相手は元金級。


 普通に魔術を撃っても通用しないだろう事は、ジンクにだって予測出来ている。


 けれど――


(相当無駄な魔力の使い方して撃ってたみたいだな……)


 ナナシの助言通りに魔力を練り上げて、ジンクはある事に気付いていた。


(これなら三発。いや、もっと撃てる!)


 それは一発撃つだけで限界だと思っていた技なのに、大分魔力に余裕がある事だ。


(長期戦になれば地力が上の方が勝つに決まってる。それなら相手が力を出し切る前に最大火力の連射で試合を終わらせてやる!)


 後の事は考えない。


 というより、どの道、最大の攻撃で倒し切れないなら勝ち筋が見えない。


 そう判断したジンクは魔力を集中させていた手とは、反対側の手にも魔力を集中させたかと思うと――


「貫け、【シュヴァルツシュバイン】!」


 迷いなく魔力を解き放つ。


 使用魔力は今までの半分以下。


 けれど、全てを呑み込まんとばかりに放たれる魔力の勢いは変わらないどころか、以前よりも鋭さを増している。


(これなら――)


 直撃さえすれば、連射するまでもなくナナシを倒せるかもしれない。


 そんな期待がジンクの頭を過ぎる。


 けれど――


「つまらない」


 必殺とも思えた一撃がナナシを吹き飛ばす事はなかった。


 ナナシに魔力が直撃するかと思った瞬間、ナナシが両手を前に差し出したかと思うと――


 まるで薄紙でも引き裂くような容易さで魔力を切り裂いたからだ。


「う、嘘だ……」


 切り裂かれた魔力が中空に霧散し無力化されたのを信じられず、連射する事さえ忘れジンクは呆然と立ち尽くす。


「随分つまらない技の進化のさせ方するね……」


 驚き戸惑うジンクを気にも留めず。


 不機嫌さを隠さない声でナナシは独り言のように吐き捨てる。


「さっきの技は当たれば格上の相手でも一撃で倒せる最大の切り札。そういう方向性の技なのだろう?」


 かと思えば糾弾するような勢いでジンクに言葉を投げ付け始めた。


「それなら、どうして一撃に全ての魔力を込める方向に進化させない? 余力を残す事に何の意味がある? 使い勝手が良い牽制技が欲しいなら最初に見せてくれた技で十分じゃないか」


 そこにあるのは怒り。


「魔力の低さを工夫で何とかする、そういう面白そうな相手だと思ったから試合したのに。これじゃあ期待外れもいいトコだ……」


 そして、隠す気もない程の深い失望であった。


「威力と牽制。両立させた技を使いたいなら、これくらいはしてほしかったなあ……」


 誰に向けるでもない静かな呟き。


 と、同時にナナシがゆっくりとジンクに近付いて――


「えっ――」


 そこでジンクは己の目を疑うしかなかった。


 ナナシは確かにジンクの方へと近寄ってきている。


 けれど、取り囲むように動く者も居れば、一歩も動かずジンクを見詰めている者も居る。


 その数は全部で七人。


「ぶ、分身の術?」


 異界の勇者が一人、米国式ニンジャブシドーと名乗ったマイケルが使っていたとされる独自の魔術体型、『ニンポー』。


 その『ニンポー』を代表する最も有名な技が分身の術であり、それこそこの世界に生きる者なら子どもから大人まで知っている技だ。


「う、嘘だ! いくら元金級だからって出来る訳がない!」


 だが、それは勇者以外には誰も使えなかったとされている、文字通り伝え聞くだけになった伝説の秘法。


 どれだけ膨大な魔力を持ち、どれだけ綿密な魔力制御が出来たとしても再現は不可能と言われる御伽噺の技術でしかない。


 それこそ習得しようとする人間が居れば、そういう夢見がちな妄想はガキの頃に卒業しとけよ、なんて鼻で笑われる次元の話だ。


「うん、出来なかったよ」


 事実、再現なんて出来なかったらしい。


 あっさりとジンクの言葉を肯定すると、ナナシは説明を始める。


「アレは伝承によると、分身した個体が全員意志を持って独立して動いていたらしいけど、これは単に魔力を僕に似せて動かしているだけだからね」


 使えたら便利そうなので色々頑張ってみたのだけど、ここが限界だったよ。


 なんて残念そうにナナシは言うが――


(いや、それだって出来るようなもんじゃないだろ……)


 魔弾を一発だけなら、そこそこ自由に動かせる人間なら居ない事はない。


 けれど、数発に増えただけで空中に暫く留めた後に真っ直ぐ飛ばすのが関の山。


 自由に動かすどころか、複雑な軌道を描ける人間の話さえジンクは聞いた事さえない。


 ――それ程までに魔弾の操作は高度なまでの魔力制御が求められる。


「超劣化版、なんちゃって分身の術といった感じかな?」


 それを本人そっくりに似せた上に自在に動かす。


 神業としか思えない魔術制御力であった。


「それじゃあね。学園辞める事になっても、元気で暮らすんだよ」


 感心さえ通り越し、恐怖さえ覚えるジンクを尻目に――


 七人のナナシが一斉にジンクに襲い掛かる。


(ヤバっ――)


 ジンクは咄嗟に魔力を集中させると、防御態勢を取った。

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