第44話 そんなに甘い相手ではない

「射貫く【ブラスティン】……」


 ナナシが吹っ飛んだ後に一瞬遅れて、ジンクが魔術名を口にする。


 それはナナシが今回の戦いの為だけに、ラネナの【一目惚れ】を参考に開発した新魔術だった。


(必要なのは安定した強さじゃない……)


 何も相手より真っ当に強くなる必要はない。


 というか、この短期間で一気に強くなるなんて無茶というもの。


 それなら一度しか通用しない初見殺しの不意打ち技だろうが、種が解れば通用しない子ども騙しの技でも何でも構わない。


(とにかく今回の戦いだけ勝利を拾えればいい)


 そう考えたジンク達が編み出したのが超速射魔弾、【ブラスティン】だ。


 魔術名を叫ぶ前に魔弾が飛ぶ上に、魔弾自体もラネナの【一目惚れ】より遥かに速い。


 代わりに発動後、暫く動けなくなる上に【ブラスティン】どころか他の魔術さえ数分使えなくなるという致命的な弱点があるが――


(見せるだけで意味がある)


 中距離を一瞬で飛ぶ速さの魔弾が突然放たれるのだ。


(これで警戒して近寄って来ないなら有難いんだが……)


 踏み込めず様子見程度の攻撃しかしてこないなら、それで十分。


 必要以上に警戒して魔術が使えるまで何もしてこないなら最高だったのだが――


「え?」


 ナナシは吹っ飛んだ後、地面に転がったままピクリとも動かない。


(まさか、あのくらいで動けない程効いた?)


 【ブラスティン】は【シュヴァルツシュバイン】を元に作った技だ。


 圧縮した魔力を飛ばす為、魔力が低いジンクが使ってもそれなりに威力はあるものの、とにかく速さを重視している。


 だから当たったところで防御に優れたカワズはおろか、セーラやラネナ達でさえ倒せる程の威力はない。


(元金級って先輩達から聞いてたが打たれ弱いのか?)


 よく考えてみれば、団体戦でも一回も攻撃を受けず回避に集中していたように見える。


 これなら意外とあっさり勝てるんじゃないか?


 なんてジンクが考え始めた瞬間――


「……らない」


 ぼそり、と倒れているナナシの口から声が零れる。


「つまらない……」


 耳を澄ましてジンクが言葉を確認すると、どうやら不満の声のようだった。


「ただ速いだけで威力もない。何か特殊効果でもあるのかと思えば、それもない。当たったら何か面白現象でも起きるのかと思って楽しみにしてたのに……」


 ぶつぶつと倒れたまま呟く姿は隙だらけという他ない。


(どうする?)


 だが、今のジンクは魔術を使えない。


 無理に追撃したって大した効果はないが、かといって隙だらけの相手に追撃しなければ自分は今マトモに戦えないと言うようなもの。


「魔術使えないんだろう? 回復まで大人しくしとくのが利口だよ」


 ジンクの迷いを見透かしたようにナナシは呟くと、ゆっくり立ち上がる。


 パンパンと身体に付いた土などを払う姿はあまりにも無防備で、ジンクが攻撃出来ない事を確信しているようだった。


「何の話だ」


 まだ一回魔術を見せただけ。


 弱点が見破られる理由なんてないと動揺を隠してジンクは聞き返すが――


「見れば解るよ。魔力の流れが無茶苦茶だ。圧縮した魔力の使い方がまるでなってない」


 ナナシはまるで意にも留めず、話を続けていく。


「回復が終わるまでの間、少し説明しよう」


(……これがラネナさん達が言ってたヤツか……)


 実はナナシは金級を維持する為の試験を全てボイコットしただけが金級を追われた理由ではないらしい。


 それだけ金級の立場というのは複雑なものがあり、本人の意志だけで辞められるようなものではないそうなのだが――


 ナナシが金級を追われた一つに、学園対抗戦でのある出来事も大きな原因らしい。


「魔力とはそれだけでは大した効果を発揮出来ない。陣や回路、術式と呼ばれる魔力の道筋を作り、そこに魔力を流してやる事で魔力は魔術へと昇華される。魔力を水と考えれば、その水が流れる道みたいなものだね」


 それは対戦相手へ真剣に役立つ助言を行う事。


 対抗試合は魔獣への戦いに備え、偶には違う学園の者同士で切磋琢磨し合う技術交流の場という事に建前上はなっている。


(が、当たり前だけど建前でしかないんだよな)


 実際は、学園の面子やら何やらを賭けた足の引っ張り合い上等の戦場だそうだ。


「ところが君は魔力を圧縮して使う時、使わない魔力まで圧縮してしまっている。そのせいで所々、魔力の接続が悪くなったり切れてしまっているんだよ。水が凍って詰まったりしていると言えば解るかな?」


 そんな中、この調子で助言を与えまくった挙句、助言を与えた人間が何人も大きく成長し、それで学園の偉い人に目を付けられたらしい。


(つまり、この助言自体には多分嘘はない筈……)


 とはいえ、カワズのように時間稼ぎの可能性だって零ではない。


 有難く言葉は聞きつつ、油断せずナナシを注視していたジンクだが――


「だから、ほらこの通り」


 パンっと背中が叩かれる音と感触に慌てて振り返る。


「こうやって使わないのに圧縮されている魔力を元に戻してやれば、すぐに魔術は使えるようになる」


 そこには先程まで遥か遠くにいた筈のナナシが、ずっとそこに居たとでも言わんばかりに棒立ち気味に立っていた。


「なっ!」


(いつ移動したんだよ……)


 試合が始まってから、お互いの位置は変わっていなかった。


 それどころか、むしろ攻撃を喰らってナナシが吹っ飛んだ分だけ離れていた筈。


 にも関わらず、ナナシは音も無くジンクの背後に居たのだ。


 ――そもそもさっきまで、前方で話していた筈。


(速いとか、そういう次元の話じゃねえぞ……)


 訳が解らない。


 戦慄さえ通り越して。


 もはや得体の知れない不気味な何かをジンクが感じた瞬間――


「ん? 説明を聞いてなかったのかい? もう魔力は普通に使えるよ? 他に新技とかあるなら出してほしいな」


 ナナシは静かに囁くと僅かに距離を取って腕を広げる。


 言葉通り、ジンクの次の攻撃を待っていると言わんばかりの様子で。


(勝てるのか、こんなの相手に……)


 六人掛かりでも一撃も入れられなかった相手に、開始早々攻撃を当てた。


 そんなのが何の自信にもならない事を、ジンクは今、はっきりと思い知らされた。

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