第46話 人間は諦めが肝心
ナナシの分身による攻撃。
それは時間にして十秒にさえ満たない攻撃だったろう。
(終わった、のか?)
けれど、前後左右から袋叩きにされたジンクからすれば、数十分殴られ続けたとさえ錯覚する程に苦痛の時間であった。
「凄いね。あれだけ殴られたのに急所だけは守って耐え抜いた。魔術の工夫に関しては期待外れだったけど、体術の方は予想以上だ」
既に分身は消え、ナナシは一人。
(アレだけの技。そう長くは維持出来ないか……)
それならまだ戦いようはある。
ジンクの目に僅かに希望の光が灯るが――
「けど悪いね。今は体術にはあまり興味ないので、終わらせてもらうよ」
なんてナナシは呟くと、再び分身を始める。
魔術の効果時間が切れただけで、連射自体は問題なく出来るようであった。
(駄目だ、さすがにもう一度は耐えられねえ……)
トドメを刺そうとしている。
そして、今の自分にそれを防ぐ手段なんて一つだってない。
「金級ってのは、アンタみたいな化物だらけなのか」
(こんなの勝てる訳ねえだろ……)
そんな想いに頭を支配され、ジンクは思わずそんな言葉を口にしていた。
何の意図もなく口から漏れ出てしまった弱音。
「は――」
けれど、その情けない一言が思わぬ結果を呼ぶ。
「ハハハハハハ!」
ナナシがトドメを刺すのも忘れ、大声で笑い出したのだ。
「僕が化物! ハハッ、うん。面白い。ここ十年くらいの中だと、一番面白い冗談かもしれない!」
ジンクを馬鹿にしている訳ではないのだろう。
本気で大笑いしている。
その証拠に精密な魔術制御が必要だろう分身達は形を保つ事も出来ずに掻き消えているし、ナナシ自身も苦しそうに腹を抱えて笑っていた。
「もっとよく考えて話しなよ。僕がさ、本当に君がどう足掻いても勝ち目がないような化物なのかどうかさ」
「一体何の話――」
「どうして君はまだ立っていられる? どうして僕は君の攻撃をわざわざ避けたり防いだりする?」
(それは――)
言われてみて、ジンクは考える。
鉄級のカワズさえ、ジンクの攻撃をほとんど避けようとはしなかった。
おまけに今、ナナシにボコボコという表現が相応しいくらいに一方的に攻撃されたのに、立って戦うだけの余力は十分以上に残っている。
ラネナの攻撃なんて、掠めただけで戦闘不能になりかけたというのに。
(いや、でも元とはいえ金級がそんな――)
思い当たる答えは一つ。
理屈と経験が導き出した、たった一つの答え。
けれど、感情がその答えを認めてくれなかった。
「答えは簡単。僕は君より魔力が乏しいのさ」
はたして。
その答えがナナシの口から告げられる。
(低いんだろうなとは思ったが、そこまでか……)
驚くジンクだが、納得は出来た。
考えてみれば気付ける機会は随分前にあったのだ。
ジンクの【シュヴァルツシュバイン】を真似た【シュバシュバ】。
真似た技とはいえ、むしろ完成度はナナシの方がジンクより遥かに上だった。
にも拘らず、ナナシの【シュバシュバ】は、ジンクでも砕けた結界を砕けていなかった。
「誰に何を聞いたのかは解らないけれど、僕が金級に相応しい力を持っているのなら、鉄級になっていたりはしないよ。本当に金級の力があるなら、昇格も降格も本人の意志ではどうにもならないものさ」
(そういうもんか……)
「言ってしまえば何かの間違いで金級になってしまっただけの紛い物の雑魚。金級史上最弱。むしろ金級の歴史から名前を消されてないのが不思議。そんな偽物が僕なのさ」
実際、僕と戦って勝率九割切る金級なんて一人も居なかったぞ。
なんてナナシは高らかに付け加える。
(情けない事を誇らしげに言いやがる……)
一割以下しか勝ててないじゃないか、と突っ込みたくなるジンクを尻目にナナシは言葉を続けていく。
「世の中は諦めってのが肝心でね」
「諦め、だと?」
「そうさ。回らない物を無理に回そうとしても、折れるだけで碌な事になりはしない。出来ない事は出来ない。無理な事は無理だと見切りを付けるのが人生には何よりも大事なんだよ」
「それはアレか。俺なんかじゃアンタに勝てる筈がないからさっさと諦めろ、とでも言いたいのか?」
「そうではないよ。魔力が低いのだから、魔力が高い人間と同じ使い方をしていたら一生勝てはしない。それなら根本的に魔力の使い方そのものを変えていかねばならないという事だよ」
そう言うなりナナシは空中に、いくつもの魔弾を宙へと浮かべる。
「赤に青に黄色……」
一つ一つ色が違う魔弾。
それは攻撃の為でなく、ただジンクに見せる為だけにフワフワと漂っていた。
「例えばこうやって魔力の色を変えてみるとか試した事はないかい? これを応用して相手と魔力の波長? みたいなのを相手と合わせれば障壁をすり抜けて攻撃したり出来る」
後は魔力を糸よりも細くして障壁の隙間を通すとか。
なんて、まるでそこの荷物を取ってくらいの気楽な調子でナナシは告げるが――
(出来るか、そんなもん!)
そもそも色が違う魔弾なんて見た事も聞いた事もない。
それだけでも常識外れもいいとこなのに、他人と魔力の波長を合わせるなんて狂気の沙汰としかいいようのない話だ。
料理で例えるなら、目隠しした状態で料理を食べ、材料から調理方法まで完璧に理解する。
その上で全く別の素材。
豚肉で作られた料理を鶏肉で味まで含めて完全に再現する。
それに近い芸当を魔力で行う必要があるからだ。
「そういう根本的な魔力の使い方から見直さないと数十倍の魔力を持った相手には、どれだけ不意を突いたって掠り傷一つ与えられないからね。防御に関してもそうだ。自分より遥かに魔力が高い相手の魔術なんて、どう頑張ったってマトモにやってたら防ぎようがない」
「それのどこが諦めるって話に繋がるんだよ」
むしろ数十倍の魔力を持つ相手だろうと、勝ちを捨てない諦めの悪い人間にしかジンクには思えない。
「正面からマトモにぶつかろうなんて無理な事は最初から諦めてしまえばいいのさ。出来ない事はどう頑張ったって出来ない。それなら出来る事を組み合わせたり突き詰めて、目的を達成していけばいい」
「出来る事を組み合わせたり突き詰める……」
「そうさ。防御を壊せないなら、防御をすり抜ける。一発だって防げないなら一発だって当たらなければいい。それが出来れば魔力の差なんて大した問題じゃないからね」
簡単な話だろう、とばかりにナナシは問い掛けるが――
(その為に魔力の色を変えたり分身の術なんて御伽噺の再現に挑んだってのか?)
出来るかどうかも解らない技に挑み続ける苦しさなんて、ジンクだってよく知っている。
本当に自分のやり方が合っているのか。
ただ無駄に時間を浪費しているだけじゃないのか。
そもそも、最初からそんな技なんて存在しないんじゃないだろうか。
それはまるで、暗闇の中で砂粒を一つ探し出すような不安と孤独の戦いだ。
(きっと成功したモノの方が少なくて、試行錯誤し続けた上で結局形になる事無く消えていった技の方が多かった筈……)
そうなるくらいなら、地道でも体術の修練や魔力を上げる努力をした方が何倍もマシというもの。
そうすれば、少しずつであっても確実に強くなる事は出来る。
けれど――
(そんな当たり前のやり方で埋められる程、俺と貴族達の間にある差は小さいか?)
ジンク自身、何度も自分に問い掛けてきた。
それでも努力をすれば何とかなる筈だと言い聞かせ、鍛錬を欠かさなかったが――
それは現実から目を背け、努力している自分に酔っていただけではなかっただろうか?
「君は違うのかい? 普通に魔力をぶつけたところで魔力が高い相手には、どうやっても戦いにすらならない。それに気付いたからこそ魔力の圧縮なんて危険な方法に手を出したんじゃないのかい?」
「……そんな立派な理由じゃねえよ」
【シュヴァルツシュバイン】の切欠は、ただの思い付きでしかない。
おまけに変異種を倒せた事で満足してしまい、それ以外の技なんて今まで考えようともしてこなかった。
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