第30話 カワズ・イノナカという男

「いやあ、助かったぜ。あのまま終わらねえんじゃないかってヒヤヒヤしててな」


 戦いが終わるなり、にこやかな様子でカワズはジンクに話し掛けてきた。


「痴話喧嘩か何かか? よー解らんが、あそこまで無理させんなよな」


 恋人は大切にしないと駄目だぜ?


 なんて、カワズは馴れ馴れしく告げる。


「その、アンタは一体、何がしたいんだ?」


 会えばすぐにでも怒鳴り付け、試合を申し込み、すぐにセーラの様子を見に行くつもりだった。


 けれど、カワズの態度があまりにも予想外過ぎて、ジンクは戸惑いを隠せない。


「何がって、そっちこそ何の話だ?」


「いや、アンタなんだろう? セーラに毒薬売り付けたのって……」


 尋ねるジンクの言葉に自信はない。


 当然だ。


 どう見てもカワズの態度は毒を盛った相手に取るモノにしては軽過ぎる。


 けれど――


「あー! そうかそうか。お前が毒飲んで倒れたってヤツか! そいつはスマンかった」


 あの子叫んでばかりでイマイチ要領得なくてさあ。


 なんて、笑いながらカワズは肯定の言葉を口にする。


「いやあ悪い悪い。別に恨みとかはないんだ。後で詫びの品でも持っていくわ」


 悪気というものが全くに近い次元で感じられない。


 精々が道を歩いていて軽く肩がぶつかった、程度の雰囲気しかないのだ。


「何で毒なんかセーラに……」


 目の前にいる男が何を考えているか解らなさ過ぎて。


 不気味さに突き動かされるように、ジンクは口を開いていた。


「そりゃあお前、邪魔臭いからだろ?」


 何を言ってるんだ、と言わんばかりにカワズは不思議そうに答える。


「困るんだよなー、ああいうバリバリ依頼こなす真面目君って言うの? ああいう身勝手な人間居るとさあ」


「ま、真面目君?」


「依頼する方なんてピーピー喚くだけで、灰色狼だって倒せやしねえんだ。それなのに文句も言わず、きびきび働かれてみろ。調子に乗るだろう?」


「ちょ、調子に?」


「ああいうのは雑にこなして、文句が出たら、じゃあお前がやれよって言っときゃいいんだよ。それで何も言えやしないんだからさ」


「は、はあ……」


「戦闘力だってそうさ。依頼する方だって本当は依頼さえこなしてくれるんなら、何だっていいってのに、下手に強さがどうとか言い出すヤツが居るから面倒になる」


(え、この人何言ってんだ?)


 あまりに考え方が違い過ぎて、ジンクは言葉を返せない。


 何から言えばいいのかさえ、解らないのだ。


「強ければ強い程、依頼が増えるとでも思ってんのかねえ? そういうのもう時代遅れっだってのにさあ」


 大体、依頼してる奴等に強さの差なんて判断出来る訳ないだろう。


 カワズは鼻で笑いつつ、戸惑うジンクに気付いた様子もなく一方的に捲くし立てていく。


「依頼側が求めているのは、オルビス魔術学園に居たっていう看板とか、そういう解りやすいもんなんだよ。後は宣伝と根回しさえしとけば依頼なんて向こうからやってくる」


 有名人に似た異名パクるのもいいよな。


 どうせ依頼側で調べるヤツなんてほとんど居ないし。


 などと嬉々として持論を語り続けていく。


「だってのに、未だ強いに越した事はないなんていう時代遅れが多くて困るんだよ。強さなんてそこ等の魔獣を適当に倒せる分だけありゃ、いくらでも誤魔化しが利くってのにさあ」


 むしろゴミだ、ゴミ。


 強さに拘って周りと足並み揃えない奴なんて害悪。


 なんて吐き捨てた。


「変異種が出てきたらどう――」


 変異種の強さは様々で、それこそ通常の個体に毛が生えた程度のモノも居れば、通常の個体百体に囲まれた方がマシというモノまで居る。


 相当に強い魔術師でも居ない限り、いくら数が居たところでどうしようもない筈だ。


「そういう時の為にゴミ共が居るんだろ? 周りの足引っ張って生きてんだ。そこで役に立たなかったら、本物のゴミじゃねえか」


 何言ってるんだ、お前。


 と、カワズは心底不思議そうに首を傾げた。


「アンタって本当、腐ってるわね……」


 普段は目障りだから好き勝手攻撃する。


 けれど都合の良い時は利用して当たり前。


 身勝手な物言いに、ラネナは露骨に不快そうな表情を見せた。


「そっちが綺麗事言い過ぎなのさ。人生、楽して稼げるならそれに越した事はない。違うか?」


「そこは個人の考えだから否定しないわ。自分と違う生き方してるヤツに無意味に攻撃する事を言ってるのよ」


 ジンクを押しのけて、セーラはカワズを睨み付ける。


 そこには隠す気もない程、お前なんて嫌いよという雰囲気が滲み出ていた。


「俺は足並み揃えて助け合いましょうって言ってるだけだろ? それを無視して好き勝手生きてるヤツが悪い」


 けれどカワズは気にした様子も見せず返答する。


 ラネナの態度には慣れていると言わんばかりの様子で。


「えーと……」


 どうやら二人の間には浅からぬ因縁があるらしい。


 急に場違いな場所に立ってしまったような気分に襲われたジンクは、居心地悪そうに二人を交互に見る。


「こんなヤツ相手にするだけ無駄よ」


 そんなジンクの様子に気付いたのだろう。


「彼女が運んでいったから安心だろうけど、アナタはセーラちゃんのお見舞いにでも行ってなさい」


 ほら、行った行った。


 と邪魔だと言わんばかりの仕草でラネナは追い払うようにジンクを遠ざけた。


「あ、スミマセン。それじゃあ行ってきます」


 この流れに乗らない理由なんてある筈もなく。


 ジンクは軽く頭を下げて医務室に走り出す。


「おーおー。先輩ヅラ丸出しで。あの人の真似か?」


 ジンクが走り去るなり、からかうようにカワズがセーラに話し掛ける。


「あの人を見縊り過ぎね。こういう気遣いなんて出来ないわよ」


「……それ褒めてんの?」


「さあね。ただ魔術とかには気が回る癖に、人付き合いには気の利かない人だったなって思い出してただけよ」


 懐かしむように言うラネナの目は、カワズの方を見ているのに彼を映していない。


 視界の中に入っているだけ。


「そういえばあの人も強さとか求める系の人だったな」


 その態度にカワズは露骨にイラっとした態度を見せると――


 煽るような口調で渦中の人物に付いて話し始める。


「……そうね」


 ラネナは僅かに眉を潜め、目付きを鋭くしたのだが――


 カワズは気付かず話を続けていく。


「でも笑えるよな。知識だけなら上の連中だって敬って、いや恐れてすらいた。強さにしたって、それなりには認められてたくせに結局今じゃあ――」


 嘲るように件の人物について話していたカワズだが、そこで言葉を止めるしかなかった。


 ようやく自分が龍の尾を踏んでしまっていた事に気付いたからだ。


「ねえ? 今、何て言ったのかしら?」


 ラネナが冷たい声を放つ。


 ジンクが犯人だと疑ってた時にさえ感じさせなかった、凍り付くような怒りをまき散らし、カワズを見ていた。


「聞こえなかったかしら? 誰が笑えるのか答えなさい」


 それは敵意や嫌悪なんて生温いものではない。


 明確な殺意をもち、ただ排除すべきモノとしてカワズの事を眺めている。


「おいおい、軽い冗談だろ? マジになんなよ」


「……」


 ラネナは答えない。


 ただ無言で手帳を取り出して、試合の申請をカワズへと送り付ける。


「勘弁してくれって。俺じゃあアンタに勝てねえ。相性が悪過ぎる……」


 試合の申請を通知を告げる音がカワズの服の中にある手帳から響くが、カワズは手帳を取り出すどころか、気にする様子さえ見せない。


「…………」


 それでもラネナは止まらない。


 魔道具を付け、功績値を釣り上げ。


 条件を変えてとにかく申請を送り続ける。


 決して逃がしはしない、とでも言うように。


「あー、そうだ。あの人が行ってた娼館の情報あるぞ?」


 埒が明かないと思ったのだろう。


「呼んでた娼婦見れば、好みとか解ったりするかも、なんて……」


 あの人の情報送るから止めてくれ。


 と言わんばかりに、ここで初めてカワズが手帳を取り出して振りかざす。


「そんな情報、私が欲しがるとでも?」


 迷いなく断りめいた言葉を口にするラネナだが――


 申請を送る手を止めると、早く寄越しなさいと言わんばかりに、自分の手帳をカワズに見せ付けるように揺らし始めていた。


「毎度あり。俺、アンタのそういうトコは割と好きだぜ?」


 取引成立だなと言わんばかりに微笑んで。


 手帳を操作して、カワズが情報をラネナへと送る。


「……私は大っ嫌いよ」


 吐き捨てるように言いつつも、ラネナは早速送られてきた情報を確認し――


「む、胸の大きい子を一回も呼んでない……」


 件のあの人の趣味がスレンダー系のモデル体型から、全く変わってない事を知り。


 がっくりと膝から崩れ落ちたのであった。

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