第3話 全裸少女、その名はセーラ・エイムズ
オルビス魔術学園。
そこは数ある魔術学園の中でも、最も苛烈にして最も実績を残している学び舎である。
入学を勝ち取った者には、魔術を学ぶ為の最高の環境が与えられ、憂いなく研究に打ち込み力を磨く事が出来る――
「寮に入れない!?」
筈なのだが、入寮手続きに事務所を訪れたジンクは住む場所に困ろうとしていた。
「いえいえ、通常の寮には入れないというだけです。地図を起動……出来ますよね?」
「当たり前だ」
ジンクは生徒手帳とは名ばかりの財布にも地図にも連絡にも使える、手帳型の魔道具を開くと魔力を流す。
すると大まかな学校の敷地が立体画像となって手帳から表示される。
「この辺りを拡大して頂けますか?」
受付の言葉に従い再び手帳に魔力を流して、本棟からは離れた場所にある森を拡大操作。
そこには青々とした木々が生い茂った光景が映し出されていた。
「森しかねえじゃねえか!」
拡大すれば住む場所でもあるのかと思えば小屋の一つもない。
当てが外れてジンクは思わず叫び出す。
「いえ、この地図に情報が入力された時は何もなかったようですが、今はこの辺りのどこかに寮が建っている筈です」
「どこかって……」
(しかも筈ってなんだ? 建ってなかったら野宿でもすんのかよ……)
思いながらもジンクは言葉に出来ない。
言葉にしてしまえば、それが真実になりそうで嫌だったのだ。
「この学校の理念は知っていますよね?」
「あ、ああ。力と実績こそが全て、だろ」
突然の質問に僅かに詰まりつつも、ジンクは迷うことなく返答する。
「そうだよ。俺はちゃんと結果を出した筈だ。それなのに、どうしてこんな扱いを受けるんだよ」
そもそも他にも魔術学園がある中、ジンクがこの学園を選んだのは、その理念こそが最大の理由の筈であった。
別に、この理念に共感したからなんて精神的な話ではない。
(力さえ認められれば、普通に過ごせると思ったんだがな)
単に平民で金もコネもないジンクが入学出来そうな魔術学園が、ここしかなかったのだ。
「確かにあなたは入学試験において、自らが入学に足る力なり運なりがある事を証明しました。ですが、実績は何もありませんよね?」
「入学したばかりなんだから当たり前だろ。それとも何か? 他の奴等はもう実績があるっていうのか?」
「他の入学者の方々には代々受け継いできた血筋という名の実績があり、将来性も見込めます。ですが、あなたには何がありますか?」
「それは要するにアレか? 何の見込みもない平民に最新の設備を使わせるのは勿体ないから、森にでも籠もってろって事か?」
皮肉たっぷりに質問に質問で返したジンクであったが――
「ええ、理解が早くて助かります。ああ、そちらの寮の事で何か疑問があれば寮の方に尋ねて下さい。こちらは設立さえ一切関与していないもので」
受付は気にも留めずに頷いて肯定したかと思うと、仕事は終わりだとばかりにジンクから視線を外す。
「えー、では次の方。どうぞ」
そして興味を失ったように、順番待ちをしていた別の生徒への応対を始めるのであった。
〇 〇
「いやあ、うん。入学試験の相手が良過ぎたせいで勘違いしてたな……」
野宿用品を担いだジンクは、そんな事をぼやきながら敷地を馬以上の速さで駆け抜ける。
その速さをもってしても、目的の森にはまだ辿り着かない。
それ程までにオルビス魔術学園は広大であった。
それは単に敷地面積が広いというだけの話ではない。
森へ向かうまでの間にも多くの施設が建ち並んでおり、おそらく最新の訓練や研究が出来る設備が揃っているのだろう。
まさに『魔術を学ぶに最高の環境が用意されている』という謳い文句に相応しい場所と言えた。
(水はどうにかなるとして、食料はあるのか?)
が、その素晴らしい設備も恩恵を受けられないとなれば、ただ何かデカかったり目立つだけの建物がたくさんあるだけでしかない。
(出来たら食える魔獣なり野草なり生えてくれてたらいいんだが、森って言っても敷地内だし期待するだけ無駄か?)
ジンクの興味は差し迫った生活をどう安定させるかだけに注がれていた。
(こんな事になるなら獰猛猪、魔核だけじゃなくて肉も取っときゃよかった……)
寮に着けば、衣食住は解決するだろうという甘い考えはジンクには既にない。
何故なら――
(ここも結局、他と同じ。力と実績が全てなんて建前だけだ……)
そもそも寮があるかどうかさえ、もう期待していないからだ。
寮があれば幸運。
なくても平民の扱いなんてそんなもの。
しばらくは野宿でもして過ごそう、というのがジンクの考えだった。
――そして明日からでも木を切り倒して、小屋でも作る予定であった。
「こいつは……」
そうこう考えながら駆けている内に目的地に着いたらしい。
生い茂った木々に隠されるように建てられたその場所を見た途端、ジンクは驚きで目を瞬かせる。
(マトモだ……)
それは木造建築の館であった。
あっても丸太小屋くらいだろうというジンクの予想を良い意味で完全に裏切っており、パッと見では部屋数が解らない程に大きい。
おまけに庭先は訓練に使っても問題なさそうな程に広かった。
(いや、油断するな……)
上っ面だけで中はボロボロかもしれない。
(よくて家具類は揃っているってところか?)
そうでなくても、この館の場所を教えた受付の態度から考えて食料関係は期待出来ないというのがジンクの心情だった。
期待も何もせず無造作に玄関に手を掛ける。
鍵の掛かってない扉が音も無く開いたかと思うと――
あまりに予想外の光景がジンクの目に飛び込んでくる。
「おや?」
少女だ。
それも美を付ける事に何の疑問も抱かない程の、人形か妖精を思わせる綺麗な女の子。
銀髪赤目が印象的な少女が、どこか無垢な目でジンクの事を見詰めていた。
「職員の方、ではなさそうですね。先輩でしょうか?」
人形を連想させるだけあり、小柄で凹凸に薄い体型は幼さを感じさせるかもしれない。
だが――
光を反射する銀髪、生傷が多くあるものの透き通りそうな程に白い肌、宝石のように紅い瞳。それらが織りなす事で生まれた美しさは、芸術品にさえ引けを取らぬ品のようなものを醸し出していた。
「……」
しかし、ジンクが言葉も出ない程に驚いているのは、彼女の美しさだけが理由ではない。
「えーっと、驚いているのは解るのですが、そんなにじっくり見られると着替え難いのですが……」
下着を履き替えるところだったのか。
少女が一糸纏わぬ姿だった事こそ、最大の原因であった。
「ス、スマン!」
まるで石像のように固まっていたジンクは、弾かれたように一瞬で正座したかと思うと――
即座に両手を床について、頭も床に擦り付けんばかりの勢いで下げた。
土下座である。
「どうして私、頭下げられてるんです?」
けれど件の少女はジンクを不思議そうに見詰めるだけで怒るどころか、身体を隠そうともしない。
印象的と言えば印象的。
締まらないと言えば締まらない。
これが少女、セーラ・エイムズとジンクの出会いであった。
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