#50 「東横線一日耐久」前編

 一月十七日、土曜日。『春の大音鉄まつり』第二部、『東横線一日耐久』が始まった。「一日耐久」という言葉は自分で考えたのだが、こんなことをするのは今日が初めてだ。なんだか武者震いがしてきた。

 常磐快速線で上野に向かい、上野から山手線外回りで渋谷に向かう。山手線で乗った車両はE231系500番台だった。一年半ほど前は、E231系に乗れると「あ、ラッキー!」なんて思ったが、今日山手線に乗っていたら、半分くらいの確率でE231系とすれ違った。時代は変わったなあと思う。


 渋谷には七時半過ぎに着いた。山手線の電車を降りて、東横線のホームに向かう。改札を出ると連絡通路があり、そこを通って東横線のホームに行くらしい。渋谷で東横線に乗り換えるのは初めてだったので、ちゃんと乗り換えられるか不安だったが、経路が簡単だったので、迷わず乗り換えることができた。

 改札の前まで行くと、天井から発車案内板が下がっていて、その奥にはホームと、停まっている電車が見えた。いかにも大手私鉄のターミナル駅という感じだ。JRに乗り慣れている僕は、こういう光景を見ると、非日常を感じてなんだかワクワクしてくる。


 券売機で東急線全線の一日乗車券を買い、改札を抜けた。

東横線の渋谷駅は、全部で四番線まであり、櫛型ホームになっている。波状になっている大屋根と、カーブを描いているホームが印象的だ。二番線から四番線までは乗車ホームと降車専用ホームに分かれているが、一番線は乗降が同じホームになっているらしい。発車案内を見ると、どうやら一番線は、ほぼ各駅停車専用のホームになっているようだ。


 リュックからカメラを取り出し、僕はさっそく写真を撮り始めた。ちょうど、特急の桜木町行きが停まっていたので、「桜木町」と表示されている方向幕と一緒に、まずはその車両を撮る。

 それからしばらく適当に歩いていると、9000系が、「急行 桜木町」の幕を出して入ってきた。タイミングもちょうどいいので、まずはこの電車で走行音を録ろうと思う。家でネットを使って、事前にどの形式はどの車両がモーター車なのかを調べてメモをしておいたので、そのメモを頼りに乗車位置に並んだ。


 ドアが開いて、降りる客を待ってから、車内に入って車端部の席をとった。それから録音の準備をして、発車一分前に録音を始めた。東急9000系は初期の日立GTO‐VVVFを搭載していて、これがものすごくいい音を出す。(まあ、GTOは基本的にみんないい音だと思うが……) 少し期待しながら、発車を待った。


「お待たせしました。二番線から、急行、桜木町行きが、発車いたします」

 自動放送が流れると、発車ベルが鳴り出した。最近、JRの自動放送に若干聞き飽きてきたので、私鉄の放送がものすごく新鮮に感じる。

 発車ベルが鳴り終わり、ドアが閉まった。「ヒュイーン!」と勢いのあるブレーキ緩解音を響かせて、電車は渋谷駅を発車する。日立GTOのはっきりとした機械的な響きの変調音が、また痺れる。休日の朝なので車内もそれなりに空いていて、気分は最高だ。自動放送が流れ始めて、停車駅を読み上げていく。急行はこの先、中目黒、学芸大学、自由が丘、田園調布、多摩川、武蔵小杉、日吉、綱島、菊名、横浜、桜木町と停車していくらしい。私鉄の優等種別にしては、ずいぶんとこまめに停車していく気がする。


 中目黒で日比谷線が合流してくる。ホームの向かい側には、地下鉄直通用の東急1000系が停まっていた。

 

電車は日立GTOの音を響かせて加速していく。「ヴーン、ウォー←、ウォーン←、ウォーン←、ウォォーン←……」という輪唱のような加速音は、209系と似ているような気もする。だが、こちらのほうが変調のペースや数が多く、ギア比やモーターの種類も違うので、全然違ったような響きになる。迫力があるのはこちらだろう。


 おしゃれな街のイメージがある自由が丘を過ぎると、電車は地下に潜った。まもなくすると田園調布に到着する。田園調布は高級住宅街のイメージだ。

 田園調布を過ぎると地上に出て、新しくて広々とした高架の複々線区間を走るようになる。この複々線は、2000年に、東横線が目黒線を経由して都営三田線、そして地下鉄南北線と直通を始めた時に、つくられたものらしい。駅もその時に建て替えられていて、近代的ですっきりとした造りになっている。


 多摩川を渡って新丸子を過ぎると、電車は武蔵小杉に到着した。目黒線からの直通列車はここが終点になっていて、複々線区間もここで終わる。JR南武線のほうの武蔵小杉駅は何度も通ったことがあるが、東急の武蔵小杉駅を通るのは今日が初めてだ。

 菊名までは日吉、綱島と停まり、割とこまめに停車していたが、菊名から横浜までは、一気に四駅も通過するらしい。最後に優等種別らしい走りを見せてくれるのではないかと期待したが、意外とカーブが多く、そんなにスピードを出すことはなかった。


 妙蓮寺、白楽と通過し、電車は東白楽を通過した。みなとみらい線開業後は、この次の反町から地下化されることになっているので、この先の景色はあと二週間で見納めになってしまう。しっかりと目に焼き付けておかなくてはいけない。

 電車は左にカーブしながら反町を通過すると、すぐにトンネルに入った。大都市横浜のすぐ手前にトンネルがあるのかと、少し驚かされた。

 そのトンネルを抜けると、線路はビルの谷間を走り始めた。トンネルを出ていきなりこの景色だったので、また驚いてしまった。


「まもなく、横浜、横浜です……」

 カーブを右へ曲がり終わって、短い鉄橋を渡ると、JRの線路が見えてきた。自動放送が、横浜への到着を告げる。

 横浜駅は二面二線の対向式ホームで、高架駅だ。JRのホームからも見えるので、存在はよく知っていたのだが、来るのは今日が初めてだ。見た目と立地からして、なんだか京急の品川駅に似ているような気がした。


 さあ、ここからは線路が地下化されることもなく、完全に廃止されてしまう区間だ。この先の、高島町、桜木町の二駅は、もうすぐ過去帳入りしてしまう。

 電車はJRの線路を跨ぐと、右にカーブしながら根岸線の線路と合流した。ここから桜木町までは、根岸線との並走区間だ。電車はまっすぐとした線路を、ゆったりとした速度で走っていく。なんだか渋谷~横浜が本編で、横浜~桜木町はおまけという感じがする。

 まもなくすると、電車は高島町を通過した。小ぢんまりとした、島式ホーム一面の駅だ。窓の外に目をやると、京浜東北線の電車が並んで走っている。しばらくの間、お互いに速度を競い合っていたが、こちらが桜木町駅に入線するために減速すると、あちらに抜かされてしまった。209系も、いつもの競争相手がいなくなってしまうことを、寂しく思っていることだろう。


 ポイントを渡り、電車は終点の桜木町に着いた。島式ホーム一面の駅で、すぐ横にはJRの桜木町駅がある。駅の様子を撮りたいと思ったが、それは、来週みんなで東横線に乗りに来た時にお預けにしようと思う。とにかく、今は9000系のイイ音をこの先も聴きたいし録りたいので、この電車に折り返し乗ることにした。


 折り返しの電車は相変わらず急行だった。五分ほどで発車時刻になり、再び渋谷へと走り出した。桜木町を出た時の車内は空いていたが、横浜で一気に客が増える。やっぱり、「東横」線だ。

 東横線は、東京と横浜を結ぶのもそうだが、数駅ごとに南北に走る路線とも交わっている。そのため、菊名、武蔵小杉、自由が丘と停まっていくごとに、乗客がどんどん入れ替わっていく。こういう路線はとても便利だし、鉄道会社もよく儲かるのだろう。


 四十分ほどで渋谷に着いた。時刻は九時過ぎだ。次は何の電車で走行音を録ろうかと考えていると、8000系がゆっくりと入ってきた。発車案内を見てみると、この電車は折り返しの特急桜木町行きになるらしい。さっきとは別の種別で別の形式なので、この電車で録ることに決めた。

 ドアが開くのを待ち、早速車内に入った。だいぶ人出が増えてきたのか、さっきよりも多くの人が乗り込んできた。

 録音の準備を済ませて、発車を待つ。「まもなく発車いたします」という車掌の放送に合わせて、録音を始めた。


「お待たせいたしました。三番線から、特急、桜木町行きが、発車いたします」

 発車ベルが鳴る。そういえば、ちゃんと「桜木町行き」の案内放送も録っておかなきゃなと思った。


 先ほどまでとは違い、電車は界磁チョッパ制御のモーターを唸らせながら、渋谷駅を発車した。やはりこっちのほうが、「電車」に乗っているという感じがする。ただ、乗っているときの面白さという点では、VVVFインバータの車両のほうが断然上だと思う。

 東横線の特急は、さっきまで乗っていた急行よりも停車駅が少なく、この先は、中目黒、自由が丘、武蔵小杉、菊名、横浜、桜木町の順に停まっていく。横浜まで五駅とは、だいぶスピーディーな感じだ。事前に調べてきたのだが、東横線の特急は、湘南新宿ラインに対抗するために、2000年に新設された種別らしい。どおりで、こんなに通過駅が多いわけだ。


 電車は中目黒を出ると、急行は停車した学芸大学をかすめるように通過し、自由が丘に停車した。さらに自由が丘を出ると、目黒線との乗換駅で、二面四線の規模を持つ田園調布も通過し、複々線区間を快走する。モーターの迫力ある音が車内に響き渡っているのが最高だ。多摩川線との乗換駅である多摩川も、もちろん通過する。


「武蔵小杉、武蔵小杉で、ございます……」

 武蔵小杉に着き、到着放送が聞こえてくる。やっと一休みという感じだが、すぐに発車ベルが鳴り出し、乗降が済むとドアが閉まって、電車は菊名へと向けて発車した。私鉄の車両なので、加速も速い。そのせいもあって、JRよりもだいぶ慌ただしい感じがする。


 菊名を過ぎ、電車は横浜に到着した。乗客が一斉に降りていき、車内は見事にガラガラになった。横浜から桜木町というのはなんだか中途半端な区間だし、JR根岸線、そして横浜市営地下鉄とも並走している。みなとみらい線に直通するのがこの区間が廃止される理由とはいえ、他にも廃止の理由があるのではないかという気がしてきた。

さっきと同じようにゆったりとした速度で走り、電車は終点の桜木町に着いた。ここまでの所要時間は三十一分。横浜までの所要時間が二十八分で、湘南新宿ラインの渋谷~横浜間の所要時間は二十九分なので、かなり優秀な走りだったと思う。

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