第11話

 それから三日ほど経ったある日、僕は買い物があって柏に出かけた。いつも通り緩行線のホームに降り、階段を上がる。しかし、その時、僕は発車メロディーを聞いて驚いた。


(あれ? 曲が変わってる!)

 

今まで、柏駅の一番線では『雲を友として』が使われていた。しかし、いつの間にか聞き覚えのない曲に変わってしまっていたのだ。


(これは買い物なんかしてる場合じゃないぞ……!)


 そう思い、僕は階段を駆け上がった。改札を入り直し、すぐさま来た電車に乗って我孫子に引き返す。そして家に録音機材を取りに帰り、またすぐに柏駅へと急いだ。あまりにも帰りが早く、そして慌てていたようで、母親に「どうしたの?」と聞かれてしまった。引き返した時、二番線も曲が変わっていることが分かった。おそらく、快速線のほうも新しい曲になっているのだろう。

 

大急ぎで柏駅に戻ってきた。「柏駅の発車メロディーが変わっている」と隼人にメールで知らせたので、電車から降りると隼人が待っていた。

「いやすごいね。さっき聞いたけど、マジで変わってる」

「おれもびっくりしたよ。いきなり違う曲が流れてくるんだもん」

「快速のほうも、変わってるみたいだよ」

「やっぱりそうだよなぁ……」

 発車メロディーが変わってしまうのは、嬉しくもあるが悲しくもある。特に、一番線で使われていた『雲を友として』は好きな曲の一つなので、かなりショックだ。

「まあそんなに落ち込むことないよ。雲友は松戸とかでも聞けるし、京浜東北とか総武線とか乗ったら雲友だらけじゃん」

「それはそうだけどさぁ……、通学中に聞けないのはきつい」

「でも、二番線と四番線は、前は暗い曲だったけど、明るい曲に変わってた。それは良くない?」

 二番線で使われていた『四季』、そして四番線で使われていた『こころ』は、どちらもどうしてそんな曲を採用したのかと思うくらい、暗い曲調だった。

「そうだね。あれを毎日帰りに聞くのはちょっと嫌だった」

「まあとりあえず、変わったやつを早く録っちゃおうぜ」

「うん」

 ちょうど二番線に電車が入ってきたので、僕は一脚を伸ばしてマイクをスピーカーに密着させ、録音ボタンを押した。


「これ、金町で使われてる曲の短縮バージョンだと思うんだけど」

 録り終わって、僕は言った。さっき、我孫子に引き返す際に聞いたときは、まだ慌てていて気づかなかったことだ。

「確かに、金町もこんな感じの曲だったかも」

 隼人は音鉄ではないが、常磐緩行線はよく使うだろうから、聞き覚えがあるのだろう。

「ていうかさ、なんでおれを呼んだの?」

 隼人が少し不思議そうな顔で聞いてきた。

「いや、隼人って結構、情報通じゃん。聞き覚えのない曲でも、曲名とか調べてくれそうだなぁって思って」

「なるほどね。まあ確かに、そういうの得意だよ」

 そう話しているうちに、今度は三番線の接近放送が流れてきたので、僕達は急いで快速線のホームに向かった。なんとか間に合ったので、さっきと同じように録音を始める。このホームでは、この前まで『清流』が流れていた。さあ、今度はどんな曲が流れるようになったんだろう。


 発車メロディーが流れだした。初めて聞く曲だ。長さは五、六秒とかなり短く、テンポは速くて全体的に音程は高い。『清流』は落ち着いた曲調だったが、その正反対の印象だ。

「発車メロディーの新時代って感じがする」

「確かに。今までとは曲の感じが全然違うね」

 そんなふうにコメントを交わしていると、今度は四番線に列車がやってきた。車両はE501系で、僕は一脚を伸ばしながら、ドレミファインバータの減速音を聴いた。


 発車メロディーが流れだした。前の使用曲である『こころ』は、さっき隼人と話していたとおり、短調で暗い印象だったが、新しい曲は、ゆったりとした温かみのある曲だった。下りホームなので、帰りの通勤・通学客にとってはいい曲だと思う。

「この曲どっかで聞き覚えがあるなぁ……。どこだ……?」

 隼人が何やら考え込みながら言った。

「えっ、これどっかで使われてたっけ?」

 僕はてっきり初採用の曲だと思っていたが、どうやら違うかもしれないらしい。

「何線か覚えてる?」

 言われてみれば、どこかで聞いたことがあるような気もする。路線を言ってくれれば思い出せそうだ。

「ええとねぇ……、東京のほうだよな……。山手線とかだったような……。最近なんだよな、変わったの」

 

―山手線……、最近変わった……。


僕はその情報を頼りに、頭の中にある山手線の記憶と照らし合わせて考えてみた。


「あ、大崎だ!」

 僕はそう声をあげた。

「そうそう! 確か大崎だよ」

 隼人も思い出したようで、「すっきりした~!」と言わんばかりの顔をしている。おそらくこの曲は、柏が二番目の採用だろう。

 

 さあ、最後は一番線の収録だ。まだ四番線がフルコーラスで録れていないので、もう少し粘るとは思うが。

 一番線の曲は、これで聞くのは三回目だが、さっきまでは慌てていて、ちゃんと聴くことができなかった。今度こそしっかり聴くことにする。


 発車メロディーが流れだした。これも三番線の曲と同じく、発車メロディーの新時代を感じさせる曲調だ。今後は、このような曲が増えていくのだろうか。


「柏駅の発車メロディー、今使われてる放送より、ATOSの放送のほうが似合いそうな気がする」

 僕は言った。

「ATOSって、東京のほうとか、松戸とかで流れてるやつ?」

「そうそう、『まもなく、一番線に、快速、取手、ゆきが、まいります。危ないですから、黄色い線の内側まで、お下がりください』っていうやつね」

「ご丁寧に説明ありがとう。確かにそうだね」

 その後も、一時間ほど収録を続けた。ありがたいことに、隼人は最後まで付き合ってくれた。

「帰ったら、柏駅の新しい曲の駅名、調べとくよ」

「ありがとう。マジで助かる」

「それじゃあ、またな」

 隼人は、野田線の改札に入っていった。

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