第12話

 2003年8月2日。北茨城・福島浜通りの旅の当日。

 午前五時半過ぎに、僕は集合駅である柏駅に到着した。中央口の前の切符売り場が、集合場所になっている。僕の一足先に、隼人が着いていた。

「おはよ~」

「おはよう。久しぶりにこんな早く起きたよ」

 そんな会話を交わした。

 続いて、眠そうな顔をしながらやってきたのは、快志だった。よほど眠いのか、「おはよう」と声をかけても、小さい声で「うん」としか返さない。

 最後に、佑ノ介と利府くんが同時にやってきた。利府くんは三郷みさとに住んでいる。どうやら、新松戸で待ち合わせをしたらしい。

「18きっぷは須賀川くんが持ってるんだっけ?」

 利府が確認をとる。

「そうだよ」

「了解。じゃ、五人揃ったし、改札入ろうか」

 有人改札を通り、駅員に五人分のスタンプを押してもらう。青春18きっぷで旅をする時は、この瞬間が一番ワクワクする。

 

最初に乗るのは、普通列車の高萩行きだ。水戸から始発のいわき行きがあるので、水戸でそれに乗り換える。

「いわき行きだったら楽なんだけどなあ……」

「確かに。でもまあ面倒くさいってほどではないからいいや」

 そんな会話をしながら、列車を待つ。

「そういえば、柏駅の発車メロディー変わったよね。さっき聞いてマジでびっくりしたんだけど」

 佑ノ介が言った。

「そうそう。この前買い物しに柏に来たときに変わってるって気づいたんだけど、大慌てで録音機材取りに帰ったよ」

「僕はおととい初めて聞いたよ。すごい変な感じするね」

 今日初めての話題は、やはり柏駅の発車メロディーが変わったことについてだった。

「あ、そうだ、曲名分かったよ」

 隼人が思い出したように言った。

「お、ナイス隼人。それで、なんて曲だった?」

「一番線が『SF10-31』、二番線が金町と同じで『SF22-29』、三番線が『SF10-43』で、四番線が『教会の見える駅』だね。どの曲も、「サウンドファクトリー」ってところが作ってるらしい」

 手元のメモ帳を見ながら説明してくれた。

「なんか整理番号みたいな曲だなあ。二番線の曲以外は、今日初めて曲名知ったよ」

「ねえ、どうやったら曲名って分かるの?」

 佑ノ介が、僕と隼人に不思議そうな顔で聞いてきた。

「発車メロディーの音声を公開してるサイトが、いくつかあるんだよ。長く使われてる曲は、大体曲名が書いてある。新曲は……、わからん」

 僕は隼人にバトンタッチした。

「やる気と根気だよ。頑張って調べまくったら、大体出てくる」

 隼人がそう説明する。まったく、彼の情報収集能力には感心だ。


 接近放送が流れ、列車が入ってきた。車両は415系の十一両編成で、土浦で前の四両を切り離すらしい。

 と、列車に乗り込んだのだが、ここで18きっぷ旅によくありがちな、ある問題が発生した。

「ボックスシート、埋まってるね……」

「車内で朝飯食おうと思ってたけど、これは無理だな……」

 休日とはいえ早朝なので、そんなに人は乗っていないだろうと思っていた。しかし、この時間帯から旅行に出かける人は案外多いらしい。ボックスシートは、旅行客らしき人でことごとく埋まってしまっていた。

「見た感じ、みんな長距離乗りそうだね……。こういうのって空きそうで空かないんだよな……」

 佑ノ介がため息をつきながら言った。僕達は、仕方なく車端部のロングシートに座ることにした。


 取手~藤代間で、列車はデッドセクションを通過する。毎回のことだが、この時車内の電気がいったん消えると、茨城に来たんだなということを実感する。


 牛久を過ぎ、そろそろお腹が空いてきた。今朝コンビニで買ってきた朝食を食べたいが、ロングシートなのでそれはしにくい。他の四人も、空腹に耐えているようだ。「土浦で停車時間があるから、その間にかき込もうか」などと話していると、五十代くらいの男性が、僕達のところへやってきた。

「君たち、五人で旅行かい?」

「あ、はい。そうです」

「あそこのボックス席、どいたから、座っていいよ」

 なんと、僕達にボックスシートを譲ってくれたのだ。

「でも、あなたがとった席ですから……。僕達は、ここで大丈夫です」

 僕はそう断ろうとした。しかし、

「せっかくみんなで旅行に来てるんだから、ボックス席のほうがいいだろう。自分は、ここに座るから」

 と言って、その男性はボックスシートを勧めてくる。

「まあ、そう言ってくれてるんだから、座って良いんじゃない?」

 利府くんがそう言った。確かに、他人ひとからの善意を断り続けるのも良くない。僕達はその男性にお礼を言い、ボックスシートに座ることにした。前と同じく、一人立ってしまうことにはなるが。


 土浦で、前の四両を切り離すため、七分ほど停車した。この駅の発車メロディーは、モーツァルトが作曲したクラシック音楽が使われていて、下りホームの二番線では『きらきら星変奏曲』、上りホームの三、四番線では『ロンドKV 485』が流されている。土浦で『きらきら星変奏曲』を聞くと、駅員の茨城訛りが混じった放送もあいまって、これから常磐線の旅に出るんだという期待感をかき立てられる。


 土浦を出ると、右手には霞ケ浦のほとりのレンコン畑が見えてくる。僕はそれを見ながら、おにぎりを頬張った。普通のコンビニのおにぎりだが、列車のボックスシートで、それも「鉄友」と一緒に食べると、いつもの数倍美味しく感じる。

 

水戸でいわき行きの列車に乗り換える。列車から降りると、さっき僕達にボックスシートを譲ってくれた男性を見つけた。

「先ほどは、ありがとうございました」

 改めてお礼を言う。

「いやいや、とんでもない。この先も気を付けて行くんだよ」

 その男性は優しく微笑んで言った。話を聞いてみると、男性は僕達と同じく、「青春18きっぷ」で旅をしているらしい。この後は水郡線に乗って郡山へ抜け、それから東北のローカル線を巡りに行くのだそうだ。こういう見知らぬ人との出会いも、旅の醍醐味だと思う。


 いわき行きの列車は、向かい側の三番線から発車する。車両は引き続き415系だった。ボックスシートはほぼ埋まっていたが、奇跡的に、わずかに空いていたところに座ることができた。

「いやあ、海側をとれて良かったよ」

 利府くんがほっとした表情を浮かべながら言う。

「あれ、海ってどの辺で見えるんだっけ?」

「日立らへんから、ちょくちょく見えるよ」

「よし、じゃあ海撮るか」

 佑ノ介がそう意気込む。そして、快志はというと、まだ眠気がとれないのか、さっき朝食を食べたっきり、ずっと寝ている。一体、昨日の夜は何時まで起きていたのだろうか。


 常磐線の線路は、水戸を過ぎると徐々に太平洋に向かって進み、日立の手前で海が見えてくる。見えるといってもそんなに長い時間ではないので、僕達はわずかなチャンスを狙ってシャッターを切った。

「そういえば、いわき着いたあとどうする? いわきから広野あたりの適当な駅で降りるって話だけど」

 僕はみんなにたずねた。

「久ノ浜とか行ってみたい。駅名に惹かれる」

 ようやく起きた快志が言った。

「そういえばさあ、駅名で惹かれるっていうので思い出したんだけど……」

 そう言って、利府くんが話し始める。

「僕さあ、去年の冬、常磐線の駅巡りしてたんだよ。それで、なんとなく駅名が気になって、久ノ浜の次の、すえつぎって駅で降りてみた」

「それで?」

「本当は、乗ってきた電車が広野から折り返してくるはずだったんだけど、ダイヤが乱れてその列車が運休になっちゃって……」

「えぇ、大丈夫だったの……?」

「大丈夫じゃなかったよ……。原ノ町からの電車が来るまで、一時間以上待たされた。めっちゃ寒い中で」

 利府くんは苦笑しながら言うが、その時の絶望感は半端じゃなかっただろう。

「大変だったね……」

「あの駅トラウマだよ……」

 利府くんはうなだれてそう言った。


「よし、今から末続行こう!」

 少しの間のあと、快志がとんでもないことを言い出した。

「いや、なんでそうなるわけ?」

 利府くんが困りきった顔で言う。

「ほら、リベンジ」

「リベンジも何もないでしょ……。また運休にあったらどうするんだよ……」

 利府くんは再びうなだれて言う。

「そんときはそんとき」

 快志は平然と言う。

「二回連続で同じ目にあうことって、早々ないでしょ」

 そして隼人まで賛同し始めた。

「わかったよ……。じゃあ行ってみるか……」

 最後は利府くんが折れてそう言った。もちろん、うなだれたままの状態で。


 列車は磯原を過ぎた。この辺りでも、断続的に海を望むことができる。

 大津港を過ぎて、列車は福島県に入った。福島県に入って最初の駅が、勿来なこそだ。この近くには、かつて「勿来の関」とよばれる関所があったそうなのだが、正確な場所は分かっていないらしい。


 勿来から三駅、列車は湯本に到着した。この駅は「スパリゾートハワイアンズ」の最寄り駅で、特急列車が停車し、送迎バスも出ている。ハワイアンズはいわきにあるイメージだが、実際のところ、最寄り駅はここ湯本なのだそうだ。

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