第13話

 水戸から約一時間半、列車は終点のいわきに到着した。次に乗る原ノ町行きまでは二十分ほど時間があるので、僕達は少し駅を出てみることにした。

「結構都会だね~、いわきって」

 佑ノ介は初めてこの駅の外に出たらしく、いわきの街並みを興味深そうに眺めていた。

「確かに。初めて降りた時はおれもちょっとびっくりしたよ」

 実はいわき市は、福島県で最も人口が多いのだ。しかも面白いことに、次に人口が多いのは郡山市で、県庁所在地である福島市の人口は、県内三位となっている。

「えっ、そうだったの? 知らなかったよ」

 僕と利府くん以外の三人は、このことを今初めて知ったらしく、僕の説明を聞いた後、意外そうにそう言った。

「友軌ってそういう知識も結構あるんだね」

「おれだって、今は音鉄の世界にどっぷりはまってるけど、それまでは結構な乗り鉄だったからね。地理的な知識とかは、結構あるんだよ」

 駅舎の前でそんな話をしているうちに、発車五分前になったので、僕達はホームに戻った。佑ノ介はホームに戻る途中、さかんにシャッターを切っていた。佑ノ介は撮り鉄なので、「ちゃんとした」鉄道写真しか撮らないように思えるが、鉄旅に出かけたときは、スナップ写真のほうが多く撮るらしい。


「うわっ、701じゃん!」

 ホームに着くや否や、快志が不満そうに叫んだ。

「なんでオールロングシートが来るかなぁ……」

 この先は海の眺めが最高の区間なのに、こういう時に限って、景色の見にくいオールロングシートの車両が来る。この区間には何回か乗っているが、701系にあたるのは初めてだ。

「末続の呪いだぁ……」

 利府くんが気味悪そうに言った。


 車内に入る。旅先でのロングシートは嫌いだが、一応メリットもある。それは、例えば五人で旅行をしているとき、三人が着席して、残りの二人がその前に立てば、向かい合わせになって、会話がしやすいというところだ。ボックスシートだと、先ほども言ったように、一人が立つ羽目になってしまう。でも二人で立てば、不公平感も少なくなる。

 いわき駅の発車メロディーは、土浦と同じくクラシック音楽が使われている。一、二番線が『ます』、三、四番線が『楽興の時』、五、六番線が『春の歌』だ。

「なんでいわきも土浦も、クラシックなんだろ」

「正確なことは分からないけど、駅長さんがクラシックが好きだったっていう説を、聞いたことがあるな」

 隼人はそう言った。


 発車メロディー『楽興の時』が流れると、列車は209系によく似たVVVFの音を響かせ、いわき駅を発車した。末続までは二十分ほどだ。

 この区間は海が見やすいのにも加えて、駅舎も趣のあるものが多い。線路も四ツ倉からは単線になるので、ローカル線の香りがしてくる。東京のほうでは複々線になっていて、多くの列車が行き交っている路線とは思えないほどののどかさだ。

「ほんとに海がきれいだな~」

 そう言いながら、佑ノ介はシャッターを切りまくっている。そんなに撮って、フィルムの心配はないのだろうか。

「たぶん大丈夫だよ。今日はもう一本持ってきてるし、そのうち飽きるだろうし」

 そんなことを言いながら、佑ノ介はまたシャッターを切った。


 久ノ浜を発車すると、次はいよいよ、本日の第一目的地となった末続だ。「次は、末続、末続です」と、車掌の放送が流れる。

「ああ、嫌な記憶がよみがえってきた……。マジで降りるの怖いんだけど……」

 利府くんは頭を抱え込みながら言った。

「まあ……、頑張ろう」

 そんな利府くんを、僕は申し訳程度に励ました。


 末続に到着すると、僕達はドアボタンを押して、ホームに降りた。ほどなくして、列車は広野方面に消えていく。

「あーあ、行っちゃった」

 利府くんは、わざとらしく棒読みにした残念そうな声でそう言いながら、列車の後ろ姿を見送っていた。


「さ、駅舎を見ていきますか」

 一方の快志は、そう言うと駅舎の中へ入っていった。僕達もそれに続いて入る。駅舎は木造で、中にはベンチが設置されていた。今は無人駅だが、ホームから見て右側には窓口の跡があり、昔は駅員がいたことを物語っている。

「駅ノート、前来た時は寒すぎて書く余裕なかったから、今書くか」

 遅れてついてきた利府くんはそう言うと、駅ノートを書き始めた。「おれも」と言って、隼人は利府くんが書き終わるのを待っている。

 二人が駅ノートを書いている間、僕は外に出て、駅舎を写真に収めた。周りに建物はほとんどなく、僕達の話し声と蝉の鳴き声だけが響いていた。

「お、このアングルいいよ」

 佑ノ介がそう言って、僕を呼んだ。十メートルほど歩くと、海をバックに、駅名標とホームを写真に収められる場所があった。

「いいね。こういうの好き」

 そう言いながら、二枚ほど写真を撮る。

 

そうこうしているうちに、利府くんと隼人が僕達のところへやってきた。

「そういえば、快志は?」

 隼人が聞いてきた。そういえば、さっきから姿が見当たらない。

「なんか、海のほう行くって言ってた」

 佑ノ介が教えてくれた。帰りの列車まであと十五分ほどあるので、僕達も海を見に行くことにした。さっきから快志が暴走しがちだと思うのは、僕だけだろうか。

「あ、快志! ちょっと待って!」

 小走りで追いついた。

「悪い悪い、つい気になっちゃってさ」

 どうやら、暴走はしていなさそうだ。


 五分ほど歩くと、海を一望できる絶好のスポットがあった。今日は曇りなので、海はねずみ色だが、もし晴れていたら、群青色の大海原が望めただろう。

「僕、暇すぎてここに座ってた」

 利府くんが笑いながら言った。今日は寒くないからいいが、極寒の中でここに座っているのは過酷すぎるだろう。下手したら、自殺願望者と間違えられてしまうかもしれない。

「それにしても、いい眺めだぁ……」

 僕達はすっかり景色に見とれていた。「ザブーン、ザブーン」と、規則的に波の音が聞こえてくる。自然の大きさというものを実感した。


「あっ、やばいやばい! あと三分で乗車電来る!」

 ふいにそんな叫び声が聞こえてきた。どうやら佑ノ介の声らしい。我に返ると、もう七分も経っていた。急がないとまずい。

「このままだと、前回の二の舞になる!」

 そう言いながら、利府は勢いよく走り出した。僕達も続いて走り出す。


 やっとのことで駅に着くと、列車がもう入線してきていた。不運なことに、乗車ホームは跨線橋を渡った反対側だ。

「乗りま~す‼」

と、快志が思い切り叫んだ。幸い、車掌がその声に気づき、発車を待ってくれた。

「間一髪だったね……」

 僕は息を切らしながら言った。

「マジで焦った……」

 佑ノ介も疲れ切った様子で言う。


「ええと、この後はどうするんだっけ?」

 体が落ち着いてから、僕は確認をとった。

「いわきで上野行きに乗り換えて、大甕まで戻る。八分の接続だね」

 利府くんが、今後の行程を説明してくれる。

「大甕から、バスで『おさかなセンター』に行くんだけど、時間が分かんないな……。まあ、その時の状況に応じて対応しよう」

「普通の」人なら綿密に計画を立てて行くところだが、旅に慣れてしまった鉄道マニアは、ざっくり計画を立てて、あとは臨機応変に、というパターンが多い。時と場合によって、これが良かったり悪かったりする。

 

いわきで普通上野行きに乗り換える。始発なのでガラガラで、難なくボックスシートに座ることができた。

「これに乗ってるだけで上野まで行けちゃうんだから、すごいよね」

「そう考えると近いんだよな。上野といわきって」

 決して近くはないのだろうけど、鉄道マニアには、距離感が麻痺してしまっている人が多い。実際、僕もその発言にはなんの異論もなかった。

 

 『ます』の発車メロディーと、東海道型放送を聞いて、いわきを後にする。都会の騒がしい発車メロディーよりも、クラシック音楽のほうがリラックス効果があって、駆け込み乗車も抑制できるだろう。実際、新宿や渋谷駅の初代の発車メロディーは、自然の温もりを感じられるような穏やかな曲だった。発車メロディーとは本来、こうあるべきなのではないかという気もする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る