#14 海鮮と日立電鉄
一時間ほどで大甕に到着した。この駅では日立電鉄に乗り換えられる。今すぐにでも乗りたい気分だが、その衝動はぐっと抑えて、まずは腹ごしらえだ。
「さて、バス乗り場はどこだ?」
改札を出て、隼人が辺りを見回しながら言った。
「あそこに何台かバスが停まってるけど……、どれに乗ったらいいんだ?」
僕は少し戸惑っていた。鉄道マニアといえば、旅行全般が得意そうなイメージがあるかもしれない。もちろんそういう人もいるのだが、あくまでも守備範囲は「駅の中」までであって、そこから先はよく分からない、という人も多い。
「すみません、『おさかなセンター』に行きたいんですけど、どのバスに乗ればいいですか?」
このまま立ち尽くしていても仕方がないので、僕はひとまず、手前に停まっていたバスの運転手に聞いた。
「この奥のバスに乗ってください」
運転手は、茨城訛りの混じった口調でそう言った。土浦の駅員よりも、幾分か訛りがきついように感じられた。
言われたバスに乗り、発車を待つ。バスの旅は、鉄道のそれとはまた違った風情がある。
「そのうち、路線バスの旅とかやっても楽しそうだね」
「確かに。テレビとかでもよくやってるもんな」
ほどなくして、バスは大甕駅前を発車した。おおむね日立電鉄の線路と並行したルートで、バスは走る。
「これ、日立電鉄でも行けたよね?」
快志が言った。
「それも考えたんだけど、時間が合わなくってさ」
利府がそう説明する。そういえば今回、旅の細かい計画は、一番旅に慣れていそうな利府くんに任せた。時刻表も、利府くんだけが持ってきている。
「まあ、後で大甕から常北太田まで乗れるわけだしさ、それでいいじゃん」
十分ほどで「おさかなセンター」に着いた。典型的なドライブイン、という感じだ。名前の通り、海鮮系の店がいくつか入っているらしい。
「よし、食うぞ~!」
快志は意気揚々とそう言った。
「腹が減っては鉄旅はできぬ! ってね」
「うまいこと言うな~!」
そんなことを言いながら、僕達は店の中に入った。店員に案内され、席に座る。五人となかなかの人数なので、四人掛けのテーブルに二人掛けのテーブルをくっつけて、六人掛けにしてもらった。
「さて、何があるんだ?」
僕はメニューを広げた。海鮮丼の店らしく、色々な種類の海鮮丼がある。その中でも『ひたち満喫丼』というメニューには、「店長おすすめ!」と大きく書かれてあった。どうやら、季節に合わせて旬のネタを乗せているらしい。これで1400円、安い。
「おれはこれにした」
そう言って、他の四人に見せる。
「それ美味しそうだな! おれもそれにする」
隼人と快志も、『ひたち満喫丼』にするらしい。
「二人はどうする?」
そう言って、僕は佑ノ介と利府くんにメニューを渡した。最終的に、佑ノ介が『しらす丼』、利府くんが『まぐろ定食』を頼むことになった。
「あとで分けようぜ」
快志がそう言った。それぞれ違うものを頼んでお互いにシェアするのは、食事の楽しさの一つだろう。
早く来ないかなとソワソワしながら、待つことおよそ十五分。五人分の料理が運ばれてきた。
「うわっ! すごいボリューム!」
『ひたち満喫丼』は、「いいんですか?」と言いたくなるほど、ネタがたくさん乗っている。佑ノ介が、「写真撮らせて!」と興奮した様子で言ってきた。僕が「いいよ」と言うと、佑ノ介はいろいろ試行錯誤しながら、三枚ほど写真を撮った。小さいカメラで写真を撮っている人は他にもいるが、佑ノ介はもちろん一眼レフで料理を撮っている。すごい凝りようだ。他の人も便乗して写真を撮り始めたので、食べ始めるころには五分ほど経っていた。
「うまい……」
隼人が驚きと感心が混じったような表情で言う。
「これ最高だな~! 白石は、どう?」
「しらすうますぎる。なんていうか、ものすごい柔らかいんだよ!あ、友軌のやつも、一切れ食べていい?」
「あ、いいよ。はいこれ」
僕は近くにあったネタを、佑ノ介の器に一切れ乗せた。おそらく、カンパチか何かだろう。
「うわやっぱうまいよ……」
佑ノ介はうっとりとした表情で、僕のあげた刺身を食べている。
「どの魚も脂が乗ってるよな~」
「ほんとそう。あ、利府くんのも良さそう」
利府くんが頼んだ『まぐろ定食』は、マグロの刺身のほか、マグロの照り焼き風のものや、あら汁などがセットになっていた。あら汁を一口もらってみたのだが、マグロの旨味がこれでもかというくらいに凝縮されていて、絶品だった。
「いや~、うまかった~!」
すっかり満腹になって店を出た。快志が満足そうに言う。
「ここ、また絶対に来る」
「おれも。今度は家族で来ようかな」
「いや~、気に入ってもらえてよかったよ」
利府くんはほっとした様子で笑いながら言った。
バスに乗り、再び大甕駅に戻ってきた。
「あ、そうだ。この前調べて分かったんだけど、この近くで『大甕まんじゅう』っていうのが売ってるらしい。せっかくだから食べてみたい」
隼人が言った。
「そういえばそんなのあったなあ」
利府くんも存在は知っていたようだ。
「乗車電が来るまであと十分くらいあるから、買いに行こうか」
「そうだね……、お、あれがそうかな?」
返事をしながら辺りを見回すと、ロータリーの向こう側にそれらしき店を見つけた。店の窓ガラスに「銘菓 大甕まんじゅう」と書かれたポスターが貼ってある。
「そうそう、あれだね」
すぐさま店へと歩いていき、中に入る。店内には、ショーケースに何種類かの和菓子が並べられていた。僕達は、「大甕まんじゅう」を人数分購入した。
駅に戻り、日立電鉄の改札を入って、ホームに下りた。ベンチがあったので、電車が来る前に、そこで大甕まんじゅうを頂くことにした。
まんじゅうは、片面に「大甕まんじゅう」の文字と柄が入った銀紙に巻かれていて、それをめくると楕円形のまんじゅうが出てきた。
「まんじゅうというよりかは、団子に近くない?」
「確かに、どちらかといえばそう見えるね」
一口食べてみた。程よくもちっとした素朴な生地と、これまた素朴な味わいのあんこがよく合う。
「これは美味しいぞ」
佑ノ介がまんじゅうを見つめながら言う。
「お茶が欲しくなる味だなあ。弘大、そこの自販機でお茶買ってきて!」
快志がまんじゅうを持っていないほうの手で、自販機を指さしながら言った。
「いや自分で買えよ」
利府くんはすかさず、笑ってそう言い返す。結局快志は、自分でお茶を買いに行った。
海鮮丼と「大甕まんじゅう」。この二つで、僕達は大甕を大いに満足することができた。
しばらくして、常北太田行きの電車が入ってきた。窓の下がオレンジ、上が白のツートンカラーの車両で、形式は3000形という。もともと地下鉄銀座線で走っていた車両だ。
「なんかレトロな車両だなあ」
「白い塗装の部分が少し黄ばんでるのも、味があっていいよね」
電車は大甕を発車した。駅を出ると、すぐに常磐線の線路をまたぎ、しばらくは常磐線と並走して走る。左にカーブして常磐線の線路と別れると、電車は
久慈浜を発車すると、今度は大きく右にカーブし、再び常磐線の線路をまたいで、常北太田を目指す。大甕の鮎川寄りでも常磐線の線路をまたいでいるので、日立電鉄は三回も常磐線と交差していることになる。
「この路線、常磐線とべっとりだよね」
「確かに。おれは鮎川まで乗ったことあるけど、あの駅、常磐線の線路の真横にあるもん」
「本当は鮎川まで乗りたかったんだけどね……」
できれば全区間乗ってみたかったのだが、袋田の滝に行くこととの兼ね合いで、大甕~常北太田間しか乗車はかなわなかった。
「まあ、また乗る機会あるでしょ」
「そうだね。廃線にはならないといいけど……」
この日立電鉄、近年では乗客が大幅に減ってきていて、経営状況はあまりよろしくないらしい。廃線の話も出ているのだそうだ。
「本数もそんなに少ないわけではないし、もっと使ってくれたらいいんだけどね……」
佑ノ介が少し残念そうに言った。本当にその通りだと思う。
休日の昼下がり、車内はゆったりとした空気に包まれている。小さな駅に一つ一つ停まりながら、電車はのんびりとした速度で走っていく。規則的なジョイント音に耳を傾けながら、車体の揺れに身を任せていると、何だかウトウトしてきた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます