第15話

「―友軌、もう降りるよ」

 隼人の声で目を覚ますと、電車はまもなく、終点の常北太田に着くところだった。

「おれいつから寝てたぁ……?」

 寝起きの頭のまま言う。

川中子かわなかご過ぎたあたりからかな。まあせいぜい、五分ちょっとくらい?」

 初めて乗った路線で寝落ちしてしまったのは少々悔しくはあったが、これはこれで幸せなひと時を過ごせたと思う。

 電車を降りると、それからしばらくは「撮影会」になった。初めての路線なので、自然に写欲が湧いて、どんどんとシャッターを切ることができた。


 「撮影会」を終え、常北太田駅を出る。水郡線の常陸太田駅は、道を挟んだ向かい側にあった。駅名は違うが、乗り換えはとても便利だ。


 ホームに出ると、JR東日本の非電化路線でよく見る、キハ110形が停車していた。水郡線は水戸が起点となっていて、途中の上菅谷で、郡山方面への本線と、ここ常陸太田までの支線に分かれている。ひとまずこの列車で、乗換駅である上菅谷に向かう。

 

 この列車ではボックスシートは埋まっていたので、仕方なくロングシートに座った。乗車時間は十五分ほどだったので、さほど問題はなかった。


 上菅谷では、二分の接続で郡山行きに乗り換えた。同じホームでの乗り換えなので、とても楽だ。今回の旅で一番の好接続だと思う。こちらはボックスシートが空いていたので、ゆったりと景色を楽しむことができそうだ。それにしても、途中駅からだとボックスシートが埋まっていることが多いのに、今回は座れるなんて、今日はラッキーだと思う。


 列車はしばらくは町中を走るが、常陸大宮を過ぎると、次第に自然が多くなる。上原がみはらを過ぎると、右手に久慈川も寄り添うようになり、渓谷の雰囲気を帯びてくる。

「ここから先、紅葉の季節は最高なんだよな~」

 利府くんが車窓を眺めながら言った。

「でも水郡線って大体空いてるけど、紅葉の時期はめっちゃ混むんだよね。おれは前それで一回失敗した」

 中二の十一月、僕は紅葉を見に行くために水郡線に乗った。その時僕は、水郡線はいつも座れるから大丈夫だろうと高を括っていた。しかし、実際に列車の入線直前にホームに行ってみると、乗車位置には長い行列ができていた。結局その時は、常陸ひたち大子だいごまでの一時間二十分ほど、一度も座ることはできず、立ちんぼで辛い思いをしたのである。

「紅葉の時期は、早めにホームにいないとだめだよね」

 利府くんは苦笑しながらそう言った。


 西金さいがねあたりまで来ると、だいぶ山も険しくなってくる。山の緑が目にまぶしい。「やっぱり山はいいな」と、佑ノ介がつぶやいた。


 袋田で列車を降りた。時刻は十六時半、帰宅客が目立つ時間帯だが、僕達はこれから滝を見に行く。しかし、ここで問題発生だ。

「バス無いじゃん!」

 快志がそう叫ぶ。バスの時刻表を見てみると、十四時台で、すでに袋田の滝方面のバスは終わっている。

「どうするか……」

 僕達は途方に暮れてしまった。徒歩だと四十分ほどかかるので、歩いていくにしては遠すぎる。

「あ、でもタクシーって手があるぞ」

 快志が言った。

「でもそうすると高くなっちゃわない?」

「ほら、五人で割れば、そうでもないかも」

 確かに快志の言う通りだ。

「でも五人だと一台じゃ無理だよな……」

 隼人がそう言ったが、タクシー乗り場を見てみると、幸いタクシーは二台停まっていた。

「お、これはしめたぞ!」

 相談した結果、三人と二人で二台に分かれてタクシーに乗り、タクシー代は二台分で割り勘することにした。


 タクシーに乗ること十分、僕達は滝の入り口に着いた。夏休み期間中なので、昼間に来ると混んでいるのだろうが、今は夕方なのでだいぶ空いている。タクシーの運転手も、「この時間は穴場ですよ」と得意げに言っていた。


 入場料を払い、エレベーターに乗って下に降りた。エレベーターを降りるとトンネルになっていて、トンネルを抜けた先に観瀑台がある。

「いや~、楽しみだ」

 佑ノ介の表情からは期待している様子が見て取れる。僕はこれで三回目、隼人と利府くんはこれで二回目らしいが、佑ノ介と快志はこれが初めての袋田の滝らしい。

「どんだけすごいんだろうな~」

 と、撮り鉄二人組は楽しそうに期待感を共有している。もちろん、僕もワクワクしてきた。


 トンネルを抜け、観瀑台に出た。

 佑ノ介と快志が、いっせいに「おお!」と歓声をあげる。

「やっぱり圧巻だな~!」

 隼人も滝に見入っている。

「前来た時よりも水量が多いよ~!」

 滝の「ゴォォォォ!」という水の音と、その迫力に、僕はすっかり圧倒されていた。佑ノ介は、ファインダーを覗いて夢中でシャッターを切っている。木々の緑と、滝の轟音。末続で見た太平洋に続き、自然の雄大さを肌で感じた。

「なあ、記念写真撮らない?」

 滝に夢中になっているところで、快志が提案してきた。

「確かに。いいかもね」

 僕は各々滝を見ている他の三人を呼び寄せた。

「あ、ちょうどいいや。今日三脚持ってきてるし、おれが撮るよ」

 そう言うと、佑ノ介はリュックから三脚を取り出し、カメラに取り付けた。その間に、僕達は写真に写る体形に並んだ。

「お、いいねそんな感じ! じゃ、セルフタイマーかけるから、おれも入るよ」

 佑ノ介はシャッターを押し、走って僕と利府くんの間に入る。

 

ランプの点滅が早くなり、「カシャッ!」という音とともにシャッターが切れた。僕達の夏の思い出の一ページが、フィルムに焼き付けられたのであった……。


「よし、じゃあ、行こうか」

記念撮影をした後も十分ほど滝を眺め、僕達は観瀑台を後にした。帰りの列車まではまだ時間があったので、土産物屋などを見て回ってから、タクシーで袋田駅へと戻った。


 帰りの列車でもボックスシートに座り、久慈川の流れを眺める。時刻は十八時。だんだんと空が薄暗くなってきていて、旅の終わりを感じさせる。

「今日はいい旅だったな」

 快志が満足そうに言った。

「まだ終わっちゃいないよ。これから三時間かけて帰るんだから」

 僕はそう言った。

「確かに、18きっぷの旅って帰りが意外と長いんだよな~」

 快志はそう言うと、頭の後ろで手を組んだ。

「水戸で夕食にするのがいいと思うんだけど、駅弁と駅そば、どっちがいい?」

 利府くんが聞く。

「朝はコンビニ弁当で、昼は海鮮丼だったし、夜は安定の駅そばにしたいかな」

 隼人がそう言った。他の三人も、それで異論は無さそうだ。

「確かにね。じゃあ、そうしようか」

 夕飯の話が落ち着き、久慈川が見えなくなってくると、旅の疲れが出てきたのか、僕達は自分も含めて全員寝てしまった。ボックスシートに座れず一人立っていた佑ノ介も、近くのロングシートに座って寝てしまっていたらしい。僕が気が付くと、もうだいを過ぎていた。


「あ~、よく寝たぁ~」

 十九時過ぎ、日が暮れて間もない水戸駅に降り立った。

「体感十五分だったね」

 利府くんが笑いながら言った。

「キハ110のボックスシート、居心地良すぎるだろ」

「確かに、まだ乗ってたい気がする」

 そんな会話をしながら、常磐線のホームに移動し、駅そば屋に向かう。

「何にする?」

「おれは、安定のかき揚げそばかな」

 僕は、旅の最後には、なぜかかき揚げそばが食べたくなってしまう。

「お、いいじゃん。じゃあおれは、鴨そばにしようかな」

 快志はそう言った。

 

 駅そば屋に着いた。すでに三人ほど先客がいて、食べるスペースは六、七人分しかなかったので、僕達は前の人達が食べ終わるのを待ってから、店の中に入った。店員のおばさんに食券を渡すと、すぐにそばが出てきた。

「なんか安心する。この味」

 僕はそばを一口すすってから言った。

「どこに行っても安定の美味しさだからね。落ち着く」

 隼人がそう返してくれた。特別美味しいというわけではないのだが、どこの店に入っても、「そうそう、これこれ」という味が出てくる。それが、駅そばの良さだと思う。

 それ以上会話は生まれず、十分足らずでそばを平らげた。駅そばを食べているときは、なぜか無言になってしまう。僕達はささっと店を出て、五、六番線のホームに向かった。列車が来るまで十五分ほど時間があったので、ベンチに座って到着を待った。

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