第16話

 今回の旅の最終ランナーは、403系の十一両編成だった。この時間帯の常磐線の上り列車は、空いていることが多い。十一両編成の端のほうの車両に乗ったということもあり、僕達の乗った車両には、自分たち以外ほとんど乗客がいなかった。

「せっかくだから、窓開けない?」

 快志が言った。列車は岩間を過ぎたところだ。

「おれたち以外に乗客いないみたいだし、開けてみよっか」

 そう言って、僕は窓を全開にしてみた。MT54型モーターの豪快な唸りとともに、夏の夜の、程よく涼しい風が車内に入ってきた。

「これは最高だぁ……!」

僕は思わず叫んだ。目をつぶってみると、自分が風とモーター音に包まれているような気分になって心地よい。これ以上の至福はほかにないだろう。

 しばらくすると、車掌が検札に回ってきた。僕達の18きっぷを確認した後、「他のお客様が乗ってきたら、迷惑にならないようにお願いします」と言って、去っていった。

 

 水戸から五十分ほどで、列車は土浦に到着した。

「あ、501じゃん!」

 僕は向かい側の四番線に、E501系が停車しているのを見つけた。

「多分、この一本後のやつだね」

 利府くんが言った。

「あっちに乗り換えたい……? もしかして」

 少しして、隼人が聞いてきた。僕のことを気遣って聞いてくれたのだろう。

「うん、出来ればね。でも、帰り遅くなっちゃうし、ロングシートだしさ……」

 僕も他の四人を気遣って言った。

「おれたちは全然いいよ」

 快志が言った。他の三人も、「乗ってもいいよ」と言ってくれている。

「え? ほんとに大丈夫?」

「まあ、十分くつろげたし」

 というわけで、お言葉に甘えて、僕達はE501系に乗り換えることにした。


「この列車、発車まであと三分あるのか。せっかくだし、発メロ収録するか」

 水戸から乗ってきた列車は、この駅で少し停車時間があったらしい。僕は鉄道に乗りに行くときは、ほぼ必ずと言っていいほど、録音機材一式は持って行くようにしている。今日も例外なくリュックの中に入っていて、このまま使わないのはもったいない。

「このホームの発車メロディー、音量バカでかいんだよ。二番線の『きらきら星変奏曲』は普通の音量なのに。だからおれは、『爆音ロンド』ってよんでる」

 僕はプレーヤーにMDを入れながら説明した。

「確かにそれは思う。音量設定間違えたんじゃないの? ってね」

「音鉄始めた時に、なんとなく録りにきたことがあって、その時、感度を適当に設定して録ったら、バリバリに音割れしてた」

 僕は苦笑いしながら言った。もちろん今日は、感度をかなり弱めにしてある。これなら、音割れせずに済むはずだ。


 発車一分半前になったので、一脚を伸ばした。本当に気分で収録をしたのだが、なんと、発車メロディーは二コーラス目に入った。

「いや~、録っててよかった」

 一脚を片付けながら言った。

「友軌的には、これを録り逃してたらめちゃめちゃ悔しかったってわけか」

「そ、そういうこと」

「それにしても、この曲を聞くと帰ってきたって感じがするよね」

 利府くんが言った。僕も同感だ。行きは『きらきら星変奏曲』を聞いて旅情をそそられ、帰りは『ロンド KV 485』を聞いてほっとする。これが、常磐線の旅の流れだと思っている。


 403系の発車を見送り、E501系に乗り込む。冷房効率を上げるために、四つあるドアのうちの三つを締め切っているので、車両中ほどの開いているドアから車内に入った。モーター音をよく聴きたいので、車端部の三人掛けの席に座る。この席は、三人が座って二人が立てば、壁ができて半個室っぽくなるので、五、六人で旅行をするときには都合がいい。

 さっきの発車メロディーの収録で、頭が「音鉄モード」になってしまったのだろう。僕は走行音を録らずにはいられなくなった。というわけで、僕はMDプレーヤーをズボンのポケットに突っ込み、コードで繋げたマイクを、ミニ三脚のようなスタンドに固定して床に置いた。発車直前になったら録音を始めるつもりだ。

「走行音ってそうやって録るんだ~。初めて見た」

 隼人が僕の足元をのぞき込む。そういえば、四人の前で走行音を録るのは初めてだ。

「すごいなあ……」

 他の三人も、しげしげと物珍しそうに観察している。

「あ、これっておれたち喋んないほうがいい?」

 利府くんが聞いてきた。

「いや、喋っても全然大丈夫だよ。ちゃんと録りたいときは、一人で収録行くから」


 発車時刻が近づき、一旦ホーム側のすべてのドアが開いた。このタイミングで録音を始める。

 ほどなくして発車メロディーが流れ、ドアが閉まった。


 ―さあ、始まるぞ。


「ファソラシドレミファソ~」と音階を奏でて、列車は土浦を発車した。非同期モード(VVVF装置からの音が、モーター音として聞こえてきているとき)の途中から、モーターの音が「ウォーン←」と上がっていくのもまたいい。そして、同期モード(モーター本来の音が聞こえているとき)に入ると、力強いモーターの音が聞こえ出す。僕は、音階を奏でる部分ももちろん好きだが、それ以上に、同期モードに入った直後のモーター音は、体が熱くなってしまうほどに大好きだ。

「いや~、最高だね~!」

 走行音を録っているのに、自分から率先して声を出してしまった。それと一緒に、抑えきれない喜びが顔面にニマニマと押し寄せてくる。

「楽しそうで何よりだな、友軌は」

 一人の時は無表情を貫くが、今日はみんながいるのでまあいいだろう。しかし、この醜態を他の四人に見られてしまっていると考えると、少し恥ずかしくはある。

「501の走行音、何回くらい録ってるの?」

 隼人が聞いてきた。

「ちゃんと録ったのは二回だね。そのうち一回は二往復した」

「さすがにそれはやばいって……」

 佑ノ介が引き気味で言った。まあそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。

「あと、今日みたいにある程度の距離を乗るときは、できるだけ録るようにしてる」


 荒川沖の駅が近づき、列車は速度を落とし始めた。停止直前にも音階を奏でるのが、この車両の特徴だ。

 

時間が遅くなってきたこともあり、旅の疲れも手伝ってか、僕が走行音に夢中になっているうちに、他の四人は寝てしまった。さっきまでは立っていた隼人と快志も、向かい側の席で寝ている。他の乗客もほぼいなかったので、自然に最高の収録環境ができた。


 取手を過ぎて、利根川の橋を渡ると、いよいよ千葉県に帰ってきた。それから五分ほどで、我孫子に到着する。本当は今すぐここで降り、さっさと家に帰って風呂に入りたいのだが、今日の解散駅は柏なので、もう少し我慢が必要だ。僕は寝ている四人を起こした。

「あ、もう着くんかぁ……」

「よし、やっと帰れるぞ」

 そんなことを言いながら、僕達は降りる準備を始めた。走行音を柏まで収録したいのは山々だが、ホーム上で片付けるのは面倒なので、録音機材も今片付けてしまう。我孫子までは録れているので、それで十分だろう。


 列車は柏に到着した。ホームに降りると、まだ聞き慣れない『SF10‐43』が流れだした。

「やっぱ変な感じがするよなぁ」

 快志が言った。

「まあ変わったばっかりだし仕方ないよ。そのうち慣れるでしょ」

「でもこの曲、日中に聞く分にはいいけど、夜に聞くとちょっと騒がしい気がする」

隼人が言った。確かにその点、『清流』のほうが良かったかもしれない。


 階段を上がり、駅員に青春18きっぷを見せて、改札を出た。

「じゃ、これにて解散だね。今日の旅、どうだった?」

 僕は四人に聞いた。

「五人で丸一日旅をするのは初めてだったけど、最高に楽しかったよ」

 佑ノ介が言った。

「みんな、いつもより生き生きとしてたよね」

 隼人も言う。

「確かに。あとやっぱり食べ物が美味かったよな」

 快志が言った。

「うん。また行きたくなっちゃうな。全部」

 最後に利府くんがそう言った。

「ってことは、今日の旅は成功ってことだね」

 僕はそう呼び掛けた。

「そういうことだな」

 快志がニッと微笑んでそう言った。

「よし、それじゃあ、帰ろう!」

 隼人が勢いよく言った。

「そうだね。もう遅いし」

「じゃあ、またな」

 そう言って、僕達はそれぞれ帰途についた。


 この旅は、今までで一番良かった旅かもしれない。


そんな僕達でなら、きっと鉄道研究部も作り上げることができるに違いない。

 

ふと、そんな自信が、僕の中に生まれたのであった……。


〈続く〉

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