第3章
#17 秋の気配
まどろみの中で、時計のアラームの音が響く。目が覚めていくにつれ、まぶたを通り抜けて、朝日の眩しさが伝わってくる。
手探りでアラームを止め、薄目を開けて時計を見る。液晶パネルには、「9/1」の文字。そうか、今日は始業式なのか。
いつもより少し気だるい気分のなか、ベッドから出る。リビングに向かうと、母親が朝食を作って待っていた。
朝食を食べ終えて歯を磨き、制服に着替える。ワイシャツのボタンを締めていると、今日からまた学校なのかという、憂鬱な気持ちが強くなった。
「行ってきまぁーす」
間延びした声でそう言いながら、リュックを背負って家を出る。ふと感じる涼しげで爽やかな空気。秋の訪れを気づかされた。
我孫子駅に着き、八番線のホームに下りる。ホームでは、何組かの高校生が楽しそうに喋っていた。学校に行けば、僕も佑ノ介達やクラスの友達に会える。そう考えると、学校に行くのがだんだん楽しみになってきた。
柏で電車を降り、階段を上る。後ろから、『SF10‐31』の発車メロディーが聞こえてくる。この曲を聞いて学校に行くのは、今日が初めてだ。なんだか新鮮な気持ちになった。
スクールバスに十五分ほど揺られると、いよいよ学校に到着だ。校門をくぐって、北校舎の三階にある教室に入る。佑ノ介はまだ来ていないらしい。リュックを机の横に掛け、本を読みながら、彼を待つ。
「おはよーう」
五分ほどして彼はやってきた。
「あ、おはよう」
本を読むのをやめ、佑ノ介と喋り始める。
「そういえば、友軌。数学の宿題は終わったの?」
少し心配そうな顔で聞いてきた。
「うん。おかげさまで、なんとか……」
夏休みの宿題として配られていた、数学の演習プリント。なかなかやる気が湧かず、八月の二十日頃まで放置してしまっていた。それから渋々手をつけ始めてみたものの、全く進まず、結局佑ノ介に手伝ってもらったのだ。
「それなら良かった」
佑ノ介はほっと息をついてそう言った。こうやって宿題の心配をしてくれるあたり、彼は本当に優しいと思う。
チャイムが鳴り、佑ノ介は自席へと戻っていった。日直の号令の声が響き、本宮先生がいつも通りの口調でホームルームを始める。
さあ、二学期の幕開けだ。
帰りのホームルームが終わり、僕は佑ノ介と五組の教室の前に向かった。僕達五人が所属している三クラスのうち、五組のホームルームは大体最後に終わる。そのため、五組の前で隼人を待つのが、放課後の恒例行事となりつつあった。
「待たせてすまないね」
僕達が待ち始めて十分ほどして、五組のホームルームは終わった。利府くんと快志も、もうすでに来ている。隼人は少し申し訳なさそうな顔をしながら、教室から出てきた。僕達は五人揃って校舎を出て、スクールバスに乗り込んだ。
「ああ……、今日からまた学校なのかぁ……。だるいなぁ……」
バスに乗り込むなり、快志がため息をつきながら言った。
「ほんとそうだよな。この前夏休みが始まったと思ったのに、もう始業式だよ」
「あと一か月休みほしい……」
まったく、隼人の言うとおりだ。こいつをぜひ生徒会長に推薦してやりたい。
「あ、そうだ。はいこれ」
そんなことを考えていると、佑ノ介はそう言って、一枚の写真を僕にくれた。「
「この前山梨に行った時の写真か~。ありがとう、後で写真代渡すよ」
僕達はこの夏休み、五人で北茨城の旅に行ったほかにも、佑ノ介と利府くんと一緒に山梨に、佑ノ介、隼人、快志と一緒に浜松方面に行った。
「でもあの時は大変だったよね。中央本線が遅れて、小海線に乗り換えられなくてさ」
利府くんが言った。
「まあ、その代わりに諏訪湖に行けたわけだし、結果的に良かったと思うけどね」
僕はそう返事をした。
「それで、二学期になったわけだけど、一回松川先生のところに行ったほうがいいと思うんだよね」
少しして、僕は四人に呼びかけた。
「松川先生って……、誰だっけ……?」
すると、快志は気まずそうにしながら呟いた。
「ほら、顧問になってくれるって言った……」
僕はそんな快志にヒントを出してあげる。
「ああ! あのメガネかけてる先生か~!」
快志は合点がいったという様子でそう言った。
「まったく、顧問の先生の名前忘れてどうすんだよ、快志……」
隼人にそう言われて、快志は少し恥ずかしそうに笑っている。
「じゃ、明日の放課後にでも、松川先生のところ行こうか」
「そうだな」
翌日の放課後、僕達は職員室をたずねた。中を覗いてみると、松川先生は今いないらしい。ドアの近くにいる先生に聞いてみると、「もうすぐ来るはずだよ」とのことだった。大方、まだホームルームをしているところなのだろう。
「ああ、ごめんごめん、五人ともおれを待ってた感じかな」
予想した通り、数分経って、松川先生はやってきた。
「はい。今後、どういう風に動いていったらいいのかを相談しようと思って」
「OK。じゃあ荷物置いてくるから、ちょっと待っててくれ」
そう言うと、松川先生は一旦職員室の中へと消え、一分ほどでまた出てきた。
「お待たせ。じゃあ、あっちの長机で話そうか」
そう言われて、僕達は先生の後についていく。
「それでなんだけど、これからしていくこととしては、大きく三つあるんだよね」
席に落ち着いてから、先生はそう切り出した。
「それは、何ですか?」
僕はそう尋ねる。
「まず一つ目が、代表者の決定。まあ分かりやすく言うと、誰が会長をやるかってこと」
「まあ、これは今まで言ってきたとおり、友軌が会長ってことで問題ないよね」
佑ノ介が言った。
「そうだね」
他の三人も、やはり異論はないようだ。
「じゃあ、一つ目に関してはクリアしてるんだね」
先生は、少し安心したといった様子で、そう言った。
「それで、二つ目は何ですか?」
「二つ目は、使う教室の決定。まあこれは、おれのほうでやっておくから、君達が何か、ってことはないかな」
そう言うと、先生はニコッと微笑んだ。
「なるほど」
「で、三つ目が活動内容を決めること。これは、もうざっくりは決めたんだろうけど、それをもう少し具体的にしてほしい」
「確かそのへんは、六月に大回りに行った時に話し合ったよね」
利府くんが言った。
「どんな部にしたいかっていう以外に、どのくらいの頻度でどこらへんに旅行に行くかとか、日帰りか泊りがけかとかね」
「そうそう」
「鉄道同好会でやりたいことって、基本、鉄道好きが集まって鉄道の話をし合って、たまに旅行に行くってことだけだから、特に決めるも何もないんだよな、実は」
隼人がそう言った。僕達は「鉄研を作る」ということに何かとアツくなりがちだが、実はそんなに大したことをしているわけでもないのだ。まあ、これも青春なのだろうか。
「確かに、言われてみればもう決めることはないね」
僕はそう言った。
「じゃあ、もう早速動ける感じかな?」
松川先生がそう聞いてくる。
「はい、いけますね」
「そしたら、紙に活動内容をまとめて、それを生徒会に出しにいってほしい。そうだな……、明後日とかに」
「分かりました」
「生徒会室は、北校舎の一階、東階段から二つ目の教室だね。場所、大丈夫?」
「大丈夫だと思います」
「じゃあ、ルーズリーフかなんかに、書いておいてくれる?」
「分かりました。やっておきます」
「それじゃあ、おれは職員室に戻るね」
僕達は、軽くお辞儀をしながら先生を見送った。
「せっかくここに五人そろってるんだし、今書くこと書いちゃおうか」
先生がいなくなった後、僕は四人に呼びかけた。
「そうだね。早いほうがいいだろうし」
僕は、隼人が取り出したルーズリーフの一番上に、『鉄道同好会設立案』と書いた。その下に代表者として僕の名前を、さらにその下には、他の四人の名前を書いた。こうやって名前を書いていると、どんどん鉄道同好会の実現が近づいてきている感じがして、期待感が込みあげてくる。
さらに、名前の下には〈活動目的・活動内容〉と書いた。
「活動目的は、『鉄道好きが集まって、鉄道の楽しさや面白さを共有できる場所を作る』でいいかな?」
僕は聞いた。
「うーん……、『鉄道好き』って書くより、『鉄道に興味のある人』って書いたほうがいいんじゃない? 幅広い人を迎え入れてるって感じで」
隼人がアドバイスをくれる。僕が、そして僕達が考えている「鉄道同好会」は、「鉄道に少しでも興味のある人から、バリバリの鉄道マニアまで、気軽に参加できる同好会」だ。確かにそう書いたほうが、僕達のイメージ通りになるだろう。僕は隼人のアドバイスどおりにペンを走らせた。
「活動内容は……、『鉄道について語り合い、旅の計画を立てて月に一回程度日帰りの鉄道旅行に、長期休みを使って泊りがけで鉄道旅行に行く』。こんな感じでいいかな」
「そうだね。月一回とは限らないかもしれないけど、現時点での計画だから、まあいいか」
「泊りがけで旅行に行くってところだけど、何泊くらいなのかは書いておいたほうがいいんじゃない?」
佑ノ介が言った。
「確かにね。実際、何泊くらいがいいと思う?」
僕は四人に意見を募った。
「そうだなあ……、まあ最短は当たり前だけど一泊二日でしょ? 最長は……、四泊五日くらい?」
利府くんはそう言う。
「まあ、お金的にその辺が限度だろうな。」
隼人もそう言った。
「そうだね。五日っていうと、ちょうど18きっぷ一枚分でもあるし」
長く鉄道マニアをやっていると、「五日は18きっぷ一枚分」という謎の単位が無意識に出てきてしまう。僕は紙面に補足で、「一泊二日から四泊五日程度」と書き足しておいた。
その後も、細かいところを書き足したりして、十五分ほどで案は完成した。
「じゃ、これでいいかな?」
「そうだな……、って、顧問の先生の名前書いてないじゃん!」
隼人に言われて紙面を見返してみると、確かにその通りだった。
「あっ、ごめんごめん。すっかり忘れてた……」
「まったく……、友軌って結構抜けてるとこあるよな……」
僕は隼人にそんなことを言われながら、五人の名前の横に松川先生の名前を書き足した。やれやれ……。
「よし、今度こそOKだね」
「どれ……? うん、大丈夫そう」
隼人が横から覗き込んで言った。まだ間違いがあるのではないかと心配しているらしい。一回間違えたからといって、僕のことを信用しなさすぎだ。さすがに大丈夫に決まっている。
「んじゃ、案はできたし、今日は帰ろうか」
「そうだね。また明後日ってことで」
そう言って、僕たちは長机を離れ、スクールバスの乗り場へと向かうのであった。
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