第18話


 翌々日の、木曜日の放課後。僕は隼人と二人で生徒会室に向かった。他の三人がいないのは、相談した結果、大人数で生徒会室に詰めかけるのは良くないという結論に至ったからだ。

 廊下をしばらく歩いて、生徒会室のドアの前に着いた。初めて入る部屋なので、ドアをノックするのに不安を感じる。もともとあまり人の来ないエリアで、放課後ということもあり周囲は静まり返っているから、余計に心細い。

 どちらがノックするか二人で役目を押し付け合っていると、その声に気がついたのか、「何か用事?」といって、中から女子生徒が出てきた。

「あ、僕達、鉄道同好会を作ろうと思っていて、活動内容案を提出しにここに来たんですけど」

 いきなりだったので、僕は少しうろたえながら言った。

「あ、君たちが松川先生が言ってた子たちか。えっと、生徒会長が中にいるから、とりあえず入って」

 そう言われて、僕達は生徒会室の中に入った。

「水沢くん、松川先生が言ってた一年生が来たから、よろしく」

 女子生徒はそう言って、生徒会長を呼んだ。

「いや何でおれに任せるわけ? 鉄道好きとか普通に無理なんだが。気持ち悪い……」

 しかし、「水沢くん」と呼ばれた生徒会長は不愉快そうにそう言うと、害虫でも見るかのような目でこちらを見た。

「あのねえ、そうやって人に対して気持ち悪いとか偏見を持つなんて、生徒会長としてどうかと思うんだけど」

 女子生徒は厳しい口調で、そんな生徒会長を叱っている。

「いや、だって、一種のオタクだよオタク。逆にお前は気持ち悪くないの?」

「とにかく、あなたが責任者なんだから、しっかり対応しなさいよ……。わかった……⁉」

「はいはいわかりました。やればいいんでしょ、やれば!」

 僕達は肩をすくめながらその会話を聞いていた。

「これ大丈夫なの?」

 隼人に小声で聞く。

「さあな……」

 隼人は呆れた様子で言った。

 女子生徒に、半ば強制的に僕達の対応を任された生徒会長は、不服そうな顔をしながらも、僕達に座るよう言った。

「えーっとじゃあ、とりあえず僕の名前から……」

 そう言って、生徒会長はやる気のない声で自己紹介を始める。

水沢みずさわ浩樹ひろきっていいます。まあ分かるとは思うけど、生徒会の会長やってます。で、君たちの名前は……?」

 最上級の無愛想な態度でそう聞く。まあこれは言ってもしょうがないので、このまま普通に自己紹介をすることにする。

「一年三組の須賀川友軌と」

「一年五組の氏家隼人っていいます」

「で、君たちは、鉄道同好会か何かを作りたいって聞いたんだけど?」

 会長は「はぁ……」とため息をつきながら言った。早く終わらせたいムード丸出しだ。

「はい、そうです」

「活動内容とかはー? もう決めてきたの?」

「決めてきました」

 そう言って、僕は持ってきたクリアファイルから鉄道同好会設立の案を取り出して、生徒会長に渡した。

「五人いるのかぁ。他の三人は、今日は?」

「五人で生徒会室に来るのも迷惑かと思ったので、今日は先に帰らせました」

「なるほど」

 言葉はそれしか発さなかったが、顔のどこかに、「あとの三人が来なくてよかった……」という心情が出ている気がする。本当に、なんでこんなやつが生徒会長になれたのか不思議なくらいだ。

「旅行に行くって書いてあるけど、学校からお金は出せないっていうのは、分かってる?」

「そこは把握してます。なので、旅行は自費で、自由参加っていう形にしようと思ってます」

「じゃあ大丈夫そうだなぁ」

「なにか他に問題点ってありますか?」

 隼人が生徒会長に聞いた。

「旅行を、先生の引率ありにするのか無しにするのかってところだね。あとは、教室をどこにするのかっていうのもあるけど……、引率のことも教室のことも、決めるのは先生だからな。まあ特に、今日話すことは……、もう無いね」

 そう言い終わると、生徒会長は席を立ち、そそくさと一番奥にある机に引っ込んでしまった。

「まったく、無愛想にもほどがあるでしょ……」

 女子生徒はそんな彼に、そう小言を呟いた。


「ごめんね、あんなやつで……」

 彼女は僕達のところに来ると、申し訳なさそうにそう言った。

「いえいえ、大丈夫です……」

 まあ、全然大丈夫ではなさそうなのだが。

「鉄道同好会のことは、生徒会役員で検討してから、問題なさそうだったら先生のほうに提出しておくから。ああ、そうだ、私は書記をやってる片岡です。今後ともよろしくね」

 そう言うと、彼女は優しい笑顔を見せた。その印象は、いかにも「しっかり者で清楚な女子生徒」という感じで、鉄道好きが気持ち悪いだのなんだのぼやいている生徒会長とは、まるで大違いだ。

「まあ、今日水沢くんはあんな感じだったけど、そのうち慣れると思うから……。本当はいい人なんだよ?」

「慣れるといいですね……」

 僕は苦笑いを浮かべながらそう言った。

「じゃあ、またなんかあったら来てね」

「はい。ありがとうございました」

 僕達は生徒会室を後にした。ドアを閉めるときに振り返ってみると、生徒会長は黙々と何かの書類を作っていた。


「そういえば、もうすぐ文化祭だよね」

 校舎を出たところで、隼人に話しかけた。

「あ、そっか。あと二週間もすれば文化祭かあ」

「隼人のクラスは何やるって言ってたっけ?」

「おれのクラスはダーツをやる予定。今細かいところを決めてる。三組は?」

「迷路をやる。迷路やりながら、宝探しもできるようにするんだよ」

「へぇ~、それは面白そうじゃん! 絶対行くわ」

 隼人が好反応を示してくれたので、僕は嬉しくなった。

「おう。景品も用意するつもりだから、ぜひおいで~? あ、そうだ。快志達のクラスって、何やるか知ってる?」

「たこ焼き屋をやるって聞いたなあ。なんだっけ、『ななたこ』とか言ってたような」

「まんまじゃんっ」

 僕は軽く吹き出してしまった。

「それにしてもやっぱ文化祭、楽しみだよね~」

「初めてだからな。やっぱり青春って感じがするからいいよな」

「しばらくは、先生も生徒会も文化祭関係で忙しそうだし、あんまり鉄道同好会のことには手が回らないだろうから、おれたちも文化祭に集中しようか」

「そうだね。自分たちも忙しくなるだろうし」

 僕達にとっての初めての文化祭。鉄道同好会ができるのももちろん楽しみだが、文化祭も、同じくらい楽しみだ。

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