第19話


 次の週の水曜日、僕は松川先生に呼び出された。全員が呼ばれたわけではないので、それほど重要なことではないだろう。

「今日、生徒会のほうから、鉄道同好会の案が渡されたよ」

「じゃあ、特に問題はなかったってことですね」

「そういうこと」

 それを聞いて、僕はほっとした。

「これから先生達で、実際に鉄道同好会を作るのかどうか検討していくから」

「分かりました」

 いよいよ、鉄道同好会設立への道のりも終盤に近づいてきた。

「作れるかどうかが決まるのは、いつぐらいになりそうですか?」

「それなんだけど、来週末に文化祭があるじゃん? 今はそのことで忙しいから、鉄道同好会関係のことを話し合ってる暇はないんだよ」

 やはり、隼人と予想した通りだ。

「文化祭が終わったらある程度余裕ができるから……、そうだなあ……、最速でも中間の前、いや、中間の後になっちゃうかも……」

 先生は少し申し訳なさそうな顔をする。

「やっぱり、色々と決めることがあるんですね……」

「そうだね……。まだ使う教室も決まってないし、どういうルールのもとで活動するかも決まってない。まあ多分、案は通ると思うけど、時間はかかるだろうね……」

 時間がかかってしまうのは少々もどかしいが、なにがともあれ、「多分案は通る」という言葉を聞くことができて安心した。

「まあ、おれがいろいろと頑張るから、気長に待っていてくれるとありがたいかな」

「分かりました。ありがとうございます」

「とりあえずまあ、まずは文化祭を楽しんで」

 松川先生はそう言うと、優しく笑った。

「そうですね」

 そんな松川先生に、僕も笑顔で返した。


 職員室の前を後にし、校門の前に行くと、四人は待っていてくれた。

「ありがとう、わざわざ待っててくれたんだ~。先帰ってても良かったのに~」

「いやー、松川先生に呼ばれたってことは、何か大事なことを言われるかもしれないじゃん? だからなんか先帰れなくてさ」

 隼人が言った。

「それで、なんか言われたの?」

 佑ノ介が言った。

「いや、生徒会に出した案、通ったってさ」

「おっ、良かったじゃん!」

「これから先生達が、鉄道同好会を作れるかどうか決めるんだってさ。まあ、たぶん案は通るだろうって」

「おおマジか! それは朗報すぎる」

 隼人の声がいつもよりワントーン上がった。

「いつくらいに作れるか決まるの?」

「早くて中間の前、もしかしたら中間跨いじゃうかもっだって」

「いや~、待ち遠しっ!」

 声を弾ませながら、快志は言った。

「まあとりあえず、ここからは先生にお任せだね」

 利府くんが言う。

「そうだな。じゃ、おれたちは文化祭を全力で楽しもうぜ!」

 快志はそう言って、拳を空中に突き上げた。


 それからしばらく、鉄道同好会のことについて進展はなかった。クラスで文化祭の準備に追われているうちに、時間はあっという間に過ぎていき、気づけば文化祭当日の九月二十日になっていた。


「ふぅ……、やっと最初のシフト終わった……」

 僕はそう呟きながら、教室の前の廊下の、窓際の壁に寄りかかってひと休みしていた。廊下には、順番待ちの人の列ができている。

「あ、友軌!」

 ふいに隼人に声をかけられる。

「おお、隼人か。おれは今シフト終わったところ。いや~、疲れちゃった~。受付役って立ってるだけだろうなって思ってたけど、予想の数倍忙しかったよ……」

「まあこの賑わいようだもんな……」

「そっちは? 今までシフトだったんだっけ?」

「いや、おれは午後から。さっきまで快志と一緒に回ってた」

「なるほどねぇ……」

 しばらく廊下の人の波を眺める。

「そういえばさあ、佑ノ介なんだけど……」

「ん? どうした?」

「説明役やってるんだけど、めっちゃ緊張しちゃって……」

「ああ……、ここに来て人見知り出ちゃったか……」

 隼人は首をがくんと折って言った。

「声めっちゃ小っちゃいんだよ……」

「あいつおれら以外とほぼ喋らないもんな……。いや、全くか……」

 隼人はやれやれといった感じで言う。確かに、佑ノ介が事務的なこと以外で、他のクラスメイトと話しているところを,全くといって見たことがない。この文化祭で、少しは他人ひとと関わることに慣れてくれたらなと思った。


「あ、友軌、いたいた!」

 そんなことを考えていると、また声をかけられた。見ると、クラスメイトと、その隣にもう一人見慣れた顔があった。

「おお、拓海ぃ~! 久しぶりだな!」

 中学生の時に同じクラスだった、岩沼いわぬまたく。そういえば、今回の文化祭に誘ったんだっけ。

「もう、探したんだよー? 昇降口まで迎えに来てくれるって言ってたのにさ」

 少しばかり怒った様子で言った。

「そう、こいつに『友軌はどこ?』って聞かれてさ。連れて来たんだよ」

 隣にいたクラスメイトも言う。

「ああ……、二人ともごめんね……」

「まったく、そういうところだぞ~? お前、鉄道同好会作って会長やるって言ってたけど、ほんとに大丈夫か?」

 拓海は心配そうな顔でそう言った。

「いやいやそこは大丈夫だって! なあ?」

 僕はそう言って隼人のほうをちらっと見た。うんって言え。うんって。

 しかし、そんな僕のアイコンタクトむなしく、隼人はなんとも言えない表情を浮かべたまま、黙っている。


「隼人、焼き鳥食いに行こうぜ!」

 そんな微妙な空気になっていると、突然快志が隼人の後ろからやってきて、隼人の肩をどんと叩いた。隼人がその勢いに一瞬よろめく。

「お前……、さっきポテト食べに行ったばっかだろ……?」 

 隼人は呆れた様子でそう言う。

「まだ食べ足りないんだって!」

「まったく……、食いしん坊だな……。少しは我慢しろって……。てかさっきお前、他の人と回るって言って別れたよな……。そいつとはどうしたんだよ……」

 ため息をつきながらさらに言う。

「友軌の友達? そいつらって」

 拓海が聞いてきた。

「ああ、そうか。まだこの二人を紹介してなかったね。ええと、こいつが隼人で、こいつが快志」

 僕がそう言うと、快志は僕と初めて会った時と同じように、「よろしくっ!」と元気よく言った。

「確か、あと二人いるって言ったよね?」

「あ、佑ノ介と利府くんかあ。今は確か二人ともシフトだったはず。後で会いに行こうか」

「そしたらせっかくだから、今からこの四人で回る?」

 隼人が提案してきた。

「そうだね」

「じゃ、まずは焼き鳥で!」

「それは一番最後な」

 快志の発言に、隼人は食い気味で返した。その光景に、拓海はクスッと笑った。

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