第20話

 僕達はまず、五組のダーツをしに行った。ここで拓海が意外な才能を発揮し、四人の中で点数はぶっちぎりの一位だった。

 その後は、三年生のお化け屋敷に行った。待っている間、教室の中から凄まじい悲鳴が何度も聞こえていたので、さぞかし怖いのだろうとビクビクしていたが、実際に入ってみると、僕はそんなに怖いとは感じなかった。その代わり、隼人は喉が潰れるんじゃないかというレベルの悲鳴をあげまくり、最後には顔を真っ青にして出てきたが。

「マジで……、死ぬ……、かと思った……」

 隼人は拓海からもらった水を飲みながら言った。怖がりすぎたせいか、話し方がおかしくなっている。

「まさか、隼人があんなにビビるなんてな。いつもは静かなのに。大丈夫? チビったりしてない?」

 快志はニヤニヤしながら言った。

「んなわけねえだろ」

 隼人はそう言って、快志の右胸あたりに拳をごつんとぶつけた。

 

 その後もいくつか教室を回り、ふと時計を見た時には十一時半になっていた。

「そろそろお昼にするか」

 拓海が言った。

「そうだね。えっと……、そろそろ佑ノ介がシフト抜ける時間かあ。せっかくだし、佑ノ介も誘おうか」

「だな。じゃ、利府もいるだろうし、『ななたこ』行くか」

「おっ、おいで!」

 僕達は一年三組に向かい、まずは佑ノ介と合流した。食べ物屋は北校舎と南校舎の間の、中庭に集まっている。「ななたこ」のテントの前に行くと、利府くんは忙しそうに整理券を配っていた。

「ごめんね、今混み合っててさ」

 食べ物屋のスタッフらしく、頭にバンダナを巻いた利府くんは、申し訳なさそうに笑いながら言った。額には汗が滲んでいる。

「食べ物系のところは、やっぱりどこも大混雑だね……」

「大変だよ……。調理スペースは修羅場になってる」

「まあそうなるよな……。頑張って!」

 そう言って、僕はグッドポーズをした。話し終わると、利府くんはテントの中に消えていった。


 たこ焼きを無事ゲットし、僕達はそれを片手に、飲食スペースへと向かった。席はそれなりに混んでいたが、まだ座れないというほどではなかった。ただ、どんどん人が増えているので、あと三十分も遅かったら危なかったかもしれない。

「これだけじゃ、どうも物足りないよな」

 席について、僕は三人に言った。

「じゃあ、おれなんか買い足してくるよ!」

 いつもどちらかといえば人に何かをやらせがちな快志が、珍しく積極的にそう言った。まあ、自分が食べたいだけだろう。

「そしたら、これでおれの分買ってきて」

 僕は快志にとりあえず五百円玉を渡した。あとの二人も、僕に続いて快志にお金を渡す。お金を受け取ると、快志は楽しげに屋台のほうに歩いて行った。


「ただいま~」

 十分ほどで、快志は戻ってきた。

「うわっ、めっちゃ買ってきたじゃん……」

 佑ノ介は、快志の買ってきた食べ物の量を見るなり声をあげた。見ると、快志が引っ提げてきた袋の中には、さっきから彼がずっと食べたいと言っていた焼き鳥のほかに、焼きそば、唐揚げ、ホットドッグ、ハンバーガーと、これぞ文化祭という食べ物が勢ぞろいしている。今まで抑えていた欲求を、全部解放しましたという感じがする。

「これー、全部いける……?」

 拓海が困った感じで言った。机の上には、明らかに四人分としては多すぎる量の食べ物が並んでいるのだ。無理もない。

「余ったらおれが全部食べるから、大丈夫」

 快志がドヤ顔で言う。

「でも、快志ってこんなに食べるやつだったんだね……」

 佑ノ介が言った。正直僕も、かなり驚いている。

「なんかスイッチ入っちゃって。文化祭の食べ物って安いし」

 快志はそう言うとやんちゃそうに笑った。

「まあ、食べられるならいいや。じゃ、とりあえず頂こうか」

 僕は四人に呼びかけた。

「そうだね。じゃ」

 そう言って、隼人は手を合わせた。みんなもそれに続く。


「「いただきます!」」


 僕達はいっせいにそう言うと、各々好きなものを手に取り、口に運んだ。


「でもさ」

 食べながら、拓海が言った。

「友軌って、本当に恵まれてるよな」

「ん、どうして?」

「だって、鉄研を作るのに、こんなにたくさんの人が集まってくれたんだよ? それってすごいと思う」

「そうかなぁ……」

「おれだったら、作ろうと考えはしても、行動する前に諦めるわ」

 拓海は、ははっと笑いながら言った。そして、佑ノ介のほうを向いた。

「ゆうのすけ、だっけ?」

「うん」

「友軌と六月に会った時、『高校にも鉄道好きがいた~!』って、嬉しそうに話してた。本当に、ありがとね」

「いや、こっちだって、友軌に救われたようなもんだから」

 佑ノ介は淡い笑いを浮かべながら言った。

「佑ノ介って、今まで鉄道好きの友達がいなかったんだよ。それで、ずっと寂しい思いをしてたんだって」

 僕はそう付け足した。

「へぇ~。じゃあ、お互いに支え合ってるって感じなんだね」

 拓海は、感心と羨ましさが混じったような表情でそう言う。佑ノ介はそれを聞いて、「うん……」と少し恥ずかしそうに言った。


 それからしばらくすると、利府くんも僕達のところにやってきた。

「あれ? シフトは?」

 隼人が聞く。

「十二時で交代。今終わったから、一緒になんか食べようかな~って思って」

「そうだったんだ。えっと、ここに食べるものなら大量にあるから、好きに食べちゃっていいよ」

「ありがとう。にしても大量だね……」

 そう言って、利府くんは隼人の隣に座った。人の数といい、食べ物の量といい、なんだか宴会みたいになってきた。

「あれ? 友軌の隣に座ってるのって……」

 利府くんがそう言って僕のほうを見る。

「ああ、拓海だよ。ほら、中学校の時から仲がいいって話した……」

「ああ、あの乗り鉄くんかあ! よろしくね」

「ねえ、せっかくみんな揃ったんだし、記念写真撮らない?」

 そう言って、佑ノ介は肩掛けバッグからいつものカメラを取り出した。そういえば、今日と明日は写真部以外の人でも、カメラを自由に学校に持ってきていいということになってたんだっけ。

「いいね~。じゃあ撮ろうか」

 僕達がそんなふうに言うと、佑ノ介はテーブルから少し離れて立って、カメラを構えた。僕達は各々、好きなポーズをとる。

「じゃあ、撮るよー!」

 そう言って、佑ノ介はシャッターボタンを押した。次の瞬間シャッターが切れる。

「一応もう一枚撮っておくわ。さっきより笑って~」

 そう言ってもう一度シャッターボタンを押す。


 佑ノ介が撮り終わって席に戻ると、今度は拓海が、デジカメを取り出して構えた。写真を一枚撮り終わると、液晶画面に撮った写真を映して、僕達に見せてくれた。

「おっ、いいじゃん!」

 快志が満足げにそう言う。撮った写真をその場ですぐに見られるから、デジカメは便利だ。

「友軌、人数分プリントしたらお前に渡すから、みんなに配っといて」

「OK。任せて」


 昼食を食べ終わって、僕は二時からのシフトまでの間、拓海、そして利府くんと一緒に、再び校舎を回ることにした。

「せっかくだし、友軌のクラスの迷路、行ってみるか」

 拓海がそう言ったので、三人で三組へ向かった。設営などは僕も手伝ったものの、実際に迷路で遊んでみたことはなかったので、僕も二人と一緒に参加してみた。今まで作る側でしかなかった自分が、挑戦者として迷路を通ってみると、「今まで自分達が作ってきた仕掛けは、こんなふうに面白いんだ~!」と感じられて、他のクラスの出し物とはまた違った楽しさがあった。

「いや~、面白かった!」

 拓海が満足そうに言う。

「よかった。クラスのみんなで、どうやったら面白くなるか、ほんとにいろいろ考えたんだよ」

「やっぱり、迷路をやりながら宝探しもできるっていう発想が、一役買ってるよね」

 利府くんは感心した様子で言った。

「そう、最初の時点では迷路だけの予定だったんだけどね。それだとちょっとつまんなくない? ってなって、みんなで考えた結果こうなった」

「うん。大正解だと思う」

 拓海は景品のお菓子を頬張りながら言った。


 その後、僕達は縁日に行ったり、写真部や文芸部の展示を見に行ったりした。何となく文芸部の冊子を眺めていたら、ちょうど店番をしていた同じクラスの文芸部員に、冊子を売りつけられてしまった。まあ、こういうのは文化祭あるあるだろう。


「じゃあ、おれそろそろシフトだから」

 二時近くになったので、僕は三組に戻ることにした。

「ああ、もうそんな時間かあ。友軌がいなくなるなら……、おれもそろそろ帰ろうかなぁ」

 拓海がそんなことを言う。

「今日は来てくれてありがとうね」

「うん。おれもすごい楽しかった。友軌が鉄道仲間と楽しそうにしてるのを見て、なんか嬉しくなれたしね」

「それは良かった」

「来年は、『鉄道同好会』として文化祭に参加できるといいよな」

 拓海は優しく笑いながら言うと、僕の肩をポンと叩いた。

「そうだね。その姿を拓海に見せられるように、頑張るよ」

「おう。応援してる。じゃあ、帰るね」

「うん。気をつけて帰れよ」

 僕は軽く手を振って拓海を見送った。早くも、来年の文化祭が楽しみになってきてしまった。

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