第21話

 文化祭が終わって、次の週の木曜日の放課後。僕は松川先生に、「ちょっと相談がある」と言って呼ばれた。なんの相談だろう。


「旅行のことなんだけど、先生の引率はなしってことにしたい」

「わかりました。ちなみに理由って……」

「理由としては、学校からお金が出ないから、引率に行く場合、旅費はおれの自腹ってことになっちゃうのと……。あと……」

「あと……?」

「せっかく鉄道が好きな人どうしで旅行に行くのに、鉄道に全く興味のないおれが一緒にいたら、つまらないし、気を遣っちゃうでしょ?」

 確かにその通りだ。まあ、先生と学校の都合が半分、僕達のことを気遣って半分ということだろう。

「確かにそうですね……。僕達、旅によってはめちゃくちゃハードスケジュールですし、ほぼ無計画なんてこともざらにありますから……」

 僕は苦笑を浮かべながら言った。

「でも、同好会として旅行に行くのに、先生の引率はないってことになると、それはそれで問題になっちゃうんだよ」

「えっ、じゃあどうすれば……」

「まあ、同好会としての活動は学校の中までってことにして、旅行とかそういうのは、あくまでも友達付き合いってことで、学校は手を出さないってことにすれば、大丈夫だと思う」

「なるほど~! その手がありましたか」

「あくまでも、名目上の話だけどね」

 これは賢い考え方だなと思った。

「あ、そういえば、一つ相談したいことがあるんですけど」

「ん? なに?」

「もし鉄道同好会ができて、会員を募集できるってなったとき、募集をかけるのは、一年生だけにしてもらえませんかね……?」

 少し無理なお願いかと思ったが、聞いてみた。文化祭が終わった後、僕達の間で、もし先輩が入ってきてしまったら気まずいという話をしていたのだ。

「なるほど……。そういうことか……。確かに、気持ちは分かるような気がするな……。ちょっと今はそれに関しては分からないから、後日答えは出すよ」

「ありがとうございます」

 とりあえず、気持ちは分かってもらえたみたいだから良かった。


「あ、そういえば」

 松川先生が何か思い出した様子で言った。

「柏駅の発車する時の音楽、変わった?」

「発車メロディーですね」

「そうそう。ずっと気にしてなかったんだけど、最近、前からこの曲だったっけって気がしてきて」

「ああ、変わりましたよ。確か、七月の二十三日に」

「やっぱりそうだったんだ。あれって変わるもんなんだね」

 先生は意外そうな顔で言った。

「結構変わりますよ。僕は我孫子に住んでるんですけど、四年前までは別の曲が流れてましたし」

「へぇ~、そうなんだ」

 興味を持ってくれたかは分からないが、発車メロディーのことについて教えることができたので、僕は少し嬉しくなった。

 話が終わったので、僕は五組の教室で待っている四人と合流してから、帰宅の途に就いた。


 土曜日の午後。僕は勉強を終えて、暇だなと思いながら、今までに録音した発車メロディーをMDプレーヤーで聞いていた。休日の暇な時間は、いつもこうして過ごしている。聞いているものは、録音した発車メロディーだったり、走行音だったり、たまには普通の音楽も聴いたりする。

 そうやって一時間ほど過ごしていると、ふいに携帯の着信音が鳴り出した。誰だろうと思って画面を見ると、「りふ」と表示されている。

(利府くんから電話かあ。珍しいな)

 そう思いながら、電話に出た。


「あ、もしもしー?」

「もしもし、友軌?」

「いきなり電話して、どうしたの?」

「いや、さっき用事があって取手に行ってきたんだけどさ、上りの発車メロディーが、変わってたんだよ」

「えっ、マジで⁉」

 これは事件だ。

「うん。しかも聞いたことない曲だった」

「それはやばい!」

 聞いたことない曲……。利府くんは音鉄ではないので、僕が聞いたことのある曲でも聞いたことがないというパターンもあるのだろう。しかし、利府くんも鉄道マニアだ。ある程度の曲に聞き覚えはあるだろう。僕の中で期待値が高まった。

「とりあえず、今から録りに行くよ。ちなみに、下りはどうなの?」

「六番線はそのままだった。三番線が変わってることは確か。四番と五番は分からないね」

「わかった。情報提供ありがとう」

「うん」

 

僕は電話を切るや否や、録音機材をリュックの中に詰め込んで、家を出る準備をした。「またどっかのメロディーが変わったの?」と母親が聞いてくる。電話の内容を聞いたのと、この前、柏駅の発車メロディーが変わった時も同じような行動をしていたので、その状況から察したのだろう。僕は「うん」と短く答え、足早に駅へと向かった。


 やってきた土浦行きの列車に飛び乗り、取手へと向かった。利府くんの言っていた通り、六番線では変わらず、『せせらぎ』が流れている。問題はその他のホームだ。

 僕はとりあえず改札の前に行き、発車案内板で列車の発車時刻を確認した。まず、いま五番線に停車中の上野行きが発車。そのあと、土浦方面からやってくる上野行きが三番線から発車。その次に、折り返しの快速上野行きが、四番線からの発車という流れだ。効率よく発車メロディー変更の有無の確認。そして収録ができそうだ。


 五、六番線のホームに戻ってきた。あと二分ほどで五番線の電車の発車時刻なので、リュックから録音機材を取り出して、収録の準備を始める。この瞬間から「よし! やるぞ!」という気持ちが湧き上がってくる。五番線では、『清流』が使われていた。果たして、曲は変わっているのだろうか。


 発車メロディーが流れだした。流れてきたのは、変わらず『清流』だった。曲が変わっていなかったので、ひとまず安心する。しかも、きちんとフルコーラス鳴ったので、記録としての価値も出た。

 さあ、次はいよいよ三番線だ。どんな曲が流れてくるのだろうと楽しみに思いながら、せんきょうを渡る。


 接近放送が流れ、列車が入ってきた。余談だが、この駅では山手線や京浜東北線、中央線や総武線といった、東京のほうの路線で使われているのと同じ、ATOS型放送が使われている。常磐線自体はまだATOS化はされていないのだが、松戸、取手、ひたち野うしくの三駅でのみ、ATOS型放送が使われているのだ。理由はよく分からない。


 一脚を伸ばしてマイクをスピーカーに密着させ、録音を始める。このホームでは以前まで、『草原』という曲が使われていた。果たして、どんな曲に変わったのだろうか。


 発車メロディーが流れだした。これは確かに聞いたことのない曲だ。しかも、今までに無いようなタイプの曲でもある。これはもしかしたら、柏駅の新メロと同じ、「サウンドファクトリー」の曲かもしれない。

 そして、もう一つ変化に気づいた。それは、以前よりかなりスピーカーの音質が良くなったということだ。この前まで取手駅のスピーカーは、曲がこもったり音割れしたりして、かなり音質が悪かった。しかし、いま僕はイヤホンをして音声を確認しながら録音しているのだが、音がとてもクリアになっているのだ。曲自体も悪くはないので、今回のメロ変は非常に良かったと思う。


 一脚を畳んで、415系の発車を見送った。ホームをぶらぶらと歩きながら、次の収録のタイミングを待つ。


 しばらくして、四番線に折り返しの快速上野行きが入ってきた。さっき五番線から発車したのはE231系だったが、今度は103系がやってきた。写真を撮ろうと思ったが、あいにくいつもの一眼レフは持ってきていない。仕方がないので、携帯のカメラで申し訳程度に一枚写真を撮っておいた。

 発車時刻が近づいてきたので、僕は一脚を伸ばして録音ボタンを押し、スタンバイした。停車時間のある列車の場合、僕はいつも、発車の一分半前になったら一脚を伸ばすようにしている。二分前だと腕が疲れてしまうし、一分前だと、十分間に合うかもしれないが少し不安だからだ。


 そして発車メロディーが流れだした。流れてきたのは三番線と同じ曲だ。どうせ変えるのなら別の曲にしてほしかったが、こればかりは仕方がない。音質も、三番線と同じく良くなっていた。

 

 始発なのに一コーラスで切られてしまい、しかも駅員放送も被ってしまったので、僕は「つまらないな……」と思いながら一脚を畳んだ。

 その後は、三、四番線の曲をフルコーラスで録るために、一時間ほど収録を続けてから帰った。柏に続き、取手が変更。「次は松戸あたりか……?」と勝手に予想するのであった。

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