第22話

「取手駅の上りホームの新メロ、『SF10‐38』っていうらしいよ。友軌の予想した通り、『サウンドファクトリー』の作曲らしい」

 月曜日の帰り道、隼人はそう教えてくれた。前回の柏駅の変更の時のように、隼人にメールで、取手駅の変更後の発車メロディーの曲名を調べてくれるように頼んでいたのだ。

「やっぱりそうなんだね」

 僕は自分の予想が当たっていたことに、少し嬉しくなった。

「ちなみにその曲、他に使ってる駅ってあるの?」

 続けて隼人に聞く。

「大崎で使われてるらしい。今のところは取手も含めて二駅だね」

「また大崎かあ。そのうち常磐線、『大崎化』するんじゃない?」

「確かにっ。そうなったら面白いよな」

 隼人はクスッと笑って言った。

「えっ、取手駅の発車メロディー変わったの?」

 話を聞いていた佑ノ介が、少し驚いた様子で言った。

「上りだけね」

「えっと、どんな曲なの?」

「あ、今おれ録ったMD持ってるから、聞いてみる?」

「うん。そうするよ」

 佑ノ介はMDプレーヤーを持っていないので、僕のプレーヤーを貸して聞かせてあげた。

「なるほど~。結構変わったね。ありがとう」

 佑ノ介はそう言いながらプレーヤーを返してくれた。


 そして十月二日、木曜日。僕達五人は、松川先生に呼び出された。五人揃って呼ばれたということは、まさか……。

「失礼します。一年三組の須賀川友軌です。松川先生に用事があってきました」

 僕が代表して松川先生を呼ぶ。すると、先生は「おいで」とだけ言って、僕達をいつもの長机のところに案内してくれた。妙に無表情だ。何だか嫌な予感がする。

「あのね」

 席につくなり、松川先生は神妙な面持ちで言った。

「はい」

 僕達も、同じような表情で返事をする。

「言いにくいんだけどね」

 松川先生は相変わらずの無表情でそう続けた。鉄道同好会が作れるかどうかが決まるのは、中間の後になるかもしれない……。そう言われていたのに、やけに呼び出されるのが早い。僕は「そういうこと」だろうな、と頭の中で理解をした。

「鉄道同好会の案は……」

 ちらっと左右を見ると、四人の顔がこわばっている。僕はごくんと唾をのんだ。


「無事、認められました~‼」


 ―あれ?


「はぁ?」

 隼人がきょとんとした声で言った。

「あのー、案が通ったってことで……、いいん……、ですよね……?」

 佑ノ介も慎重そうな雰囲気で聞く。

「ああ、そうだよ」

 松川先生がそう言った瞬間、僕の心は光が差し込んだようにぱっと明るくなった。


「よっしゃあ~‼」

 真っ先にそう叫んだのは快志だ。

「よし、良かった! ついに、やったぞ~‼」

 僕も嬉しさを爆発させながら、そう叫んだ。

「まったく松川先生、あんな態度で話さないでくださいよ……。すごいビビったんですから……」

 隼人が額に滲んだ汗を拭いながらそう言う。

「ごめんごめん……、つい意地悪したくなっちゃって……」

 てへっと笑いながらそう言った。その顔からは、なんだか快志と同じようなものを感じる。

「ほんとに、良かったよ!」

 利府くんがそう言うと、快志は利府くんとグータッチをした。隼人もそれにつられたので、僕も便乗してグータッチをする。佑ノ介も、少しためらいながらではあったが、僕にグータッチをしてくれた。


「いや~、そこまで喜んでくれると、おれも頑張った甲斐があったな~」

 僕達の盛り上がりが一段落してから、先生は言った。

「しかもすごいですよ。こんなに早く案が通るなんて」

「てっきり、中間の後かと思ってました」

 僕達はそんなことを言う。

「これは、今までの君たちの努力の成果だと思う。なんたって、早いうちから計画がしっかりとできていたからね。そのおかげで、先生達の話し合いもスムーズに進めることができた」

 先生は僕達の顔を見ながら言った。

「友軌、良かったじゃん」

 そう言って、隼人は僕に微笑みかける。

「まあ、そんなに頑張った覚え、ないけどね……」

 僕は少し照れくさくなりながら、そう言った。


「そういえば、教室はどこを使えるようになったんですか?」

 少し経ってから、隼人が聞いた。

「あ、そうだそうだ。それについて言い忘れてたね。ええと、南校舎の三階にある、今は物置として使っている教室を、使わせてもらえることになったよ」

「わかりました」

 南校舎の三階……。僕達の教室は北校舎の三階、または二階にあるので、渡り廊下を渡ってちょうど反対側のところだ。

「ただ……」

 そう言うと、松川先生の表情が少し曇った。

「どうかしましたか?」

「その教室、ほぼ放置されてた感じだから、かなり散らかっちゃってると思うんだよ。多分、掃除しないとだめだね……」

 先生は申し訳なさそうに笑った。

「今日はまだ時間あるし、今から掃除しちゃう……?」

 僕は四人に提案した。

「まあそうだね。中間テスト終わった後、スムーズに動けたほうがいいし……。今のうちにきれいにしちゃったほうが良さそうだね」

 利府くんはすぐに賛成してくれた。

「後でやるのもめんどくさそうだしな……。まあ。今日やっちゃうか……」

 快志はあまり乗り気ではなさそうだったが、一応やろうとは言ってくれた。あとの二人もとりあえずは賛成してくれたので、僕達は松川先生の引率のもと、三階のその教室に向かった。


 教室の前に着いた。他の教室の半分くらいの大きさで、小ぢんまりとしている。ドアも一つしかない。

「うわっ! めっちゃ散らかってるじゃん……」

 ドアを開けて教室の中を見るなり、隼人はそう叫んだ。教室の中には、使わなくなった机や椅子、器具類、古い冊子や本、それに裏紙か何かにする予定だったのであろう書類やポスターが、段ボール箱の中に入れられて無造作に置かれている。この学校は私立高校なので、基本は清潔に保たれている。なんだか見てはいけないものを見てしまったような心地になった。

「想像の数倍酷いな……」

 僕の口から思わずため息が漏れる。教室の中に入っていくと、一歩踏み込むたびに埃がぶわっと舞い上がる。これはさすがに酷い。

「なんでこうなっちゃったのかは知らないけど、酷すぎるよね……、これは……」

 松川先生は、教室の窓を開けながら言った。

「これ掃除するのかよ……」

 快志はそう言いながら、そばにあった棚に手を乗せた。しかし次の瞬間、快志は「うわっ!」と叫んで棚から勢いよく手を離した。どうやら埃だらけだったらしい。

「まあ、誰かが掃除しないとずっとこのままなわけだし……。みんなで協力してやろうよ」

 佑ノ介がそう呼びかける。

「確かに、このままだと活動はおろか、教室に入ることすらできないもんな……」

 僕も続けて言う。

「やろう……。そしてさっさと終わらせようよ」

 そして利府くんが言った。隼人と快志が小さく頷いた。

「それじゃあ、覚悟は決まったようだし……。とりあえず、役割分担しようか」

 松川先生が言った。少しの相談ののち、隼人と快志が、物を他の教室へ運搬することとゴミ捨て。僕と利府くんが教室の水拭き。そして松川先生と佑ノ介が、埃取りと教室の水拭きをすることになった。やれやれ……、難工事になりそうだ……。

「でも松川先生、手伝っていただいて、ありがとうございます」

 とはいえ、他の仕事もあって忙しいであろう先生が、僕達の手伝いをしてくれるのはとてもありがたいことだ。僕はそんな松川先生にお礼を言った。

「これ、五人じゃ絶対に足りないでしょ?」

 松川先生はそう返事をする。確かにその通りだし、というか、六人でも足りない気がする。今すぐ教室に行って応援を呼びたいところだが、すでに帰りのホームルームが終わってから三十分以上経っている。仮に教室まで行ったところで、もう誰も友達はいないだろう。


「じゃあ、始めようか!」

 松川先生が僕達に呼びかけた。教室内には気だるい空気が漂っていたが、松川先生のその言葉に、全員ピシッとなる。

「「はい‼」」

 僕達は勢いよくそう言うと、各々作業に取り掛かった。


 まずは、教室内に散乱した物を少しずつ廊下に出すところから始まった。隼人と快志が協力して出して、少し床が空いたら、そこを水拭き班が雑巾がけをする。さらにその間に、水気が残ってはいけないところは乾拭き、さらに埃が酷いところは埃を取るという流れだ。人数が限られているので、効率よく進めなければならない。

 そのうち、物を運び出している隼人と快志が、これは捨てるとかこれは捨てないとかで判断に迷い始めた。そのため、持ち出し・運搬班にはそれをしっかりと判断できる人が必要だということで、快志と松川先生が交代になった。


 一時間ほど汚い教室と格闘したが、それでもまだ、教室内には最初の三分の一ほど、物と汚れが残ってしまっていた。

「これは、明日もですね……」

 僕は教室を見回しながら、松川先生に言った。

「そうだね……。悪いけど、明日は用があっておれは来られないから、五人で頑張ってほしい。邪魔なものは今日と同じ部屋に持ってっちゃっていいから。何かどうしても分からないことがあったら呼んで。職員室にはいると思うから」

 先生はとても申し訳なさそうに言う。

「分かりました。頑張ってみます。じゃあ、今日はもう帰りますね」

「うん。お疲れさま」

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