第23話

 翌日の金曜日。週も終わりで、中間テストも刻一刻と近づいてきているので、僕達は「今日で絶対に掃除を終わらせるぞ!」と張り切った。昨日より物が片付いていて、足場が広くなったおかげか、昨日より人数は一人少なかったものの、昨日より速いペースで清掃を進めることができた。

「よし、後はこれだけだ」

 そう言って、隼人が最後の段ボール箱を運び出した。すかさず、段ボール箱が元あった場所を僕が雑巾で水拭きする。


「やっと終わった~!」

 隼人が戻ってくると、快志は嬉しそうに叫んだ。

「いや~、きれいになってほんと良かった!」

 僕はそう言いながら、大きく息を吸って、吐いた。昨日この部屋に初めて入った時は、とても深呼吸をする気になんてなれなかったが、今では何も気にすることなく深呼吸ができる。

「じゃあおれは、松川先生呼んでくるね」

 そう言うと、佑ノ介は教室から出ていった。


「おお~! これはすごい!」

 ほどなくしてやってきた松川先生は、教室の中を一目見てそう声をあげた。

「よくこんなに隅々まできれいに……」

 松川先生は感慨深そうに教室の中を歩き回る。本当に、何年間も汚いままだったのだろう。

「めちゃくちゃ頑張ったんですよ……」

 隼人がやりきったという感じで言った。

「ほんとによくやったと思う。これは期待値大だな」

 先生は嬉しそうに返事をした。


「そういえば、この棚って僕達が使っちゃっていいんですか?」

 佑ノ介がそう聞く。この教室には、三段になっている、高さ一メートル弱、幅一メートル三十センチくらいの金属製の棚が、二つある。

「この教室にもともとあったものだから、使って大丈夫だと思うよ」

「っしゃあ! じゃあここに、時刻表とか色々入れようぜ!」

 快志がはしゃぎながら言った。隼人がすかさず「うるさい」と快志にブレーキを掛ける。

「他にも、鉄道に関係する本とか雑誌とか、後はカメラとか置いていきたい人は入れていってもいいよね」

 僕も言った。

「後は、良く撮れた写真なんかをアルバムにして、それをここに置いても良さそう」

 佑ノ介がそう言う。教室の使い方のイメージが、どんどん膨らんでいく。

「まあ、これから教室の使い方とかは、一緒に考えていこう。とりあえず今週末からは、中間に集中だよ!」

 松川先生がそう言うと、僕達は一斉に「ああ……」という雰囲気になった。中間テストなんて今すぐ消し去ってしまいたい気分だ。まあ、学生の宿命なので仕方がないが……。


 僕達は、早く「鉄道同好会」として活動を始めたい一心で、中間テストに向けて勉強を進めた。数学は、二次関数が分からなくてそれはそれは大変で、今回も佑ノ介に、だいぶ手をかけさせてしまった。


 半月ほどの辛い期間が終わり、十月二十日。僕達五人は、松川先生といつものように話し合いをしていた。

「鉄道同好会として活動を始める日にちだけど、十一月の四日でどう?」

「二週間ですか。意外と空きますね」

「すぐに活動したいのは山々だろうけど、まだ若干やることが残ってるからね」

 そう松川先生は言った。

「やることって、あとは何があるんですか?」

 僕は聞いた。

「まず絶対にやらなきゃいけないのが、一年間の活動予定表を作ること。まあ、一年間とは言っても、年度ごとに作る予定表だから、実際に計画を立てるのは三月までだね。ただ書けばいいものだから、ざっくりでいいよ」

「わかりました」

「あとは、活動を始めるにあたって必要なものを買いそろえること。出来立ての同好会だから、学校からお金は出ないんだけど、そんなに高くないものだったら、おれのポケットマネーで買ってあげるよ」

「えっ? いいんですか?」

 佑ノ介が少し驚いた様子で聞く。

「うん。大丈夫だよ」

「えーっと……、何欲しい?」

 僕は四人に聞いた。

「とりあえず、時刻表があれば良いんじゃない?」

「そうだね。それは必須」

 時刻表は、鉄道マニアにとっては聖書のようなものだ。

「他にはなんかある?」

 しばらくみんなで考え込む。

「まあ特に、同好会全体で使いそうなものは、無いんじゃない?

あとは、適当に持ち寄ればいいでしょ」

 隼人がそう言った。

「じゃあとりあえず、おれが買うのは時刻表だけでいいかな?」

「そうですね。よろしくお願いします」

「あ、あと君たちさあ、ポスターって作りたい?」

「ポスターって、会員募集用のやつですか?」

「そういうこと」

 確かに、活動を始めても、出来たばかりの同好会なので、知名度は低くなってしまうだろう。しかし、校内にポスターを貼れば、ある程度は僕達のことを宣伝することができる。それに、前に教室を回った時に仲間に加わらなかった人でも、「鉄道同好会」として僕達が活動を始めたことを知れば、今度は入ってくれるかもしれない。

「そうですね。作りましょう」

 僕は先生に言った。

「じゃあ、隼人。七月のプレゼンの時みたいに、ポスター作るのお願いしてもいい?」

「うん。任せて」

「っしゃあ! よろしく!」

 快志はそう言って、隼人の肩を叩いた。

「校内にポスターを貼るには、生徒会に許可をもらわなきゃいけないから、そこだけよろしく」

「わかりました。あ、そういえば、一つ確認したいことがあるんですけど」

「ん?」

「前に、募集するのはできれば一年生だけにしてほしいってお願いしたんですけど、あれ、どうなりましたか?」

「ああ、それについてはそれでも大丈夫だって」

 松川先生は優しく笑いながら言った。

「それなら、特に何も心配することなく活動を始められそうだね」

 僕は少し安心しながらそう言った。

「そうだな」

 他のみんなも、安心できたようだ。

「まあしばらくは、内輪の集まりって感じでやっていく感じだな」

 これじゃあ友達同士でワイワイやっていた頃と変わらないじゃないかと思うかもしれないが、学校で活動すること自体に、意義があると思う。やっぱり部活は青春の塊なのだ。それに、そう経たないうちに一人か二人は新入りが入ってくるだろう。

「じゃあ、ここに活動予定表の紙があるから、書けたら生徒会に提出してくれ」

 僕がそんなことを考えていると、松川先生はそう言って、机の上に一枚の用紙を置いた。

「これを生徒会に出すときに、ポスターについても話せばいいですかね」

「うん。それが良いと思う」

 これで方針は決まった。いよいよ大詰めに差し掛かってきた。


 次の日、僕達は鉄道同好会の部室となる教室で、活動予定表を作っていた。同好会なので、正確には「会室」と呼ぶのが正しいのだろうけど、なんだか語呂が悪いし、何のことをいっているのかも分かりにくい。だから、便宜上「部室」と呼ぶことにした。

「まあ、十二月はどっか行くよね」

 僕は四人に言った。

「冬休みだしね。日帰りと泊りがけ、どっちがいい?」

 利府くんが聞く。

「せっかくだし、泊りがけで行ってみようぜ」

「そしたら~、二泊三日とかがちょうど良さそうだね。このメンバーで泊りがけで行くのは初めてだし、距離も近めがよさそう」

「だな」

「十一月は、どうする?」

「まあ、どっか日帰りで行くってことでいいでしょ」

 鉄道好きは細かい計画を練らないことが多い気がする。きっちりと計画を立てたところで、あってないようなものになってしまうことも多いからだ。

 そして、ここで利府くんがあることに気が付いた。

「そういえば、同好会として旅行には行かないって、松川先生が言ってたよね?」

 僕は最初その言葉の意味が分からなかったが、すぐに理解した。

「あ、そっか。そうすると、この予定表には「旅行」って書けないのか」

 まずい、このままだと何も書けずに、計画表が真っ白になってしまう……。

「なんか書くことある……?」

 鉄道同好会は、旅行があってこそのものだ。「旅行」の文字が書けないとなると、何も書けるわけがない。


「あ、そうだ」

 しばらく沈黙が続いたあと、佑ノ介が声をあげた。こういうときに何かアイデアを出すのは、佑ノ介なことが多い気がする。

「旅行の計画って書けばいいんだよ」

 清々しいほどにゴリ押しな策だが、「なるほど!」と思った。同好会の活動に旅行「自体」は含まれないが、旅行の「計画」を立てるのはあくまでも同好会の活動内でやるので、それだったら問題はない。僕は「日帰り旅行」や「冬休みの鉄道旅行」と書いてある横に、「の計画」と書き足した。これで、計画表が真っ白にならずに済む。

「一月以降も、同じ要領で書いていっちゃっていいよね」

「大丈夫だと思う」

 こうして、佑ノ介の発言のおかげにより、かなりゴリ押しではあるが、活動計画表は一応の完成をみた。計画表のことが一段落すると、話題はポスターのことになった。


「どんな感じにしたい? ポスター」

 隼人がそう切り出す。

「まあそうだな……。まず一番上に、『鉄道同好会、出発進行!』的なことを書くのは?」

 僕は言った。

「いいねそのフレーズ! シンプルだけど、鉄研らしさが良く出てるよ~!」

 佑ノ介が思いっきり褒めてくれる。やはりこうやって褒められると、嬉しいものだ。

「まあ、下手に凝ったこと書いてスベったら、イタいもんな……」

「確かに……。こういうときは攻めないのが一番」

「あと、せっかくだから写真も使いたい」

 佑ノ介が言った。確かに、文字だけではインパクトに欠けてしまうだろう。それに、写真を使うとなれば彼の腕前が発揮できる。

「そうだね。でも、フィルムで撮った写真って、パソコンで使えるの?」

 快志が隼人に聞く。

「無理だね……」

 隼人は即答した。

「デジカメで撮るしかないか」

「そうなると思う。おれはデジタルの一眼は持ってないけど、小さいやつだったら持ってるから、それで何か撮っとくよ」

「そしたら、そのデジカメおれに貸してもらえないかな。構図は制限されるけど、できる限り頑張ってみるからさ」

「お、頼もしい。それじゃあ、よろしくな」

 写真の件はこれでいったん落ち着いた。

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