第2話
次の日、学校に行き教室に入ると、白石くんは席で写真アルバムを眺めていた。もしやと思いちらっと覗き込んでみると、そこには常磐線の写真があった。まさか昨日撮ったものではないと思うが、昨日柏駅にいたのは白石くんで間違いないだろう。僕は思い切って話しかけてみることにした。
「ねえ、あのさあ」
「あ、な、なに……?」
少し緊張しているようだったが、彼は普通に答えてくれた。
「もしかしてなんだけど、昨日、柏駅にいた?」
「あ、やっぱり……? 昨日隣で写真撮ってたのって、やっぱり君だよね?」
どうやら、向こうも気づいていたらしい。おそらく、どちらも話しかける勇気がなかったという感じだろう。
「そうそう、おれだよ」
「待って! めちゃくちゃ嬉しいんだけど……!」
僕が答えると、白石くんの表情から緊張した様子は消え、代わりに目を輝かせてそう言った。
「どうしたの……?」
僕は少し不思議に思って聞いてみる。
「おれ、自分以外の鉄道好きと知り合うのって、初めてなんだよ!」
「えっ、そうなの? 本当におれが初めて?」
「まあ、正確には、鉄道が『ちょっと』好きな人には何人か会ったことあるよ。でも君みたいなマニアに出会うのは、ほんとに初めてなんだよ……!」
声を弾ませて言う。正直、昨日隣で写真を撮っていただけで「マニア」と判断するのはちょっと早い気もするが、事実、僕は大の鉄道マニアだ。
「いや~、そんなに嬉しそうに言われると、なんだかこっちまで嬉しくなるよ。まあ、実はおれも鉄道が好きな人探してたんだけどね」
「ってことはお互い似た者同士ってことか。あのさ、今日って一緒に帰れる?」
「もちろんいいよ!」
「よしっ!」
彼は心の底から嬉しそうだった。おそらく白石くんは、僕以上に鉄道について話せる相手が欲しかったのだろう。
帰りのスクールバスの中で、僕達は夢中になって話した。
「ねえ、白石くん」
「あ、佑ノ介でいいよ」
「ああ、あの……、佑ノ介ってさあ」
少し照れくさかったが、下の名前で呼んでみた。
「撮り鉄ってことでいいんだよね?」
「うん、そうだよ。普段はいろんな駅に行って、ひたすら写真を撮ってる。駅撮りが多いね。今度機会があったら、いろいろと見せてあげるよ」
「へぇ~、すごいなぁ……。おれも写真は撮るけど、たぶん佑ノ介ほどじゃないな。ファインダー覗いてる時のあの真剣な目、写真うまい感出てたよ~」
「えっ、君そんなとこ見てたの……⁉ 恥ずかし……」
僕がニヤリと言うと、彼は俯き加減でそう言った。色白なのに、顔が赤くなっているのがよくわかる。
「まあそんな照れるなって!」
「ところで、友軌は何鉄なの?」
少し落ち着いてから、佑ノ介が言った。
「ああ、おれは『音鉄』だよ。って言っても分かるかな……」
音鉄は、撮り鉄や乗り鉄に比べるとマイナーな気がする。
「あれかな? 駅の発車メロディーとか、電車のモーターの音とかが好きってこと?」
「そうそう! おれの場合は、それを録音してるんだよ」
「なるほどね、録音かぁ……。おれはしたことないなぁ……」
「中三の頃から、音鉄にハマったんだよ。それまでは、若干鉄道の『音要素』に詳しい乗り鉄って感じかな」
僕はそう説明する。
「おれは、物心ついた頃から鉄道が大好きで、いつも駅に行っては電車を眺めてた。そのうち、その電車たちを写真に収めたくなって、小五の時に、お父さんの一眼レフを貸してもらって撮影を始めたんだよ。それが、撮り鉄人生の始まりだね。高校に入った時に、新しいカメラを買ってもらって、最近はもう、最高だよ!」
彼はとても嬉しそうに言う。
「おれも今のカメラは、高校の入学祝いに買ってもらった。それまでは、写真はあんまり撮らなかったし、撮るときは、家にある安いカメラを使ってたよ。やっぱ写りが違うよね。一眼は!」
「一眼は最強だよ……!」
とまあこんな感じで意気投合しているうちに、バスは柏駅に着いた。僕達はバスを降り、改札を通って、
「いや~、やっぱり同じクラスに鉄道仲間がいるっていいな~」
僕は感慨に浸って言った。
「初めて鉄道マニアに会えて、おれもすごく嬉しいよ。これから楽しくなりそう。あ、そうだそうだ。連絡先交換しようよ!」
佑ノ介はさっきまでの話しかけにくさとは反対に、自分からそんなことを言い出した。
「そうだね。これから一緒に旅とかに行くかもだし、それは必須だね」
幸いメモ帳があったので、僕はそれに携帯の番号とメールアドレスを書き、佑ノ介に差し出した。
「じゃあ、おれの連絡先、これだから」
「OK。これ、おれの」
連絡先交換を終えると、ちょうど代々木上原行きの電車が入ってきた。
「じゃあ、おれこれ乗るから」
佑ノ介は乗車位置に向かって歩き出した。
「それじゃあ、また明日」
「うん。また明日ね」
そう言って、佑ノ介は車内に入っていった。緩行線のホームには、発車メロディー『雲を友として』が流れていた。
今まで、こんなにも充実した日があっただろうか。なんだか、この二人なら何でも成し遂げられるような、ふとそんな気持ちになった。
その日、僕が帰りに乗った車両は、209系1000番台だった。この車両は、常磐緩行線に二編成しかいない、珍しい車両だ。何だか今日はいいことが続く。209系は三菱GTO-VVVFを搭載していて、僕はこの音がE501系のドレミファインバータの次に大好きだ。京浜東北線の車両も同じVVVFを積んでいるので、まるで京浜東北線に乗っているかのような気分になる。
帰り際、僕は忘れずに出来上がった写真を取りに行った。佑ノ介のにはかなわなかったが、上手く撮れていたと思う。明日、佑ノ介にアドバイスをもらおう……。
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