テツ旅!

はまおきつ

第1章

第1話 

須賀川すかがわ先生、嬉しい報告があります!」

「おっ、なんだ?」

「今日は、新入生が五人も見学に来ました!」

「おお! 賑わってるなあ!」

「これからが楽しみです!」

「先生もだよ」

 僕はこの学校で鉄道研究部の顧問をしている。この学校の鉄道研究部は、この地域では有名で、最近はどんどん部員の数が増えている。本当に、嬉しい限りだ。

 なぜなら、この鉄道研究部は、高校時代、自分たちの手で立ち上げたものなのだから……。



―さかのぼること十九年、2003年4月。高校入学の日。


「いや~、友軌ともきもいよいよ高校生かぁ~。大人になったね~」

母親が嬉しそうに言う。

「まだ、子供だよ」

「よっ、高校生!」

「おいやめろよ……! そんなにくっつくなって……」

「高校生になった」と言うと、周りの人達はみんなして、「大人になったね」なんて言うが、正直、僕はまだ子供だと思っている。でも、いつまでも子供のままでいるのは嫌だ。早く大人にならなきゃなと、思っていたりもする。

 

そんな気持ちで始まった高校生活も、四月の下旬になり、ゴールデンウイークも近くなってきた。入学したばかりの頃は、まったく新しい環境に不安もあったが、いまではその気持ちも消え、ようやくクラスに馴染んできた。

 この学校は優しい先生が多いし、クラスメイトにも話しやすい人が多い。実際、この三週間の間に何人か友達もできた。でもたまに、何か物足りないような気持ちになることがあった。最初はその原因が何なのかわからなかったが、ある日それに気が付いた。

 

それは、鉄道好きがいない、ということだ。


中学校の時までは、同じクラスに拓海たくみという乗り鉄がいた。休み時間や帰り道などによく鉄道の話をしたり、月に一回くらいの頻度で一緒に鉄道旅に出かけたりしていた。いつでも鉄道の楽しさを共有できる相手がいたのだ。

しかし、いまはそれがいない。

拓海とは今でも定期的に鉄道旅に行くが、それでは物足りない。誰か、鉄道について語り合える人が、高校にも欲しい。僕は無性にそう思った。


その日の夕方、ちょうど柏駅で帰りの電車を待っているときだった。僕の頭の中にある一つの考えが思い浮かぶ。


「鉄道研究部を作ればいいんじゃないか……?」


今まで鉄道好きといったら、僕の周りには拓海しかいなかった。でも、鉄道研究部を作ったらどうだろう。きっと、学校中の鉄道好きが五人、十人と集まってくるはずだ。みんなで集まって鉄道の話をして、時刻表を囲んで机上旅行をして、ときにはそれを実行する……。最高に楽しそうではないか……。


いいぞ! 鉄研っ……!


 僕は抑えきれない笑みをニマニマと顔に浮かばせたまま、頭の中でそう叫んだ。


 それからというもの、僕の頭の中は鉄道研究部を作ることでいっぱいになった。家にいるとき、夜、布団に入った時、通学中の電車の中。授業中でさえも、ついそのことを考えてしまい、集中できなくなってしまうことがあった。どうやら僕は、すっかり鉄道研究部への憧憬に取り憑かれてしまったらしい。

 そんなことになってしまったのなら、さっさと行動に移せばいいのだが、そうする勇気はどうしても湧いてこなかった。第一、どうやって鉄道好きを探せばいいのだろうか。先生に協力してもらい、自分が鉄道研究部を作りたいこと、そして部員になってくれる人を探していることを、僕が各クラスを回って伝えるのが一番いいのだろう。でも、僕にそんなことをできる度胸はない。それなら、ポスターでも貼らせてもらえばいいのだろうか。しかし、そもそもどうすれば校内にポスターを貼らせてもらえるのか分からないし、いいものを作れる自信もない。


 鉄道研究部を作りたい。でも、行動に移す勇気はない。そんな風にぐずぐずしているうちに、ゴールデンウイークは過ぎていき、気が付けば中間テストも終わっていた。


 中間テスト明けの最初の週末。なんとなく机の引き出しを整理していると、まだ使っていない24枚撮りのフィルムを見つけた。おそらく、前に鉄道に乗りに行ったときに、フィルムが足りなくなった時の予備用として持って行ったものだろう。結局使わないまま引き出しに仕舞い込んで、存在を忘れてしまったらしい。自分のお金で買ったフィルムなのは確かだが、一度忘れ去っていたものを見つけたので、誰かからフィルムをもらったような気持ちになった。

使用期限の欄を見ると、2003年の5月とある。「一体どんだけ放置してたんだよ……」と一瞬自分に呆れる。期限内に使い切るなら今日が最後のチャンスだろう。使用期限を一、二週間過ぎたところで、写りに何ら変わりはないのだろうけど、せっかく期限切れ間近に見つけたのだ。今のうちに使い切ってしまおう。幸い、今日は一日何も予定がない。

 

今年の春、僕は高校の入学祝いに、念願の一眼レフを買ってもらった。買ってもらった次の日は、写真を撮るのが楽しくて仕方なくて、いろいろな駅に行っては夢中で写真を撮った。確か、36枚撮りのフィルム二本を、一日で使い切ってしまったはずだ。

 しかし、次の日、出来上がった写真を眺めていると、どれも中途半端な出来だということに気が付いた。鉄道雑誌にある、一流のカメラマンが撮った写真と見比べてみると、どうも構図がおかしいのが原因だということがわかった。

 せっかく一眼レフを手に入れたのだから、もっといい写真が撮りたい。そう思った僕は、翌日本屋に行き、鉄道写真の撮り方についての本を買ってきた。その本を熟読し、最近やっと鉄道写真についての知識を身に付けたのだが、今日はそれを実践するのにちょうどいいだろう。

 フィルムをカメラに入れながら、僕はどこに撮影に行くか考えた。いつも通り、入場券を買って我孫子あびこ駅の六、七番線ホームで快速線を撮るのは、なんだかつまらない。できれば他の駅に行きたいが、運賃はかけたくない。

そう決めかねていると、僕は柏まで定期があることを思い出した。定期を使って柏まで撮影に行けば、運賃はおろか、入場券代すらもかからずに済む。しかも、柏に行ったあとに、我孫子で撮影することもできる。これは名案だ。

 僕はリュックを背負って、早速我孫子駅へと向かった。柏駅の撮影スポットは、快速線ホームの取手寄りだ。僕は最後尾の十五号車に乗った。

 

柏駅に着き、僕は撮影の準備を済ませた。

 最初にやってきたのは、E501系だった。この車両は、いわゆる「ドレミファインバータ」とよばれる、ドイツのシーメンス社製のVVVFを搭載していて、発車時と停車時には歌うように音階を奏でる。四編成しか走っていないので、見られる機会は少なめだ。そんなE501系を一本目から撮ることができて、僕は嬉しくなった。思わず乗りたくなってしまったが、ここは我慢だ。気持ちをぐっと抑えて、発車を見送る。それにしても良い音だ……。

 次にやってきたのはE231系だった。去年の三月にデビューしてから、どんどんと数を増やしている車両だ。最近では、従来の103系はずいぶんと減ってきていて、三本に一本見る程度になってしまった。このままのペースでいくと、今年中に103系は全て置き換えられてしまうだろう。そう考えると、僕は無性に103系を撮りたくなった。

 三本目は415系の1500番台で、後ろに0番台を連結していた。415系1500番台は、国鉄末期に造られたステンレス製の車両で、見た目は211系に近い。

 

そろそろ鋼鉄製の国鉄型車両が恋しくなってきた。しかし、あいにく次に来るのはフレッシュひたちだ。

(暇だなぁ……)

 そう頭の中で呟きながら列車がやってくるのを待っていると、もう一人撮り鉄らしき人がやってきた。歳は僕と同じくらいだろうか。「どこかで見たことある顔だなぁ」と思いながら、顔をチラチラと見る。「同じクラスにいたような……」そう思って、僕はクラスの男子の顔を、一人ずつ思い浮かべてみた。


「あっ、白石くんじゃないか?」


 僕の一つ右の列の、三つ後ろの席に座っている、白石しろいしゆうのすけ。物静かな性格で、あまり他のクラスメイトとは話さない。休み時間は、いつも本を読んでいたり、勉強をしていたりする。僕も顔と名前はさすがに知っているが、ほとんど喋ったことはない。

 彼は慣れた様子でフィルムを装填し、露出を合わせている。見た感じ、かなり経験値は高そうだ。もう一度顔を見てみたのだが、あれは確かに白石くんだ。話しかけようと思うが、もし人違いだったらどうしようという心配が、そうさせてくれない。明日学校に行ったときに、話しかけてみよう……。

 

そう考えていると、接近放送が流れ始めた。それと同時に、彼はカメラを構える。ファインダーを覗く目は、とても真剣そうだ。「かっこいい……」

僕は思わずそう呟いた。

 

 103系は、フレッシュひたちの一本後に来た。その後も二時間くらい撮影を続け、白石くんらしき人が帰った後に、僕も切り上げた。まだフィルムが何枚か余っていたので、最後はいつも通り我孫子駅の六、七番線ホームで撮影し、フィルムを現像に出してから家に帰った。明日の学校帰りまでにできていれば嬉しい。

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