第3話

 その週の金曜日、教室で帰り支度をしていると、佑ノ介に話しかけられた。

「ねえ、明日の午後って暇?」

「うん。確か何も予定なかったはず」

「良かったらおれの家来ない?」

「いいの?」

「明日の午後だったら家におれしかいないし、気遣わないで済むでしょ」

「じゃあ、行こうかな。そういえば、佑ノ介ってどこ住んでんの?」

「新松戸だよ。場所わからないだろうから、改札で待ってる」

「ありがとう。そしたら二時に新松戸でいい?」

「いいよ」

「OK」

 

次の日、僕は各駅停車で新松戸に向かった。約束通り、佑ノ介は改札の外で待っていてくれた。

「よし、じゃあ行こうか」

「うん」

 佑ノ介の家は、駅から歩いて十分ほどのところにあった。家に入ると、佑ノ介は二階の部屋に案内してくれた。

「ここがおれの部屋。隣は弟が使ってる。」

部屋は六畳ほどで、そこにベッド、本棚、勉強机、それにカメラやカメラ用品などをしまっておくための棚があった。壁にはいくつか鉄道写真も貼ってある。どこを見ても鉄道一色という感じだ。物は多いが、しっかりと整理整頓されているあたり、佑ノ介は几帳面なのだろう。

「すごいなぁ……」

 僕の口から思わずそんな言葉が漏れる。

「恥ずかしいし、そもそもあんまり友達がいないから、家族以外にはほとんど見せないんだけどね」

そう言いながら、彼は本棚の中から、何冊かアルバムを取り出した。

「写真撮りまくってるから、すぐアルバムがいっぱいになっちゃうんだよね……」

彼はやれやれといった様子で言う。

「それだけ撮ってると、すごいお金かかるよね?」

「そうなんだよ……。お小遣いは月五千円なんだけど、フィルム代と現像代でほぼ吹っ飛んじゃうんだよね。ほんとは遠くの撮影地に行きたいんだけど、そのせいでお金がなくてさ……。いつもは大回り乗車とかで、首都圏の撮影地を巡ってる。でも、毎年誕生日には青春18きっぷを買ってもらえるから、それで遠くまで行ってるんだよね」

「へぇ~、マジで写真極めてるって感じだね」

僕はそう返しながら、アルバムの一つを手に取った。ページを開いてみると、そこにはE231系やE217系の写真があった。

「これは、湘南新宿ラインの開通初日かな?」

「いや、これは開通して何日か経った後の写真だよ。さすがに初日は人が多すぎたからね……」

そうしてページをめくっていると、見慣れた構図の写真を見つけた。

「おっ、これは我孫子だね」

「そうそう。我孫子は近いから、結構行くよ。確か、友軌は我孫子に住んでるんだっけ?」

「そう、我孫子」

それにしても、どの写真もとてもきれいな構図で撮れている。

「写真、すごい上手だね。おれなんて、こんな完璧な構図で撮れるの、フィルム一本撮って四、五枚くらいだよ」

僕は苦笑しながら言った。

「おれだって、最初はそんな感じだったよ。よく出来上がりを見て落ち込んだこともあった。でも、その悔しさをバネにして、『今度はもっと上手く撮るぞっ!』って、写真の腕を磨くんだよ。その積み重ねで、今みたいに写真がうまくなった」

「やっぱり、努力あるのみなんだね」

 僕だって、今こそいつも高音質で走行音や発車メロディーを録ることができるが、音鉄を始めたばかりの頃はそうではなかった。雑音は入るし、音割れも結構な確率でしていた。家に帰ってからそれを聴いて後悔して、何でだめだったんだろうと考える。その反省の積み重ねで、今の音質を手に入れたのだ。

「撮り鉄も音鉄も、一緒なんだよね」

僕の話を聞き終わって、佑ノ介は言った。


「ところでさ」

「ん?」

「一番気に入ってる写真ってなに?」

「うーん……。気に入ってる写真いっぱいあるからなぁ……」

そう言って、彼はしばらくの間考え込んだ。

「あ、あれだな。えーっと……、どこにあったっけ……」

彼はそう言うと、本棚にしまってあるアルバムたちを、出したりしまったりし始めた。

「あ、あったあった! これだあ!」

それはEF66が牽引している、寝台列車の写真。ヘッドマークには……、

「お、『あさかぜ』だね」

「そう。この時は六年生だったんだけど、初めて四時起きして、初電で撮影地に行ったんだよ。着いたときには曇ってたんだけど、列車が来る数分前に晴れだして、先頭のEF66にバーッって朝日が当たってね。なんだか神々しかったよ」

彼の口調からは、その時の興奮が手に取るように伝わってくる。僕はそんな佑ノ介の喋りもあいまって、すっかりその写真に見とれていた。

「おれさあ……」

 佑ノ介は一拍置くと、今度は寂しそうな口調で話しだした。

「小さい頃からずっと鉄道のことばっか好きで、他のことには全然興味が湧かなくてさ。友軌みたいな鉄道マニアがいればよかったんだけど、あいにくそんな人は誰もいなかった」

さっきまで生き生きとしていた表情も、今では暗くなっている。

「周りの人は、ゲームとかテレビの話をして、楽しそうに盛り上がってたよ。でも、自分にはその話題はさっぱり……。だって、いつも家で見てるものといえば、写真と時刻表。テレビでも、見るのは旅番組ばっかりだった。気軽に話せる人がいなくて、ほんと、孤独だったよ。

高校に入って、新しい人間関係を作ろうと思ったけど、なにせずっと人と話してこなかったもんだから、結局、中学までの自分と変われなかった」

 唐突な暗い話に頭が付いていかなかったが、僕は真剣に聞いていた。彼は今まで、そんなに辛い思いをしていたのか……。

「でも、こうやって友軌と出会うことができた。本当に救われた気分だよ。なんだか明るくなれて、今までできなかったことも、できるかもしれないって思えるようになった」

 僕は話を聞きながら、あのことについて話そうかどうか迷っていた。そう、「鉄道研究部を作る」ということだ。


 ―今までできなかったことも、できるかもしれない


それは、僕も佑ノ介も、共に思っていることだ。この思いが合わされば、本当に「夢」を実現できるかもしれない。ふとそんな考えが頭に浮かんだ。

「ねえ、一つ提案なんだけどさ」

「ん?なに?」

「おれと一緒に、鉄道研究部、作らない?」

「えっ?」

佑ノ介はきょとんとした様子でそう言った。

「みんなで集まって、鉄道の話してさ。写真見せ合ったり、時刻表で空想旅行したり、ときどき実際に鉄道旅に行ったりもする。そんな場所が、学校にほしいと思わない?」

佑ノ介は最初こそピンと来ていない様子だったが、次第にその顔は、さっき写真について話していた時よりも明るくなっていき、そして勢いよく言った。

「欲しい! そんな場所がもしあったら、夢みたいだよ! 自分だけの力じゃ、それぞれ一人の力だけじゃ無理だろうけど、友軌と力を合わせれば、できそうな気がする! おれ、協力するよ!」

 佑ノ介は目をキラキラとさせている。予想以上の好反応に、僕もなんだかアツくなってきた。

「よし! それじゃあ、決まり! ぜっったいに作るぞ! 鉄研‼」

 そう言って、僕達は拳を空中に向かって突き出した。なんだか大げさな気もするが、この時の僕達には、頭の中に描かれる鉄道研究部の情景が、本当に輝いて見えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る