第4話

 翌日、僕達は相談した結果、担任の本宮(もとみや)先生に鉄道研究部を作りたいと相談することにした。

「本宮先生、この後、お話ってよろしいですか?」

僕から話しかける。

「ああ、大丈夫だけど、話ってなんだ?」

「あの、実は僕達、鉄道研究部を作りたいと思っていて……」

佑ノ介が言った。まさか、彼が何も言われずに喋り出すとは思っていなかったので、僕は内心「それ、おれのセリフ!」と言いたくなった。

「鉄道研究部?」

「鉄道が好きな人が集まって、鉄道の話をしたり、旅行の計画を立てて、実際に行ったりするんです」

今度は僕が言えた。

「なるほどね。面白そうじゃないか」

先生が意外と前向きに話を聞いてくれたので、僕達は安心した。

「ちょっとこっちにおいで。相談に乗ってあげるから」

 本宮先生はそう言うと、僕達を教室の端に案内し、机を挟んで椅子を向かい合わせにして、面談の時のような感じにしてくれた。

「つまり、どうやって鉄道研究部を作ればいいのかってことを、聞きたいんだよね?」

「そういうことです」

 僕は答えた。

「ええと、まず、いきなり部を作ることはできないよ」

その一言に、佑ノ介は「えっ」と声を漏らした。僕も正直どういうことか分からないが、とりあえず聞いてみることにしよう。

「どういうことですか?」

「まずは同好会からって感じかな。同好会として一年間活動して、順調なようだったら部に昇格できる」

なるほど。そういうシステムだったのか。

「それで、同好会を作るには、最低でも五人いないといけないんだよね」

「つまり、あと三人は集めなきゃいけないってことですね」

あと三人……。その人数を集めるには、どうしたらいいのだろうか。前に考えたように、各クラスを回って、鉄道好きを探す方法が一番いいのだろうか。一人だったらそんなことをする勇気はなかったが、佑ノ介とだったらできる気がする。

「あの、僕と佑ノ介で、各クラスを回って部員を募集するってことはできますか?」

「君たちができるのなら、まったく問題ないよ」

先生はそう言うと、僕達のことを交互に見た。佑ノ介が一瞬不安そうな顔をしたが、僕が「大丈夫だよ」と声をかけると、落ち着きを取り戻して頷いた。

「やります!」

僕は佑ノ介が頷いたのを確認して、力を込めて言った。


「先生は、君たちのその目標を応援するよ」

先生は優しく言った。

「ただ、分かっていると思うけど、部活を一から立ち上げるっていうのは、簡単ではないよ。きっと、その過程ではいろいろな試練があると思う。君達には、それを乗り越えていける自信はあるの?」

僕はそう言われると、少し不安になった。そう言われるとは分かっていたのだが、やはりいざ言われてみると、心の中に潜んでいる不安が膨らんでいく。佑ノ介が、再び不安そうな顔をして、僕のほうを見る。

「おれたち、大丈夫かな……」

「おれも不安なのは一緒。でも、二人でならできると思うよ」

僕は不安な気持ちを抑えて、佑ノ介にそう言った。自分自身に言い聞かせる意味もあると思う。佑ノ介は、それを聞いてほっとしたような表情を浮かべると、「そうだね」と言った。

「頑張れよ!」

「「はい!」」


 僕達は教室を後にして、帰途に就いた。帰り道、僕達はどうやってクラスを回るかについて相談した。

「まずは、一組から順番に回っていこうか」

佑ノ介が言った。

「そうだね。それが良さそう」

一年生は、全部で八クラスある。僕達は三組だ。

「自分たちのクラスは、もうさすがに鉄道好きはいないだろうし、勧誘しなくてもいいと思うんだけど……」

「確かに。おれたちが大声で鉄道の話してても、話しかけてくる人はいないわけだしね」

「あと、他学年のクラスに行くのはやめない? 先輩がいる中で勧誘しにいく勇気ないし……」

「まあ、一年生だけでも鉄道好きは結構いるだろうしね。そうしよっか」

 相談の結果、僕達は水曜日から、帰りのホームルームの時間に、各クラスを回り始めることにした。自分のクラスのホームルームが終わった後に回るので、一日一クラスが限界だろう。


「ってまあそんな感じで昨日はアツくなっちゃったけど、実際はそんな大したことやるわけでもないんだよね……」

 次の日の放課後、僕達は佑ノ介の家で「作戦会議」を開いていた。いや、このネーミングも格好つけすぎか。

「まあ、ホームルーム中に各クラス回って、『鉄道研究部に興味ある人いますか?』って言うだけだもんなぁ……」

佑ノ介がだらんとした姿勢のまま言う。

「でも、一つだけ」

「ん?」

「佑ノ介、大勢の前で話すのって大丈夫?」

「あ……」

 佑ノ介はそう言われると、まるで大事な忘れ物にでも気づいたかのような表情を浮かべたまま、硬直した。

「やっぱり厳しいか……」

「い、いや、だ、大丈夫だよ! 一人でっていうのがだめなだけであって、友軌と一緒なら大丈夫かもしれないし……、あ、ああ、とにかく練習すれば大丈夫だと思う……、たぶん……」

 佑ノ介は一生懸命に取り繕おうとしたが、すでに色々と手遅れ感が滲み出ている。

「もしあれだったら、横に立ってるだけでもいいんだよ」

 僕はそんな彼のことを気遣ってそう言った。

「それだともっと恥ずかしいじゃん……。だ、大丈夫だから! おれ、頑張るから!」

 佑ノ介はまたもや一生懸命に言う。

「それじゃあ……、とりあえずやってみるか……。やってみなきゃ分からないしね。大丈夫でしょ、うん!」

 正直嫌な予感しかしないが、僕はできる限り明るくそう言った。

 そうして、お互いにアドバイスなどをし合いながら、僕達は三十分ほど話す練習をした。佑ノ介は、最初こそあんな感じだったが、始めてみると案外上手にできていた。

「よし、とりあえず大丈夫そうだね」

「うん。なんかいけそうな気がする」

 僕は佑ノ介のその言葉を聞いて、少し安心はした。でも、やはり本当に大丈夫なのか、心配ではある。


 そして、水曜日。この日は、幸いホームルームが早く終わった。これなら、余裕を持って勧誘ができそうだ。しかし、ここに来て佑ノ介の様子がおかしい。

「ねえ、大丈夫……?」

「やっぱりだめかもしれない……、吐きそう……」

残念ながら嫌な予感的中だ。

「とりあえず……、一回深呼吸してみようか……」

 僕は彼にそう促した。しかし、深呼吸をしてみても、やはり緊張は落ち着かないようだ。

「無理しなくてもいいよ。明日にする?」

 これが最善策な気がする。

「いいよ。迷惑かけたくないし、それに……、いつかはやらなきゃいけないわけだし……」

 確かにそれもそうだ。今日やらなかったとしても、おそらく明日には同じことになってしまうだろう。

「ちょっと時間ちょうだい」

 彼はそう言うと、目をつぶって下を向き、両手を握って「大丈夫、大丈夫」と言い始めた。とりあえず、見守ってみることにする。

「よし、今度こそ行ける!」

 二分ほどそうしていただろうか。彼は目を開けるとそう言った。彼の表情から緊張の色は消え、代わりに少しの自信が見えている気がする。なにをやっていたのかはよく分からないが、彼なりの緊張解消法があるのだろう。

 僕達は一組の教室の前に行き、前方の扉から中を覗いた。ちょうどホームルームをしていた先生が僕達に気づき、「どうした?」と聞いてきた。

「実は、僕達は鉄道研究部を作ろうと思っていて、そのために部員になってくれる人を探しているんです。それで、今日から各クラスを回っているんです」

 そう事情を伝えると、その先生は中に戻り、「今からこの二人から話があるみたいだから、聞いて」と指示を出してくれた。

「じゃあ、入って」

 僕達はそう言われると、教卓の横に立った。

「好きに説明してもらって構わないから」

「はい。分かりました。よろしくお願いします」

 教室にいる生徒の目線が、一気に僕達に集まる。緊張で心臓がドクンとなる。佑ノ介は大丈夫だろうか。

「ええと、一年三組の須賀川友軌と」

「白石、佑ノ介です」

 佑ノ介も緊張はしているようだが、声が震えている様子などはない。これは大丈夫だろうとみた。

「僕達は、この学校に鉄道研究部を作ろうと思っています」

「今、メンバーは僕達二人しかおらず、まず同好会として活動を始めるには、あと三人が必要です」

「鉄道研究部では、鉄道好きが集まって、鉄道の話をしたり、撮った鉄道写真を見せ合ったり、旅の計画を立てて、週末や長期休みには実際に鉄道旅に行くというようなことを、活動にしたいです」

「鉄道好きが気軽に集まって語らう。そんな場所にしたいです」

「バリバリの鉄道マニアから、鉄道に少し興味があるという人まで、大歓迎です」

「気になる人がいたら、昼休みに一年三組の須賀川と白石まで、声を掛けてくれると嬉しいです」

 

勧誘のスピーチはこれで終わった。興味を持ってくれた人がいたかどうかは分からないが、大きな拍手を貰えた。とりあえず、無事成功といったところだろうか。


「あぁ~……、良かったぁ~……」

 教室を出ると佑ノ介は、最初の「あ」と「良かった」の「か」に濁点が付きそうな調子で、安堵の声を漏らした。

「おれも緊張したよ~……。にしても佑ノ介、ナイスプレイだったね。やればできんじゃん!」

 そう言って僕は、佑ノ介の後ろ肩をポンと押してやった。佑ノ介は照れくさそうにしている。

「あ、そうだそうだ。飲み物おごってあげるよ! 何飲みたい?」

「えっ、いやいや、そんな気遣わなくたって……」

「いいよいいよ、ほら、好きなの選びな!」

 僕達は自動販売機の横まで来ていた。頑張ってくれた佑ノ介に、どうしてもご褒美をあげたい気分なのだ。僕は佑ノ介が遠慮しているのをよそに、自販機に五百円玉を突っ込んだ。

「ああ……、じゃあ……、これで……」

 佑ノ介は、赤色のデザインが特徴的な炭酸飲料の缶を指さした。

「OK。おれもそれ飲むわ」

 そう言って僕は、続けざまに二回商品のボタンを押した。落ちてきた二本の缶を取り出し、そのうちの片方を佑ノ介に手渡す。

「なんか……、ありがとう」

「遠慮すんなって!」

 僕はそう言うと、缶のふたを開けた。佑ノ介も、それに続いてふたを開ける。「シュカッ!」と、放課後の校舎に炭酸の快音が響き渡った……。

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