第5話

 次の日の昼休み、僕達はソワソワしながら誰かが来るのを待っていた。全然関係のない人が来ただけでビクッとしてしまったから、相当敏感になっていたのだろう。しかし、この日は誰も来なかったうえ、クラスの決め事でホームルームが長引いてしまい、勧誘に行くことはできなかった。

「全くなんだよもう!」

 佑ノ介は不機嫌そうに言った。

「まあまあまあ、最初からそんな順調にいくわけないから……」

 僕はそんな佑ノ介をなだめる。

「人が来なかったのはまだいいんだよ。ホームルームが長引いて二組に行けなかったことが気に入らないんだよ!」

 気持ちは十分わかる。ただ、こういう時に順調に行きすぎると、調子に乗ってかえって悪い結果を招きかねないから、こういう「向かい風」も大事だろう。まあ、強すぎるとよくないだろうが。

 

 金曜日に二組に行くことができたが、この日も特に成果はなく、月曜日の昼休みは暇だなと思いながら過ごしていた。この前の帰り道で、「一年生だけでも結構鉄道好きはいるだろうしね」と話したが、実際は自分達以外にはいないんじゃないかという気さえしてきた。


 次の週の火曜日、水曜日も、四組、五組と回ったが、やはり鉄道好きの人は出てこなかった。半数以上のクラスを回り終え、僕達は自信を失い始めていた。

「やっぱりだめなのかなぁ……」

 佑ノ介が脱力した様子で言う。

「あと三クラス残ってるけど……、なんか自信ないよね……」

「一人くらいだったら集まるかもしれないけど、三人でしょ?このままのペースで行くと、どうも難しそうだよね……」

 すっかり弱気になってしまっていた。人を集めることの大変さを、改めて思い知らされる。もっと人脈を広げておけばよかった……。

 この後六組にも行ったが、最初、一組に行った時のような期待感は消え失せていた。


 金曜日の昼休み。午後の授業で英語の小テストがあったので、その勉強をしていると、クラスメイトに肩を叩かれた。

「友軌、呼ばれてるよ」

 何だろう? そう思って廊下に出てみる。

するとそこには、男子生徒が一人待っていた。こげ茶色の髪の毛で、少し大人びて落ち着いた印象だ。身長は……、僕が160センチちょっとで低いのもあるが、僕よりも十センチほど高く、おそらく170センチちょっとだろう。佑ノ介よりは若干低いかもしれない。

 そして他のクラスの友達ではない。ということは……、

「もしかして、鉄道研究部に興味があって来た?」

「ああ、そうだけど」

 それを聞いた瞬間、嬉しさが込み上げてきた。

「本当⁉」

 鉄研に興味があるという人が来たら、もう少し落ち着いて応対しようと思っていたのだが、いやはや……、嬉しさのあまり、つい大きな声を出してしまった。

「ああ、うん……」 

 少し相手が引いてしまったので、僕ははっとした。

「あっ……、ごめん……。嬉しくて、つい……」

 僕の声を聞いたのか、佑ノ介もやってきた。

「この人、鉄研関連で来た?」

「そうだよ」

「よし、ついに三人目か!」

 佑ノ介は嬉しくてたまらないと言った様子で言う。

「あ、そうだそうだ。クラスと名前、聞いとかなくっちゃね」

 僕はその生徒にクラスと名前を聞いた。

「五組の、氏家うじいえ隼人はやとです」

「本当は水曜日に君たちが来た時に、その場で声をかけようと思ったんだけど、その時は入ろうかどうか少し迷ってたから……」

 彼はそう続けた。

「それで昨日の昼休みには来なかったってわけか」


 そのあといろいろと聞いてみると、彼はかなりの鉄道好きで、僕達と同じように、休日にはよく鉄道旅に行っていることが分かった。


「そういえば、君たちは何鉄なの?」

 そう言われて、僕達は自分達の自己紹介をしていないことに気が付いた。こういう時は、まず自分たちのことから話すべきなのに。


「僕は、須賀川友軌。音鉄で、休日はよく発車メロディーとか電車の走行音とかを録りに行ってる。普通に乗りに行くだけのときも多いかな。好きな車両は、E501系とか、209系とかの、JRの初期の車両だね」

「白石佑ノ介です。いつもいろいろな駅で電車を撮ってる。フィルム代と現像代でお小遣いが無くなっちゃうから、あんまり遠くには行けないけど、旅に行くのも好きだね。好きな車両……、113系とかかな」

 一通り自己紹介を終える。

「なるほど。よろしくね」

 とりあえず、うまくやっていけそうでよかった。


「さて、じゃあとりあえず現状について説明しとくか」

まずはそうしないと、氏家くんはどうしていいか分からないだろう。

「よろしく」

「まず、担任の本宮先生から、部として活動する前に、同好会として活動するためには、五人以上が必要って言われてるんだよ」

「勧誘に来た時にも言ってたね。つまり、あと二人要るってことか」

 氏家くんが言った。

「そういうこと。逆に、五人以上いないと、どうにもならないってわけなんだよね」


「あと二人かあ……」

僕達が説明すると、彼は何やら考え始めた。

「どうかした?」

「いや実はさ、二週間くらい前に、七組に鉄道好きの二人組がいるのを見つけたんだよ。それで、話しかけて知り合った」

 おっと、これは期待できる新情報だ。

「えっ? そうなの? じゃあ……、その二人を誘えば……」

「そう、五人集まるかもしれないんだよ」

 一気に状況が好転した。

「いま、その二人と話せる?」

 さっきみたいに大声が出そうになったが、僕はそれを抑え、あくまでも落ち着いた状態を保ちながら聞いた。

「話せるよ。けど……、あと昼休み二分しかないね……」

えっ? 

そう言われて時計を見ると、もう十五分も経っている。

「うわマジか……」

 思わずそんな声が漏れた。

「まあ、帰りのホームルームが終わった後に、おれが二人に声を掛けておくから、そういうことで……」

 氏家くんは少し残念そうな顔をしながら言った。ここは彼に任せておくことにしよう。

「ありがとう。よろしく」

「それじゃあ、ホームルームが終わった後、五組の前に集合で」

「うん。終わったら行くよ」

「じゃあ、またあとで」

 そう言うと、彼は教室のほうに戻っていった。


「ところでさ」

 僕達も教室に戻ろうかというところで、佑ノ介が言った。

「友軌、英語のテスト大丈夫?」

「あ……」

 体から血の気が引いていくのを感じた。そういえばそんなものもあったっけ……。英語のテストの勉強は、弁当を食べ終わってから教室の外に呼ばれるまでの五分しかしていない。確か、テストの内容は、今週の文法の総復習だったはずだ。まずい……、ほとんど何も覚えていない……。

「全然大丈夫じゃないです……」

 僕の脳内で、五時間目「終了」のお知らせが流れた。

「昨日の放課後にちゃんと勉強してこないからそうなるんだよ。もう、勘でいくしかないね」

 まったく、佑ノ介の言うとおりだった。


 放課後、僕達が五組の前に向かうと、教室の前で隼人と二人の生徒が話していた。あの二人が、隼人が言っていた鉄道好きだろう。一人は隼人と同じような髪の色をしていて、銀縁のメガネをかけている。会話をしながら時折ゲラゲラと笑い、活発で明るい印象だ。対してもう一人のほうは、僕と佑ノ介と同じように黒髪で、どこかおっとりとした印象の生徒だ。落ち着いた性格のようだが、佑ノ介のように人付き合いが苦手という感じでもなさそうだ。

「あ、二人とも!」

 しばらく二人のことを観察していると、隼人が僕達に気づいた。

「ええと、この二人がさっき言ってた鉄道好き?」

「そうだよ」


 僕達はお互いに自己紹介をし合った。メガネを掛けているほうが名取なとり快志かいじ、おっとりとしたほうが利府りふ弘大こうだいというらしい。

名取くんは撮り鉄で、佑ノ介と同じように、よく列車を撮影しているようだ。しかし、佑ノ介ほど熱心ではなさそうである。利府くんは乗り鉄で、青春18きっぷを使ってよく一人旅に出かけているのだそうだ。

 名取くんは自己紹介を終えると、「よろしく!」と元気よく言った。少しハスキーな声だ。隼人より一回り小さいのも相まって、なんだか小動物みたいな感じがする。まあ、僕よりは五センチくらい大きそうだが。


「春休みに、初めて泊りがけで日本海のほうに一人旅に行ったんだよ。不安もあったけど、無事に家に帰って来られた時の達成感はすごかったね。一人だから、気兼ねなく過ごせるし、自分の世界にも浸れるしね」

 そう言いながら、利府くんは写真を見せてくれた。そのうちの二枚の写真を手に取ると、信越本線の115系と、柿崎辺りで撮っただろうと思われる日本海が写っていた。

「おれも行きたいなぁ……、日本海……」

 僕は、鉄道研究部ができたら、いつかみんなで行ってみたいなと思った。


「それで、隼人から話は聞いてると思うんだけど、おれたちは、鉄道研究部の部員になってくれる人を探してるんだよ」

僕は二人に説明した。

「つまり、僕たちが加われば五人になって、まずは同好会として活動できるようになる、ってことだよね」 

利府くんが言った。

「そういうこと。だから、二人に鉄道研究部を作るために協力してほしくてさ」

佑ノ介も言う。


「どんな部にしたいの?」

 少し考えてから、名取くんが声をトーンを一つ下げて言った。さっきまでは、はっちゃけた感じだったが、今は真面目な様子で僕に質問を投げかけている。いざという時はちゃんとする性格らしい。

「うーん……、鉄道好きが集まって、気軽に語り合える部活かな。時刻表を使って机上旅行をして、時にはそのアイデアを使って実際に旅に出かけてさ」

 七組の二人には、まだこの言葉を伝えていなかった。

「なるほどね」

 名取くんは僕の顔を見ながら言った。

「そんな場所を、おれたちで作っていかない?」

二人に呼びかける。


「やってみようよ。この五人で」

 少しして、そう言ったのは利府くんだった。

「もしそんな部ができたら、すごく楽しいと思うよ。一生の思い出にもなるだろうし」

彼は続ける。

「鉄道研究部をみんなで作ろうっていうのは、旅と同じだと思う。そして、その『旅』を終えた時の達成感は、すごく大きなものだと思うんだよね。須賀川くんの言葉を聞いて、みんなでその『旅』をしてみたいって思った」

 これは名言かもしれない。

「よしっ! 『旅』に出よう!」

 僕はその言葉に勢いづけられて言った。

「おれもその旅、付いてくよ」

 名取くんがそう言ってくれる。

「じゃあ、これから五人で頑張るか……!」

 隼人がこぶしを高く上げる。


「「おう!」」

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