#25 待望の時
そして十月の二十九日、ついにその日はやってきた。僕達は部室の真ん中に、長机と椅子をコの字に並べて、六人分の座席を作って座っていた。
「ええ、これより、鉄道同好会、発足式を始めます」
松川先生は、改まった口調でそう始めた。まあ、そんな堅苦しい式ではないのだが、いずれにせよ雰囲気作りは大切だ。
「ええとじゃあ、まずは一人ずつ何か言っていこうか。それじゃあ、会長の須賀川から」
「え、僕ですか⁉ まだ何も考えてないんですけど……」
いきなり指名されたので、少しびっくりしてしまう。
「おーい、友軌~、会長なんだからそれくらいやってのけろよ~」
快志のそんな声も聞こえる。まあここは、とりあえず話したいことを話せばいいだろう。
「ええと、この度、鉄道同好会の会長になった、須賀川友軌です。まず、僕は、こうして鉄道同好会として活動を始めることができたことを、本当に嬉しく思っています。
僕が鉄道研究部を作りたいと思ったのは、ゴールデンウィークの少し前のことでした。その時は、鉄研を作ることなんて遠い話で、ただの空想でしかないと思っていました。でも、ひょんなことから佑ノ介と出会い、それから隼人や利府くん、それに快志を見つけられたことで、僕の空想はどんどん現実のものになっていきました。
そして、松川先生という素晴らしい顧問にも恵まれ、鉄道同好会は今日、ついに現実のものになりました。
僕はこの同好会を、鉄道に興味のある人だったらなんでも話せてなんでもできる、そんな場所にしたいと思います。
最後に、今までいろいろと協力してくれたみんな、そして松川先生、本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」
なんだか今日は、素晴らしいフレーズがどんどん頭の中から湧いてくる。自分で言っていて、鳥肌が立ってしまうほどだった。
隼人が、「友軌、顔、赤いよ」と言っている。
「じゃあ、次、佑ノ介」
僕は短いスピーチの余韻に浸りながら、佑ノ介を指名した。佑ノ介は少し恥ずかしそうに立って、おもむろに話し始めた。
「友軌みたいにいいこと言えないと思うんですけど、まあとりあえず、今は嬉しいです。
僕は昔からずっと、人と話すのが苦手で、友達がほとんどいませんでした。高校では友達を作ろうと頑張ってみましたが、それでもやっぱり無理でした。でも、そんな時に友軌が話しかけてくれた時は、本当に救われたような気持ちだった。この人だったら、ちゃんと友達になれるかもしれない。そう思って、勇気を出して話してみたんです。
そして、鉄道研究部を作ろうって言われた時には、もう嬉しくて嬉しくて、眠れなかった。そしていま、本当にその時言われたことが現実になって、感動してます。
こんな僕ですけど、これからも、よろしくお願いします。」
佑ノ介が言い終わって座ると、隼人が、「なんだ、いいこと言うじゃん」と言って佑ノ介の肩を叩いた。次は隼人の番だ。
「二人と丸かぶりなんですけど、鉄道同好会ができて、すごく嬉しいです。
最初、友軌のところに『鉄研』に入りたいと言いに行った時、本当に実現するとは、正直あまり思っていませんでした。『まあ、鉄道が好きな友達ができればいいかな』くらいの気持ちでした。
でも、三人が五人になって、みんなのやる気を確かめ合った時、これはもしかしたら本当に実現しちゃうんじゃないかと思い始めました。そこからは、僕も本気で鉄研を作るために協力し始めました。
これから、みんなでいろいろなところに行ったり、いろいろな面白い話をしたりするのが、本当に楽しみです。みんなでこの同好会を、盛り上げていきましょう!」
さすがは隼人だ。最後に、みんなを盛り上げるような言葉を言ってくれた。次は快志の番だ。彼は、どんなことを言うのだろうか。
「どうも、快志です」
快志はニヤニヤしながら話し始めた。
「まず、文化祭で食べすぎて迷惑をかけたことをお詫びいたします」
いきなりの自虐ネタに、全員「フッ」と吹き出してしまった。
「あと、これからもたまにリミッターが切れてバカ食いすると思うので、よろしくお願いします」
さらに笑いが大きくなる。松川先生も、こらえきれずに笑ってしまっている。これが隼人の言っていた「面白い話」だろうか。
「まあ、これからも楽しくやっていけたらいいのかなと思っています。これからも、よろしくお願いします」
今までの話の内容がみんな真面目なものだったので、「えっ? これだけ?」となってしまったが、全員が真面目すぎてもつまらない。見よ、さっきまで少し堅かった空気が、あっという間に和やかなものになっている。こういうのも必要だ。
快志が座ると、すぐに利府くんが立ち上がった。ついさっき快志が見事に笑いを取ったばかりなので、利府くんは「快志、そんなにハードル上げないでよ……」と困った感じで笑っている。
「いや、別に、面白いことを期待してるわけじゃないからさ」
と、僕はフォローを入れておいた。
「まずは、鉄道同好会ができたことを、本当に嬉しく思っています。
僕は昔から、鉄道が好きな人と大勢で旅に行くのが夢でした。なので、隼人に鉄研を作るって話を聞いた時、嬉しくて飛び上がりそうになりました。五人で行けるだけでも、十分嬉しい。でも、これからもっと人が入ってきて、三年生になった時には、十人とか十五人とか、もしかしたらもっとたくさんの人達と旅に出られるかもしれない。そう考えると、楽しみでたまりません。
これから、みんなでいろいろな場所に行って、いろいろな経験をして、青春を満喫しちゃいましょう」
利府くんが話し終わったところで、まとめの大きな拍手が巻き起こった。
「じゃあ最後に、松川先生からも一言どうぞ」
僕は言った。ここまで五人が話したんだから、松川先生も話して当然だろう。それに、心の準備ができないままに指名された、若干の恨みもある。
「ええ……、みんなすごくいいこと言ってるから、おれもちゃんとしたこと言えるか不安だなあ……」
そう言いながら、松川先生は立ち上がった。
「先生なんですから、ちゃんとしたこと言えて当然ですよね?」
僕は、ここぞとばかりにプレッシャーをかけておいた。先生は困った表情を浮かべながらも、話し始めた。
「ええ、顧問の松川良二です。
まず、君たちは、今まですごく頑張ってきたと思います。同好会や部活を一から作り上げるのはそう簡単ではないのに、それをやってのけてしまった。それは、君たちの持ってる素晴らしい力のおかげだと思うし、そのことは、誇りに思っていいと思います。
おれは、鉄道同好会の顧問をやってくれないかと本宮先生に言われた時、ちゃんと君たちに付いていけるかわからなくて、断ってしまいました。実は、最初に鉄道同好会の顧問をお願いされたの、おれなんですよ。
でも、あのプレゼンを聞いて、君たちの熱意に直に触れた時、その熱意に応えてあげたいと思って、顧問を引き受けることにしました。
今こうやって鉄道同好会ができて、これからこの同好会がどんな成長をしていくのか、そしてどんな出来事が起こるのか、とても楽しみです。鉄道の知識はほとんどないおれですが、これからも、よろしくお願いします!」
これで六人の話が全部終わった。みんなが口を揃えて言うのは、鉄道同好会ができて嬉しかったということと、鉄道同好会ができるのか、最初は不安だったということだ。当たり前の感情ではあるが、それだけ、みんなの喜びと達成感は大きかったのだろう。
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