#26 これから
「ちょっとねえ、作ってきたものがあるんだよ」
隼人はそう言うと、リュックの中身を探り始めた。
「じゃーん!」
「おお~、すげえ~!」
隼人が出したのは、『鉄道同好会』と墨で書かれた、B4用紙ほどの大きさの木の板だ。『鉄道同好会』の文字の横には、レールの断面のシルエットも描いてある。
「これ、入り口の横に飾ろうと思ってさ」
「いいね~!」
「ていうかこの字、隼人が書いたの?」
佑ノ介が聞く。
「そうだよ」
「めっちゃ達筆じゃん! すごいよ!」
「ありがとう。実はおれ、小学校の頃まで、習字やってたんだよ。学校の書き初め大会で、大体金賞もらえてた」
「そうなんだ。僕は銅賞が限界だったな……」
利府くんが苦笑しながら言う。
僕達はその板を、早速ドアの横に飾った。一気に部室という感じが出てきた。
「でもなんか、鉄道同好会っていうより書道同好会って感じになっちゃったかな。これ」
隼人が言う。
「まあ、若干暑苦しいかも……。電車のイラストとか描けばよかったかもね」
僕は言った。
「でもおれらそんなに絵心ないからな~」
快志が言う。絵が上手な人が新入部員になったらいいのになと思い始めた。
「それにしても、予定より六日も早く活動を始められるなんて、良かったよね」
「準備が早く終わったから、『もう待ちきれません!』って、松川先生に言いに行ったもんね」
利府くんが笑いながら言った。
「じゃ、記念写真撮ろうか!」
佑ノ介がそう言って、急にカメラを取り出す。
「おっ、そうだね。あ、でも……、カメラって持ってきちゃって大丈夫だったの……?」
校則に「カメラ禁止」の文言はないが、一応、写真部でもなければ学校生活には関係のないものだ。
「松川先生に許可済みです」
佑ノ介はドヤ顔でそう言うが、松川先生は、
「おっ、そうだったか? 没収没収」
と言っている。しかし笑っているから、これは冗談だろう。
「じゃあ、せっかくだから、黒板装飾しようか」
僕はそう呼びかけた。
「おっ、それは名案だな~! よし、やろう!」
そう言って、僕達はああだこうだ言いながら、黒板いっぱいに文字やら絵やらを書いた。こういうことをするのは久しぶりだったので、とても楽しかった。
「てか隼人、お前絵うまいじゃん」
黒板の上側には「鉄道同好会、出発進行!」と書いてあるのだが、その下の真ん中には、隼人の描いた、東武5070系のイラストが描いてある。なかなかにクオリティーが高いし、車両のチョイスも絶妙だ。
「それドア横の板に描けよ……」
僕がそう言うと、隼人は「ええ……、恥ずかしいじゃん……」と言って俯いた。
「じゃあ、撮るよ~!」
僕達がそんなことを話している間に、佑ノ介はもう撮影の準備を済ませたらしく、すでに三脚にカメラを固定し終えていた。それにしても、三脚まで持ってくるなんて、さすがは佑ノ介だ。
「ああ、ここ狭いなあ……。ちょっと、隼人から右側の三人、前に来て二列になって」
ファインダーを覗きながら、手振りで指示を出す。
「OK。じゃあ撮るよ!」
そう言って、佑ノ介はシャッターボタンを押した。セルフタイマーが作動し、佑ノ介は小走りで後ろの列に入った。
そしてシャッターが切れた。記念すべく、『鉄道同好会』のメンバーとしての一枚目の写真だ。僕達は今日のことを、一生忘れることはないだろう。そんな風に思った。
「じゃあ、記念写真も撮れたことだし、今日はこれでお開きにしようか」
松川先生が言った。
「そうですね」
「よし、じゃあ今から、打ち上げということで、みんなでカラオケ行こうぜ!」
快志がはしゃいだ様子で言う。
「いいね~! カラオケとか久しぶりだな~!」
真っ先に隼人が賛成した。
「松川先生も、一緒にどうですか~?」
さすがに冗談だとは思うが、快志がそう聞く。
「いや~、おれはこの後まだ仕事があるからさ~」
先生は苦笑しながらそう答えた。まあ、当たり前だろう。
「友軌は?」
隼人が聞く。
「みんなが行くなら、おれも行こうかな。あんまり音楽とか聴かないけど、ある程度の歌だったら分かるし」
「ええ……、おれ……、歌……」
僕がそう言うと、後ろのほうから、佑ノ介の蚊の鳴くような声が聞こえてきた。見ると、自信なさげに下を向いている。
僕が何か声をかけようと思っていると、突然快志がやってきて、
「いや大丈夫だよ。絶対行ったら楽しいって、な?」
と、佑ノ介の肩に手を乗せながら言った。佑ノ介は「うん……」とかすかな声で言っているが、まあ行くとは思う。
「弘大も行くよね?」
「ああ、うん」
「よし、じゃあ今夜は盛り上がろう!」
もはや快志が一人で盛り上がっているだけだが、僕達は五人でカラオケに行くことになった。
「まあ、盛り上がるのは構わないけど、ちゃんと十時くらいまでには家に帰るようにするんだぞー」
そんな僕達の盛り上がりを抑えるかのように、松川先生は言った。
「はい、そこはもちろん守ります」
その夜、僕達は嬉しくて、楽しくて、とにかく「やりきった!」という感情でいっぱいで、これまでにないってくらい騒いだ。あまりにも騒ぎすぎたせいか、僕は次の日の朝から風邪をひいて熱を出し、そのあと三日間寝込む羽目になってしまった。そんなことがあったので、僕が次に学校に来られたのは、文化の日の三連休が明けた火曜日からだった。
「友軌、大丈夫?」
佑ノ介が僕の顔を見ながら聞く。
「ああ、なんとか……」
まだ病み上がりで体が重い。
「まったく、会長が早々に風邪ひいてどうすんだよ……」
隼人が呆れた様子で言った。
「ちょっとテンション上がりすぎちゃったね……。反省してます……」
喉もまだ本調子に戻っていない。
「最後らへん、友軌、完全に羽目外しちゃってたもんね」
「ほんとだよ。酒飲んだんじゃないの? ってレベルで」
「えっ? そんなだったっけ?」
僕が四人に聞くと、全員が頷いた。記憶はない。一体どんな醜態を晒してしまったのだろうか……。
「よし、じゃあ鉄研行こうぜ!」
恥ずかしさと気まずさが混じって喋れなくなっていると、隼人が場を仕切り直すようにそう言った。
「そうだね」
僕がそう言うと、僕達はみんなで、部室へと歩き出した。これから、これが日常になっていくのかと考えると、とてつもなく幸せだ。
これから僕達はこの場所で、何を知り、何を感じ、何を創っていくのだろうか。そんな期待に、胸を膨らませるのであった。
〈続く〉
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