第9話

 四日間の期末テストが終わり、週が明け、いよいよプレゼンの日になった。僕は佑ノ介と職員室の前に向かっていた。

「いや~、さすがにおれでも緊張してきたよ。佑ノ介は、大丈夫?」

「うん、大丈夫。今日はなんだか不思議と緊張しない」

 僕は佑ノ介があがってしまわないか心配だった。ひとまず大丈夫そうで、安心した。

「うまくいくといいね」

「うん。でも、もしこれで顧問の先生が見つからなかったら……」

 それ以上は言わなかった。僕も聞きたくない。


「まあ、きっと見つかるよ。本宮先生も、他の先生たちに何も言わずに今日を迎えているわけじゃないだろうし」

「そうだよね」

 職員室の扉をノックする。僕達に気が付いて、本宮先生が中から出てきた。

「おお、来たね。大丈夫そう?」

 本宮先生は特に佑ノ介のほうを気にしながら言う。

「はい。大丈夫です」

「それじゃあ、氏家からもらったプリントは先に配っておいたから、発表始めちゃって大丈夫だよ」

「分かりました」

 職員室の中へと入る。鼓動が速まっていくのが分かった。


「いいですか?」

 本宮先生が小さくうなずいた。


「本日は、僕達のために貴重なお時間をくださり、ありがとうございます。一年三組の須賀川友軌と」

「白石佑ノ介です」

 まずはそんな挨拶から始めた。

「僕達は今、この学校に鉄道研究部を作ろうとしています」

「そのために、顧問になってくださる先生を探しています」

「僕達二人は、五月の中間テストが終わった後に、お互いが鉄道好き同士であることを知りました」

「そして、そんな出会いをきっかけにして、鉄道好き同士が集まって、鉄道について語り合い、時にはみんなで時刻表を囲んで旅の計画をして、全員で楽しい旅を成功させる。そんな場所を作りたいと思い、二人で鉄道研究部を作っていくことを決意しました」

「その目標を実現させるために、僕達は協力し合って、いろいろな努力をしてきました」

「例えば、各クラスを回って行った部員探し。白石くんは、人前で話すのが苦手という性格にもかかわらず、思い切って人前に立ち、自分の言葉で協力を呼びかけました」

「その努力のおかげもあって、今では僕達二人のほかに、氏家くん、名取くん、利府くんの三人の仲間が加わりました」

「今では、『共にこの手で鉄道研究部を作り上げていきたい』というのが、僕達五人の共通の思いになっています」

「五人で意見を出し合って、どのような部を作っていきたいかを話し合ったこともありました」

「ここで協力してくださる先生がいないと、せっかくの僕達の意志と努力は、無駄になってしまいます」

「そうならないためにも、僕達の明るい未来を実現させるためにも、どうか、先生方のお力を貸していただけないでしょうか」

 

 プレゼンを終えて一礼すると、先生達から大きな拍手が巻き起こった。佑ノ介と顔を見つめ合い、「成功だね」とお互いに言う。先生達の心をどれだけ動かせたかは正直分からないが、確実に物事は良い方向に向かっていくだろう。漠然とだが、そんなような考えが頭に浮かんでいた。


 翌日の朝、学校に着き、教室で本を読んでいると、本宮先生が僕のほうへすごい勢いで走ってきた。

「須賀川! 白石! 顧問が! 顧問になりたいっていう先生が見つかったんだよ!」

「ええっ⁉」

 僕と佑ノ介は同時にガタンと立ち上がった。嬉しすぎてろくな言葉も出ない。

「早く! 他の三人も呼んできてくれ!」

 そう言われると、佑ノ介は教室から飛んで出ていった。あまりの急ぎっぷりに、教室のドアに体を「ガンッ!」とぶつけていく。彼は「いでっ‼」と叫びながらも、体勢を立て直して再び走っていった。

「おお気を付けろ気を付けろ……」

 本宮先生がそんなふうに声をかける。僕も佑ノ介の後を追い、彼は七組に、僕は五組に向かった。

 隼人は教室で本を読んでいたが、僕が走ってきたのに気が付いて、すぐにこちらにやってきた。

「友軌、もしかして……」

 僕の顔を見るや否や、期待のこもった声で聞く。

「顧問の先生、見つかったって!」

 僕は嬉しさを全開にして言った。

「よしっ!」

 隼人はそう言うと、大きくガッツポーズをきめた。

「向こうに本宮先生と、あと佑ノ介たちがいるから、早く行こ!」

 そう言って、隼人と小走りでみんなのもとに向かう。

「いや~、お前たちよくやったな!」

 快志が興奮しきった様子で言う。

「ほんとに良かったよ!」

「じゃあ、職員室でその先生が待ってるから、早く行こうか」

 本宮先生にそう声を掛けられ、僕達は期待を膨らませながら職員室に向かった。一体どんな先生なんだろう……。


 職員室の前に着くと、その先生は待っていた。黒縁のメガネをかけていて、真面目そうで優しそうな先生だ。

「君たちが、鉄道好きの五人組か」

「はい、そうです!」

 僕はみんなを代表してそう言った。初対面には明るさと爽やかさが大切だ。

「ええと、おれは松川良二(まつかわりょうじ)。二年生の担任をしていて、担当は地理だよ。一年生は担当を持っていないから、今日初めて顔を見たって人が多いかな」

 ニコッと笑ってそう言う。人の良さそうな印象だ。

「よろしくお願いします」

 佑ノ介が軽く礼をしながら言った。


「昨日の、君たち二人のスピーチ、あれに心を打たれてね。顧問を引き受けようって思ったんだよ。それにしてもあのスピーチはよくできてたね~。あの後、結構話題になってたんだよ?」

「そうなんですか?」

「そうだよ。自分たちで考えたの?」

「はい、そうです」

「君たち優秀だな~!」

 感心しきった様子で松川先生は言った。

「じゃあ、これからはおれが君たちをサポートしていくから、よろしくね」

「はい、ありがとうございます!」

「もう学期末だから、動いていくのは二学期からになっちゃうね。それまで夏休みの間、五人で仲良くやっていてくれ」

 先生は再びにっこりと笑うと、そう言ってくれた。

「そうですね。じゃあ、これからよろしくお願いします」

「おう!」


 ホームルームの三分前になったので、僕達は本宮先生と一緒に教室へと戻った。

「これまで、いろいろとありがとうございました」

「なんだよ。卒業するみたいじゃないか」

 先生は笑いながら言う。

「こんな僕達のために、いろいろと協力してくださって、本当に感謝しています」

「な~に、先生は、君たちが幸せそうな顔をして学校生活を送れることが、一番幸せなんだよ。そのためだったら、なんだってするさ」

 先生は爽やかな笑顔でそう応えた。

「さ、今日はテスト返却だよ。心の準備はいいかい?」

 爽やかな笑顔のまま言う。

「はい……」

 やれやれ……。すっかりそのことを忘れていた。

 

十八日、終業式の日。五人で一緒に帰る、スクールバスの中。

「それにしても、顧問が決まって本当に良かったな」

 隼人が外を眺めながら、ほっとした様子で言う。

「二学期が楽しみだよ」

「僕達が正式に『鉄道同好会』として活動できる日も、そう遠くはなさそうだね」

「早く二学期になれ~!」

 快志が元気よく言った。「いやいや、夏休みもしっかりと楽しみたいでしょ」と、僕はツッコミを入れる。

「まあ、そりゃあそうだね。ところで友軌、数学のテストはどうだったの~?」

 快志が半分からかうような口調で聞いてきた。

「数Ⅰが46点で、数Aが49点だよ……」

 黙っていてもしょうがないと思ったので、正直に答える。

「あらららららら……」

 佑ノ介が笑いながら言った。完全に馬鹿にしてやがる。

「そういうお前は何点なんだよ!」

 ムカついたので言い返してやった。

「数Ⅰが91点で、数Aが88点ですが、なにか?」

「うぅ……」

 惨敗である。他の四人の、ケラケラという笑い声が聞こえてきた。今すぐこのバスを降りたい。

 そして、そんな気持ちに耐えること五分、バスはやっと柏駅に着いた。


「よし! せっかくだし、弥生軒の唐揚げそばでも食べに行くか!」

 快志がそう呼び掛けた。

「おっ、いいね~!」

 先ほどまで、数学のテストの点数の件で一刻も早くこいつらから離れたかったが、さすがに唐揚げそばは無視できない。僕は賛成した。

「じゃあ、決定だな」


 改札を抜けて、緩行線ホームに下りた。

 

『清流』が流れ、三番線からE501系の上野行きが、ドレミファインバータの音を響かせて発車していく。一番線からは『雲を友として』も流れて、203系も後を追うように発車していく。

 そのあと、我孫子行きの電車がやってきて、僕達はそれに乗って我孫子駅に行く。


 そんな何気ない日常の中で、僕達の一学期は、幕を閉じていくのであった……。


                                  〈続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る