#8 解決策
ここまでは順調に来ていた。しかし、月曜日、薄々感じていた嫌な予感は的中した。
「顧問の先生は……、見つからなかったよ……」
本宮先生は、僕達の前で暗い顔をして言った。
「えっ……」
その言葉を聞いて絶句する僕達。
「頑張って探してはみたんだけど、どの部活も忙しいみたいで……。それに、どの先生も鉄道に興味がないみたいだから、君たちに付いていけるか分からないって言って、引き受けてくれないんだよね……」
先生は無念といった様子で、首を横に振る。
「どうしますか……」
僕は途方に暮れながら言った。
「やっぱり自分だと当事者じゃないから、君たちの思いをちゃんと伝えられないらしい。先生も協力するから、君たちの気持ちを直接、先生たちに伝えるっていうのはどうかと思うんだけど」
先生はそう提案する。
「つまり、部員探しの時みたいに、先生の前で話をするってことですか?」
「まあ、そういうことだね」
どうしよう……。あの時は生徒の前だから話せていたが、先生の前となると、圧迫されてうまく話せなくなってしまうかもしれない。でも、やるしかないんだ……。
「わかりました。考えてみます」
僕はとにかくそう返事をした。
「じゃあ、先生はこの後部活のほうを見なくちゃいけないから、あとは頑張って」
そう言って、本宮先生は去っていった。
「大丈夫かなぁ……。先生の前でしょ……」
佑ノ介が不安そうに言う。そりゃあ、僕だって同じ気持ちだ。
「後ろ向きになっちゃった先生を説得するのは、かなりハードルが高そうだよね……」
「なんかこう、先生の心を動かせるような言葉を選ばないと、相当難しいだろうな……」
隼人の言うとおり、言葉選びがとても重要になってきそうだ。
「そういえば、おととい鉄研のことについて話し合った時、須賀川くん、メモとってなかったけ?」
利府くんが言った。そうだ。そのメモを見れば、なにかいい案が思いつくかもしれない。
「あと、伝えたいことを紙にまとめて、それを先生に配るっていうのはどう? 授業のプリントみたいに。そっちのほうが効率的に伝えられるだろうし、顧問を引き受けるか考えるときの、材料になるだろうし」
「でも手書きっていうのはなぁ……」
別に僕は字が汚いというわけではないが、人に見せるとなると、どうも恥ずかしい。
「おれ、パソコン得意だよ。友軌とかがプレゼンの内容を考えて、おれがそれをもとにプリントを作るっていうのは?」
そうか、その手があった。役割分担をすれば、その分時間も節約できる。
「隼人でかした! そうしよう!」
やはり、仲間が増えるとできることも増える。
「じゃあ、プレゼンをするってことを、本宮先生に伝えないとね」
すぐにでもそうしたかったのだが、本宮先生は、あいにく火曜日は出張だった。というわけで、水曜日の昼休みに、僕は佑ノ介と隼人と一緒に、本宮先生のいる職員室をたずねた。
「先生、僕達、プレゼンをすることに決めました」
僕は言った。
「そうか。どんな感じでいくんだい?」
「僕と佑ノ介で原稿を作って、それをもとに氏家くんがプリントを作ります」
「プリントって、手書きで?」
「いや、パソコンで作ります」
隼人がキリっと答える。
「パソコンかぁ、すごいなぁ……」
感心したといった様子で隼人を見る。
「今の高校生は、パソコンでプリントくらい作れますよ」
隼人はどや顔でそう言った。自分はパソコンでプリントなど作れる気がしないが。
「じゃあ、準備頑張って。発表は、期末が終わった十四日でいいかい?」
「はい。お願いします」
「了解。あとの細かいことは、先生に任せておいて」
「ありがとうございます!」
僕達はお礼を言って、職員室を立ち去った。
「ほんとに、本宮先生っていい先生だよね」
廊下を歩きながら、僕は言った。
「生徒のやりたいことを、あんなに全力で、しかも親身になって後押ししてくれる先生って、そんなにはいないよね」
「うん、あの先生で良かったよ。本当に」
週末、僕は佑ノ介の家に行って、原稿を作ることにした。
「利府くんがさあ、みんなで鉄研を作っていこうって言った時に、『旅』って言葉使ってたじゃん。あれいいよね」
佑ノ介が言った。
「でも、さすがにそれを先生の前で使うのはなぁ……。そういう粋な言葉は使わずに、普通の言葉でいかに自分たちの気持ちを先生に伝えるかっていうのが、重要だと思う」
「確かにね。そっちのほうがわかりやすいのかな」
「まず、自分たちがこの一か月間努力してきたってことを、伝えるべきだと思うんだよ」
「例えば、おれが友軌と一緒に部員を探したこととか?」
「そうだね。あとは、五人になってから、どういう部にしていきたいかっていうことを、一生懸命考えたってこととか」
まあ、実際はほぼ駄弁しかしていなかったが。つまり、目指すべき場所はそういうところなのだろう。
「そこから今後の意気込みとかを言ったら、いい感じに伝わりそうだね」
「で、最後に、『力を貸してください』的なことを言うと」
「そう。それで完璧だね。じゃあ、それをベースに原稿作るかぁ」
僕達はあれこれと案を出し合いながら、一時間ほどかけて原稿を作り上げた。
「ふぅ……。これでよしと」
「途中でいろいろと迷走したけど、なんとか最終案ができたね」
佑ノ介がそう言っているのを聞きながら、僕はふと壁に掛けてあるカレンダーを見た。
「うわっ、もうすぐ期末じゃん……」
「そうだよ。ちゃんと勉強進んでる?」
佑ノ介は完成した原稿を見ながら、平然とした様子で聞く。
「数学がやばいんだけど……。最近全然授業についていけてなくて……。」
「それはまずくない……?」
心配そうな顔で言ってきた。
「そうだよヤバいんだよ。佑ノ介、数学得意でしょ? 頼むから教えてよ~……」
やれやれ、我ながら情けない姿だ。
「もう……。授業わかんないんだったら、早く教えてくれればよかったのに……。どこが分からないの?」
佑ノ介が呆れた様子で聞く。このあと少し一緒に勉強しようと思っていたので、僕はいくつか勉強道具を持ってきていた。リュックの中から、数学の問題集を取り出して言う。
「このページから全部……」
「それは重症だなぁ……。ええと、じゃあ、とりあえず基礎から順番にやっていこうか」
佑ノ介はさらに呆れた様子になったが、すぐにそう言ってくれた。お世話になります……。
「じゃあ、まずこの問題は……、なるほど、まずこれをいったん展開して、tの値をここに代入しなきゃいけなんだよ」
「いやまずtってなに……。全く分からないんだが……」
「ええ……、そっから……? まずtっていうのは……」
佑ノ介はtの意味について説明し始めた。しかし、内容は全く頭に入ってこない。僕の脳みそは、「数学語」非対応仕様なのだ。
「ごめん、何言ってるのかわかんない」
僕は正直に伝えた。
「それは困ったな……。じゃあまずここから復習しないとだな。あ、ここバツばっかりじゃん。だからこの問題ができてないんだよ。間違えたところ、ちゃんと復習してる?」
「全然してない……」
「だからできないんだよ」
佑ノ介の一語一句が心臓に刺さるように痛い。
「じゃあ、とりあえず、これやってみて」
「わかった……」
そう言われて、僕は佑ノ介の監督のもと、問題を解き始めた。
「あ、違う違う、そうじゃない。ここを二乗するんだよ」
「こう?」
「違うって、こう!」
「ああ、なるほど……」
「ええと、その次はそこを……、ああ、違う違う! そうでもないって―」
頼むから一回自分のペースで問題を解かせてくれ……。
「―だからそうじゃない! なんでできなんだよ……。待って待って、ああもういい! 自分でやれよ!」
ついには怒らせてしまった。変な汗が出てくる。
それから、僕達は放課後にプレゼンの練習をしつつ、僕は佑ノ介に数学を教えてもらうことにした。
水曜日、教室の端でプレゼンの練習に励んでいると、隼人が完成したプリントを持ってきてくれた。見てみると、僕達が伝えたいことがとても分かりやすくまとめられている。色づかいや文字の配置もよく、とても見やすくできている。
「隼人、天才じゃん!」
僕は感心して言った。
「いやいや、まだまだだよ」
隼人が照れくさそうに言う。いや、正直、雑誌の編集者とかに向いてそうだ。
「これで、プレゼンの成功間違いなしだね」
「うん。じゃあ後は、二人のスピーチ、よろしくね!」
「頑張るよ!」
そう言って僕は、佑ノ介と練習を再開した。数学も、今ではそれなりにできるようになった。
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