第7話

 友部で水戸線に乗り換えた。水戸線は一時間に一本しか走っていないので、ローカル線の趣を感じられる。車両は403系で、当たり前だがボックスシートが付いていた。


「で、具体的にどんな活動をしていくかあ」

 僕は四人に呼びかけた。メモ帳を取り出して、メモをとれるようにしておく。

「まあ、ベースは友軌がいつも言ってることでいいよね」

「旅行は、どれくらいの頻度でどれくらい遠くまで行く?」

利府が言った。

「少なくとも月一くらいで日帰り旅には行きたいな。近場でもいいからさ」

「近場ってどれくらい? 具体的に」

 佑ノ介が聞く。確かに、どこまでを近場とするかは人それぞれだ。

「まあ、関東の一都六県とか?」

「それくらいだったら、そんなにお金もかからなそうだし、大丈夫そうだね」

四人が頷く。

「でもさ、関東は全部近場に思えるって、よく考えたら鉄道好きはすごいよな」

「確かに。中学の時、友達に『どっか近場に出かけよう』って言われて、『鎌倉はどう?』って提案したら、めっちゃ笑われたことがあった」

「距離感が麻痺しちゃってるんだよ。きっと」

 その言葉には、全員笑ってしまった。


「もし同好会として旅行に行くんであれば、親からお金ももらえそうな気がする」

隼人がそう言った。考えてもみなかったが、確かにそういうメリットもあるかもしれない。

「とりあえず、最初のほうは日帰りだけにしておいて、慣れてきたら、長期休みとかで二泊三日とかの鉄道旅に行こうか」

「そうだね」


 下館しもだてから先は、列車は関東平野をひた走るようになる。周りに広がる田んぼには、青々とした稲が生えている。

「五月から七月辺りの田んぼって、好きだなぁ」

 利府がそうつぶやいた。僕も同感だ。

小山で宇都宮線に乗り換えた。来た車両は、最新鋭のE231系1000番台だった。常磐線のE231系と同じく、どんどん数を増やしている車両だ。

 そしてこの車両の特徴は、何といってもその個性的な走行音だ。加速は、「キーン」というIGBT-VVVFによくある高音から始まるのだが、途中からその音が下がり始め、最後には「ヒュイーン」と上がって、モーター本来の音が聞こえるようになる。減速時はその逆だ。音鉄達はこれを「墜落インバータ」とよんでいる。

「この車両のVVVFの音、本当に面白いよね」

「あ、佑ノ介もVVVFとか分かるんだ」

「音鉄じゃないからそんな詳しくないけど、一応ね」

 佑ノ介がそんなことを知っているとは、意外だった。

「それにしてもこの車両、椅子硬いよなぁ……」

 快志が不満そうに言う。

「ほんとだよ。231の椅子は硬すぎるよね。板にモケット被せただけなんじゃないの? ってレベル」

「209のほうがまだマシだな」

 音は良いし、乗り心地もよくなったのだが、E231系は本当に椅子が硬すぎる。正直、こんな車両に椅子の柔らかい国鉄型の車両が置き換えられていくのは、とても残念だ。


 大宮に着き、川越線に乗り換えた。

 余談だが、大宮駅の埼京・川越線ホームでは、今でも発車ベルが使われている。埼京線の他の駅ではずっと前から発車メロディーが使われているのに、なぜか大宮でだけ使われていない。発車メロディーが初めて首都圏に導入されてから十四年も経っているのに、こんな大きな駅で発車ベルが使われているのを不思議に思うとともに、いつになったらメロディー化するのだろうと毎回思う。


205系に揺られ、川越に到着した。乗り換えた車両は、209系3000番台である。番台こそ違うが、基本的な仕様は京浜東北線の0番台と変わらない。八高・川越線の車両は209系と103系の二種類があるのだが、大好きな三菱GTO-VVVFの聞ける209系に乗ることができて、僕は少し嬉しくなった。

宇都宮線、川越線、八高線とずっとロングシートなので、僕達はあまり喋らなくなった。他の四人がことごとく寝てしまったので、僕は走行音に聞き入ることができた。


八王子で駅そばを食べた後、中央線に乗り換える。

ホームに下りて発車案内板を見ると、次に来るのは中央特快と表示されている。

「次来るの中央特快じゃん。西国分寺止まんないから、見送ろっか」

 そう言っていたのだが、その後に駅員の放送が流れ、立川で始発の快速東京行きに乗り換えられることが分かった。

「じゃあ、これでとりあえず立川まで行くか」

「そうだね」


そしてやってきた中央特快に乗車し、このまま平和に武蔵野線経由で買えると思われていた。しかし、豊田と日野の間を走っているタイミングで、佑ノ介が突然、

「電車撮りたい」

と言い出した。

「中央線の撮影地ってどこがあったっけ?」

 隼人が聞いた。

「国分寺とか、高円寺とか」

「ええと、今の時間帯だと、高円寺が順光だね」

 なんだかいきなり電車を撮りに行くことが決まったようなのだが、大回り乗車なので、国分寺に寄るにしろ、高円寺に寄るにしろ、帰りの経路を変える必要が出てくる。

「じゃあ、高円寺で撮って、そのあと総武線で西船まで行って、武蔵野と常磐で帰るか」


そういうわけで、そのまま中央特快に乗り続け、三鷹で降りた。土休日は、快速は高円寺に停まらないので、中央・総武線に乗り換えて高円寺に向かった。


 高円寺に着いて、早速撮影の準備を始めた。しかし、ここである問題が発生する。

「これ、五人一気に撮影するの無理だよね……」

「うん。明らかにスペースが足りない。三人が限界だねこれ……」

 なんとなく予想はついていたのだが、どうやって撮影をしよう。

「交代でいいんじゃない?」

「僕は別に写真撮らなくていいよ。今カメラ持ってないし」

 利府くんが言う。

「友軌は?」

「おれは、発車メロディーでも録ってようかな」

 幸い、録音機材は持ってきている。しかし、この駅の発車メロディーは、『清流』と『雲を友として』というありきたりな組み合わせで、しかも鳴りにくいときている。あまり録る気にはならない。

「じゃあ、こうしよう。おれと友軌が一本ずつ交代で撮って、佑ノ介と快志はずっと撮ってるってことで」

隼人がそう言った。確かに、それならちょうど良さそうだ。


中央線の本数は多いため、一本ずつ交代で撮っても、待ち時間はあまり暇にならなかった。たまにE257系やE351系などの特急型車両もやってきて、それがいいアクセントになった。

それにしても、駅の端に鉄道好きが五人も密集しているのは異様な光景だ。僕は録音機材を持ちながら一眼レフを首にかけているし、利府以外の三人もカメラを構えている。周りの人も、一体こいつらは何をやっているんだという目で、こちらをじろじろと見てくる。


一時間ほど撮影し、来た電車で西船橋に向かった。各停だと時間はかかってしまうが、別に急いでいるわけではないので問題はない。

そういえば、中央・総武線にも快速線と同じく201系が走っていたが、おととしの十一月までにE231系や209系に置き換えられてしまった。中央快速線の201系も、近い将来E231系などによる置き換えが始まってしまうのだろうか。


西船橋で武蔵野線に乗り換える。

「おっ、205だ!」

 佑ノ介が叫んだ。武蔵野線には去年の十二月から、山手線から転属してきた205系が、103系を置き換えるために投入されている。

「でもこの音は違和感しかないよね」

 武蔵野線に投入された205系は、電動車が少なくても十分な加速性能が得られるように、VVVFへの積み替え改造を施されている。そのため、走行音は最新鋭の車両のようなIGBT‐VVVFの音がするのだ。

「確かに変な感じがするよね。車内はそのままなわけだし」


 新松戸で常磐緩行線に乗り換え、南柏でいったん改札を出て再び柏駅へ向かった。

 柏からは運賃を節約するために定期を使いたいので、他のみんなが改札を出るのに合わせて、僕も改札を出た。


「今日、今後の鉄道研究部をどうするかってことを話し合うはずだったけど、結局雑談ばっかりだったね」

 隼人が苦笑しながら言う。

「まあ、もし佑ノ介の家で話してたとしても、結局同じような感じだったでしょ」

「確かに、途中から写真の話題とかになりそうだよね」

「でも、これでみんなで鉄道にも乗れたわけだし、結局はよかったんじゃない?」

「まあ、楽しかったしね」

そう、何事も楽しければそれでOKなのだ。

「じゃあ、また月曜だな」

 そう言って、僕達はそれぞれの家路に就いた。

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