#29 103系走行音収録 後編
我孫子で電車を降りる。次の成田線の発車までは二十分弱時間があるが、二番線のホームに行くと、もう成田行きは入線していた。しかし、車両はあいにくのE231系だった。
次の成田線はこの列車の三十分後だが、その電車は上野から直通してくる便だ。今回は、できれば線内折り返しの列車で収録したい。
しかしそうすると、次のチャンスは一時間二十分後までないことになってしまう。こういうとき、大体は発車メロディーを収録したり、列車の写真を撮ったりして時間をつぶすのだが、ここは家の最寄りの我孫子駅だ。もう発車メロディーは何回も録っているし、列車を撮るのも飽きた。やることがないので、一度家に帰ることにしよう。
家で、録ってきた走行音を確認したりして四十分ほど過ごし、成田線の発車する十五分前に駅に戻った。さあ、今度はどうだろう。
しかし、ホームにいたのはまたしてもE231系だった。ついていないときは本当についていないものだ。がっかりしながら改札へ引き返し、家へ戻った。家に着くと、リビングでくつろいでいた両親に、「また帰ってきたの?」と呆れた様子で言われた。
まあ、そうなるよな……。
お昼時になっていたので、家で昼ご飯を食べてから、気を取り直して駅へ向かった。今度こそ、三度目の正直だ。
駅にあまり列車がいなかったので、南口の階段の前から、一番線のほうまで見通すことができた。二番線を見てみると、そこにはエメラルドグリーンの車体……、103系だ……!
コンコースへの階段を駆け上り、改札を抜けてホームに下りた。停車している車両の姿をさっと撮影した後、先頭の車両に乗った。
発車二分前に録音を始めた。すぐに『Cappuccino』が流れ始める。成田線の発車するときには、駅員が、「二番線からー、成田線、成田行きがー、発車いたしま~す」などと放送しながら、発車メロディーを長く鳴らすのが恒例だ。今日は何コーラス鳴るだろうと思いながら聞いていると、四コーラス鳴った。これでもまあまあ長いほうだが、たまに六コーラスくらい鳴ることもある。
列車は我孫子駅を発車し、ポイントを通過し終えると、高架線に上がって常磐線の上り線を跨ぐ。そして、そのあとすぐに最初の踏切を通過する。僕は小さい頃、この踏切から成田線の列車を見るのが大好きだった。その頃、「成田線の電車」と言われれば103系を思い浮かべたが、これからの小さい子たちは、同じことを言われたらE231系を思い浮かべるんだろうな、なんてことを考える。もう世代間ギャップが生まれているのが、なんだか不思議だ。
東我孫子で上り列車とすれ違う。なんとなく発車を待っていると、反対側のホームから『小川のせせらぎ』が聞こえてきた。思わず「あっ……」と短い声が漏れる。東我孫子では、今まで発車メロディーはおろか、発車ベルさえも使われていなかったのだ。これには驚いた。
こっちは何の曲が流れるのだろうかと、期待しながら待っていると、今度は『ホリデイ』が流れてきた。中央線の国立や立川などで使われている曲だ。どちらのホームも、戸閉め放送は無いらしい。選曲が意外だった。
成田線は単線なので、駅が近づくたびに速度を落として、ガタンゴトンとポイントを通過する。常磐快速線と違って、どこかローカルな雰囲気で、それがいい。4ドアロングシートの103系よりも、3ドアセミクロスシートの113系のほうが似合いそうな気がする。でも、まあまあスピードを出す区間もあって、路線の見た目とのギャップがまた面白い。
四十分ほどで成田に到着した。今まで乗ってきたのは低音モーター車だ。ここでさっきみたいに、次は高音モーター車で録りたいから、高音モーター車を待ち伏せしよう、なんてやっていると、何時間待たされるか分からない。そんなことになったらまずいので、折り返しの列車で引き続き収録することにする。
発車時刻までは時間があったので、発車メロディーを収録しておくことにした。成田駅では、全てのホームで『Verde Rayo』が使われている。発車案内板を見たところ、八分後に三番線から千葉行きの列車が出るらしい。僕は三番線に向かい、ちょうど良さそうなスピーカーを探し、収録の準備をした。
発車メロディーは0.8コーラスほどで切られてしまった。残念な結果だったが、記念すべく成田駅での初収録の音声ということで、大事に残しておこう。
特にやることが無くなったので、ぶらぶら歩きながら六番線に戻った。毎回のことだが、写真を撮ってから車内に入り、収録の準備をして、発車時刻の二分前に録音を始めた。本日最後の常磐線103系の走行音の収録。ぜひとも高音質で録りたい。
発車メロディーが流れ、ドアが閉まった。発車メロディーはフルコーラス流れた。発車メロディーだけの音声としてフルコーラスを録ることは叶わなかったが、走行音にフルコーラスの音声を入れることができたので、とりあえず満足だ。
木下あたりまでは、列車は下総台地の、のどかな田園地帯の中を走る。今は何も育てられていないが、やはりこういう景色を見ると落ち着く。これだけで小旅行気分だ。しかし、これも103系に乗っているからで、E231系だと、この趣は無くなりはしないが半減してしまうだろう。MT55の心地よいモーター音を聴きながら、そんなことを考えた。
木下でE231系と行き違った。あちらは三菱IGBT‐VVVFの音を響かせながら、軽やかに発車していく。一方、こちらは低く唸るモーター音と重々しいジョイント音を響かせて、駅を後にする。E231系の走りのほうが頼もしいのは確かだが、103系にはそれとはまた別の頼もしさがあると思う。
「まもなく、終点、我孫子、我孫子に到着いたします。二番線に到着、お出口は、右側です。常磐線快速電車と、常磐線各駅停車は、お乗り換えです……」
我孫子駅到着のアナウンスが流れた。常磐線を跨ぐ高架橋を下り、ポイントを通過すると、列車は我孫子駅のホームに静かに進入した。停車すると、「プシャ~ン!」と非常ブレーキの音を響かせる。103系の、「やりきったぞ~!」という気持ちが伝わってくるようだ。僕も、今日は常磐快速線と成田線の走行音を一往復ずつ録って、やりきったと思う。
ホームに出て、最後に103系の写真を撮った。ホームでもう一人、103系を撮っている三十代くらいの男性がいた。
「すみません、僕のカメラで、この電車と僕を一緒に撮ってもらっても大丈夫ですか?」
その男性に話しかける。
「あ、いいですよ」
そう言ってくれたので、僕はカメラをその男性に渡して、103系の横に立った。
「じゃあ、撮りますよ」
僕はピースサインをした。そして、シャッターの音が聞こえた。
「多分、大丈夫だと思います」
撮り終わって、男性はカメラを返しながら言った。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
「ところで、さっきまで床にマイク置いてましたけど、音を録ってたんですか?」
男性に聞かれる。
「あ、そうです」
「常磐線の103系も、もうちょっとでいなくなっちゃいますからね……。やっぱり、寂しいです」
「そうですよね……。近々E231系の増備が再開するらしいので、走行音、ちゃんと録っとかないとなって思って」
「音にも思い出がありますからね……」
男性は、しんみりとした表情でそう言った。しばらく二人で103系を眺めた後、男性とは「では」と言って別れた。
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