#30 冬旅計画会
「103系の走行音、うまく録れた?」
月曜日、鉄道同好会の部室でみんなを待っていると、部屋に入ってきた隼人が、早速聞いてきた。
「あ、うん」
「おお、良かったじゃん」
「一枚ダビングして、あげようか?」
「いや、それはいいや」
そこまで興味はないらしい。
今日から、本格的に冬休みの旅の計画を立てるべく、五人全員が集まったところで、僕達は計画会議の続きを始めた。
「まず、一日目、集合駅はどこにする?」
「まあ、みんな定期持ってるし、柏じゃない?」
「柏から日暮里行って、山手線で新宿行って、そっから中央線で―」
「あっ、ちょっと……」
快志が話していたのを、利府くんが止めた。
「ん?」
「中央線方面行くなら、新松戸から武蔵野線に乗って、西国分寺に行ったほうが早いと思う」
「あ、確かに」
利府くんに言われて、そういえばそうだったかもしれないと気付く。時刻表を見てみると、武蔵野線経由で行く場合、都心を経由していくより一本前の中央線に乗れることが分かった。
「これに乗れれば、高尾発の甲府行きにいい感じに乗り継げるな。そのあと、松本行きにも乗れるし」
「武蔵野線使ったほうが、色々よさそうだね」
佑ノ介が言った。
「そしたら、集合駅は柏じゃないほうがいいんじゃない?」
快志が言う。
「そうだね。とすると一番都合がいいのは……、新松戸か」
隼人が言った。
「じゃあ、こうしよう。おれが18きっぷ持ってて、柏で隼人と快志と合流する。利府くんには新松戸まで来てもらって、新松戸で利府くんと佑ノ介と合流する。どう?」
四人に提案した。
「いいと思う。利府だけ三郷からの運賃がかかっちゃうけど、大丈夫?」
「ああ、全然大丈夫だよ」
「んじゃ、決まりだな」
高尾までの行程は決まった。
「あと、この感じだと、小淵沢まで直行しても早く着きすぎちゃいそう。どこかで一時間くらいとれそうだけど、なんかしたいことある?」
隼人が聞いた。
「そしたら、沿線の撮影地で電車撮りたいな」
佑ノ介が言った。
「撮影かあ~。悪くないな。どこの撮影地?」
「三つくらい候補あるから、ちょっと考えさせて。快志とも相談するから」
「OK」
「で、あとは野辺山行って、そのあと松本か。野辺山は、三時間くらいいられれば大丈夫そう?」
「そうだね」
「じゃ、一日目はこれで決まりだな」
「二日目は、朝から松本観光?」
僕は四人に聞いた。
「そうだねえ。松本城だけ行ければおれはそれでいいかな」
隼人が言う。
「大糸線乗るって言ってたけど、なんかおすすめの駅ある?」
佑ノ介が利府くんに聞いた。
「うーん、白馬とか信濃大町らへんに行く時間はないだろうし、穂高とかはどう?」
「なんか美味しいものとかあるの?」
快志が聞いた。おそらく彼にとっては最大の関心事だろう。
「わさび」
「え、わさび⁉ まさか……、そのまま食うわけじゃ……」
僕はびっくりした。
「いやいや、さすがにそれはないよ。ご飯にわさび乗っけて食べたり、ユニークなのだと、わさびソフトクリームとかあるよ」
「へぇ~、すごいな……」
隼人が食いついてきた。
「わさびがどう育てられてるのかも気になるし、行ってみようか」
「そしたら、穂高で早めのお昼を食べて、松本に戻るのがよさそう。そうすれば、五分の乗り継ぎで篠ノ井線に乗れる」
「そうだな」
二日目、面白くなりそうだ。
「姨捨にはどれくらいいられる?」
「姨捨で降りて、その次の電車で長野に行くなら、一時間弱だね」
「姨捨って、景色いい以外になんかあるの?」
快志が利府くんに聞いた。
「棚田がある。駅から歩いて十分くらいだから、一時間あればいい感じに観光できると思う。まあ、今は稲の時期じゃないけどね」
「思ってたよりも数倍いいじゃん!」
快志は、はしゃいだ声でそう言った。
「さすが、利府くんが勧めるだけあるね」
「ありがとう」
僕がそう言うと、利府くんは照れながら言った。
「みんな、長野着いてから、長野電鉄とか乗りたい?」
少ししてから、利府くんが僕達に聞く。
「ああ、いいね。長野線と屋代線、どっちも乗ってみたい」
隼人が興味を示した。
「善光寺とかも行きたいけど、両方行くのは厳しい?」
佑ノ介が聞く。
「長野に着いて十四時四十五分、それから湯田中まで往復して……、ちょっと厳しいかも」
利府くんが時刻表を見ながら言う。
「そしたら善光寺はいいや」
「じゃあ二日目は、長野に着いたら湯田中まで往復して、それで終わりだね」
これで二日目も行程が決まった。
「三日目は、長野から飯山線に乗って、越後川口に出て、そこから上越線で高崎に出るんだっけ?」
僕は確認をとる。
「そうそう」
「そしたら……、長野を十時台に出る飯山線に乗れば、そこからの接続がすごいうまくいくね」
「それを基準に考えればいいか」
「じゃあ、こういうのは?」
佑ノ介が口を開いた。
「さっき隼人が、屋代線に乗りたいって言ってたけど、それはなしで、善光寺に行く。飯山線の発車までに戻れば、ちょうどいいと思うんだけど」
「まあ、それもありかなあ……」
隼人はあまり乗り気ではなさそうだが、一応承諾はしてくれた。
「屋代線に乗ることもできるし、当日の気分でっていうのは? 気が変わるかもしれないし」
僕はそう提案した。
「そうだなあ。とりあえず、保留ってことで」
「じゃあ、これで行程は決まりか」
「そうだね。そしたら、おれが行程表作っとくよ」
利府くんが言った。こういう時には、とても頼れるやつだ。
「了解。ありがとう」
これで今日はお開きになった。そのまま荷物をまとめて部室を出る。そういえば、佑ノ介は最近、新松戸の常磐線ホームの発車メロディーに不満があるらしい。帰り道で、その話になった。
「まったくさあ、新松戸の発車メロディー、暗すぎない? 学校で嫌いな教科がある日とか、テストで点がとれなかったときとか、マジで憂鬱になるんだけど」
「まあ、そうだよね……」
利府くんが同情する。
「柏は明るい曲に変わったのに、新松戸はまだ『こころ』と『四季』だよ? 朝も暗い、帰りも暗い、柏みたいな曲になんないかなあ……」
「そうだよね……。柏は明るくなったのに、新松戸が変わらないっていうのは、嫌かもね……」
僕もそう言って同情する。
「でも、松戸とか馬橋は変わってないし、まあ仕方がないとは思うけどなあ」
隼人が言う。
「せめて緩行線ホームも、雲友と清流の組み合わせにしてくれたらよかったのに」
「そうすると、武蔵野線と紛らわしくなっちゃう」
利府くんは苦笑した。
「そうなるとやっぱり、せせらぎと春の組み合わせが無難だったんじゃん?」
快志が言った。
「まあ、そうだね……」
こうやって、たまにみんなで発車メロディー談義をするのも楽しい。もう一人音鉄がいれば、もっと楽しいのかもしれない。
「みなさん、朗報です」
金曜日、全員が揃ったところで、利府くんが言った。
「ん? なに?」
「二日目の夜、僕のおじいちゃんとおばあちゃんの家に、泊めさせてもらえることになりました~!」
利府くんはパッと笑顔を作ってそう言う。
「えっ、マジかよ!」
「これで二日目のホテル代浮くじゃん!」
みんな驚きながら、そんなことを言う。今まで旅の計画を話し合っていたときには、そんな話は出ていなかった。どうやら、利府くんがこっそりと相談してくれていたらしい。
「いいの? 五人で行って」
心配なので聞いてみる。
「二人暮らしで部屋余ってるし、大丈夫だよ。実際、お正月は集まった人みんな泊まってくからさ」
利府くんはそう言う。確か前に、利府くんの長野の祖父母の家は、農家だと聞いたことがある。農家の家は土地があって大きいことが多い。きっと、利府くんの祖父母の家もそんな家なのだろう。
「でかしたな~、弘大」
「それで、家ってどこにあるの?」
「須坂」
僕が聞くと、利府くんはそれだけ言った。だが、僕も含めてみんなピンと来ないようで、そのまま黙っている。
「えーと、長野電鉄の、長野線と屋代線が分かれるところだよ。ほら」
利府くんはそんな僕達を見て、時刻表の路線図を指さしながら説明してくれた。
「ああ、なるほどね」
「須坂駅から、歩いて十五分くらい。いつもは車で迎えに来てもらうけど、五人は乗れないからね……」
「まあ、歩けるっしょ」
元気ハツラツな高校生なので、そのくらいの距離なら余裕だ。
「で、とするとさ」
利府がそう続ける。
「三日目の朝、善光寺に行くより、屋代線に乗ったほうがいいと思うんだよね」
「ああ、確かにね」
「白石くん、善光寺行けなくなっちゃうけど、いい?」
利府くんが佑ノ介のことを気遣って聞いた。
「まあ、そっちのほうが効率良さそうだし、いいよ」
佑ノ介には少し申し訳なくなってしまったが、これで今回の旅の行程は完全に決まった。後はホテルの予約をしたり、色々な場所の下調べをしたりして、当日に備えるだけだ。
「そういえば、友軌」
そうしてほっとした気持ちでいると、佑ノ介が話しかけてきた。
「数学、今回もやばいよね?」
あと二週間と少しで、期末テストだ。今までは、「大丈夫?」と聞いてきたが、今回はもう、勉強が追い付いていないだろうという前提で聞いてきた。
「いやさあ、やばいっていう前提で聞くなよ」
クスッと笑って答える。
「まあ、確かにやばいんだけど……」
これは笑えない事実だ。
「だよなあ。中間の二次関数の範囲であれなんだから、内容が発展して、しかも三角比も入ってきた期末は、もっとやばいだろうなあって思いまして」
不敵な笑みを浮かべてそう言う。完全に見透かされているから恐ろしい。
「とりあえず、今週末はおれの家に来て数学をやって。これ約束」
「拒否権無いの? これ……」
そう聞いたが、佑ノ介は僕のほうを見て、なおも不敵な笑みを浮かべながら黙っている。出会ったばかりの時の、話しかけられておどおどしている佑ノ介はどこ行った……。
「まあ頑張れよ」
隼人は鼻で笑って言った。
「友軌ファイト」
快志他人事のように言う。
「いやお前も文系だろうが!」
ムカついたので反撃した。
「おれは頑張ればできるんで」
快志は余裕の表情でそう返した。はあ、もういいや……。
週末は、勤労感謝の日もあって三連休だった。しかし、そのうちの一日を、佑ノ介の家で数学の特訓をしながら過ごす羽目になってしまった。おかげで、いつもは終わるか終わらないかのギリギリをさまよう数学のワークが、テストまでにはちゃんと終わるだろうというレベルまで進んだが、朝から夕方まで、帰らせろと言っても帰らせてもらえず、佑ノ介の家でお昼をご馳走になってしまうほどだった。いつか絶対に仕返しをしてやる……。
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