#31 期末テスト初日の朝に……
そして迎えた期末テスト初日の朝。ホームルームが始まるまでの間、僕は机で勉強をしていた。すると、ちょうど登校してきた佑ノ介が、何か言いたげにこちらへとやってきた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「友軌、新松戸の発車メロディーが、変わってた」
「ふーん」
完全にテスト勉強に気を取られていた。なるほど、新松戸の発車メロディーが変わったのか……、って……!
「えっ⁉ マジで?」
思わず大きな声が出てしまった。周りのクラスメイトの視線が、一気に僕に集まる。
「ああ……、で、なんの曲に変わったの……?」
しまった……、と思う。僕は気まずさを強烈に感じながら、佑ノ介にそう聞いた。
「聞いたことある曲だった。一番線が、新宿の山手線外回りと同じ曲で、二番線が、市川大野の……、新松戸方面の曲……、だったかな。あっちも最近その曲に変わったんだよね」
個人的には、「聞いたことない曲」を期待していたのだが、そういうわけではないらしい。
「なるほど……、そうすると、一番線が『twilight』で、二番線が『sunny islands』だね。一番線は我孫子の八番線で流れてる曲と同じだから、おれも毎日聞いてるよ」
瞬時に、僕の頭の中にある「発車メロディーデータベース」が参照される。
「そうなんだ。じゃあこれからは、おれと友軌で毎朝同じ曲を聞くことになるんだね。何だか嬉しいな~」
佑ノ介はそう言って笑った。
「でも良かったじゃん。明るい曲に変わって」
「うん。これで毎朝気持ちよく登校できそう。二番線の曲なんて、めっちゃ爽やかだよ? 帰りにあれを聞けるのは解放感あってよさそう」
嬉しそうに言った。まったく、佑ノ介の言うとおりだ。
「そういえば、武蔵野線のホームはどうだったか分かる?」
「いや、分かんないな。帰りに利府くんに聞いたら?」
「そうだね」
佑ノ介が自席に戻ると、僕は勉強を再開した。
初日のテストは無事に終わった。ホームルームが終わると僕達は五組の前に集合し、五人で帰った。
「友軌、新松戸の各停の発車メロディー、変わってたよ」
利府くんは、僕の顔を見るなり言った。僕が音鉄だということで、四人はどこかの駅の放送が変わったと気付いたときには、必ず僕に教えてくれるようになった。例えばこの前、日野の発車メロディーが変わった時には、快志が教えてくれた。
「佑ノ介から聞いたよ。各停の発車メロディーってことは、武蔵野線は変わってないってこと?」
「うん。今朝の時点では、清流と雲を友としてで変わってなかった」
「なるほど。情報ありがとう」
利府くんは、武蔵野線はまだ変わっていないと言っていたが、安心はできない。数日の差で、同じ駅の他のホームの発車メロディーも変わることが、たまにあるのだ。これは割と最近になってから知ったことなのだが、四年前に我孫子駅の発車メロディーが変わった時も、一、二番線、四、五番線、六~八番線の順に、一日ずつ変わっていったらしい。(ちなみに、三番線は欠番で存在しない) ひょっとしたら、新松戸もそのパターンかもしれない。
新松戸では、今年の二月ごろから、『清流』『雲を友として』のフルバージョンが使われている。この二曲自体はたくさんの駅で使われているのだが、フルバージョンが使われている駅はごくわずかだ。しかも曲の長さが、『清流』は十七秒、『雲を友として』に至っては二十一秒もあるので、かなり鳴りにくい。今年の三月に新松戸で収録を試みたのだが、その時は四時間粘っても途中切りまでしか録れなかった。もし再チャレンジするなら、あと数日以内が最後のチャンスだろう。いや、もしかしたら今日かもしれない。だが、明日も明後日も
テストをとるか……、収録をとるか……。僕はその二つを天秤にかけてみた。
「帰ったら、新松戸の清流と雲友、録りに行ってくるわ」
答えは出た。
「お前バカじゃないの?」
隼人が呆れ切った様子で言った。
「明日数Ⅰあるじゃん。さすがにやめなよ」
佑ノ介も冷たい視線を向ける。同じ鉄道好きとはいえ、さすがに賛同できないらしい。
「でも、もし今日録らなかったら、もう二度と録れないかもしれないんだよ? テストで点とれなくったって、死にゃあしないんだからさあ」
「まあ、いいんじゃない? 僕は知らないけど」
利府くんがそう言う。どうやら完全に呆れられたようだ。
「まあファイト」
快志がまた他人事のように言った。まあこの前とは、だいぶ意味合いが違うような気がするが。
家に帰り、お昼を済ませると、僕は収録機材を持って家を出た。テスト期間中にリュックを背負って出かけようとしていたので、不審に思ったのだろう。母親が、「どこ行くの」と聞いてきた。「発車メロディーを録りに……」と言いかけたところで、「えー? 今日はやめなさいよ……」と不機嫌そうに言われた。どう返そうか困っていると、少ししてから、「まあいいわよ。好きにしたら」と吐き捨てるように言われた。どうやら親にまで呆れられたらしい。まあいい。僕には勉強より発車メロディーのほうが大事なのだ。
常磐線の各停で新松戸に行き、まずは三番線、武蔵野線の南流山方面のホームに来た。このホームでは、『雲を友として』が使われている。
本当なら、フルコーラスが鳴るまで粘っていたいのだが、四時間なんて粘ると、テスト勉強ができずに、無事に明日を迎えられなさそうな気がする。それでは困るので、今日は二時間だけ収録して、フルコーラスが録れなかったら、諦めて帰ることにした。運よくテスト最終日まで曲が変わっていなければ、その時は、フルコーラスが録れるまでいつまでも駅にいるつもりだ。
さあ、一本目。武蔵野線では新入りの205系がやってきた。東洋IGBT‐VVVFの音を響かせながら、ホームに進入し、停車する。違和感満載だ。
発車メロディーは0.4コーラスほどで切られてしまった。まあ、安定の新松戸クオリティーだ。録り終わってすぐに、四番線のホームに移動する。時間があれば片方のホームずつ録るのだが、今日は時間がないのでこうするしかない。新松戸で反対側の武蔵野線ホームに移動するには、一度階段を下りて緩行線ホームに移動し、もう一度反対側のホームへの階段を上る必要がある。この移動は何度も繰り返しやっていると地味に疲れてくるので、なんだか体力勝負になりそうだ。
四番線の一本目、来たのは103系だった。発車メロディーが流れ始める。0.6コーラスほど鳴ったので、もしや? と思ったが、期待は外れ、そのあとすぐに切られてしまった。
また三番線に戻る。今度こそ、と思ったが、無念にも発車メロディーは0.2コーラスほどしか鳴らなかった。
その後もスケールの大きい反復横跳びみたいな移動をしながら収録を続けたが、どちらのホームでも0.2~0.8コーラスほどしか鳴らず、ただ時間が過ぎていくだけだった。
気付けば新松戸に来てから、もうすぐ二時間が経とうとしていた。
(時間的にラスト二本……、やっぱりフルは無理かなあ……)
三番線で電車を待つ僕。完全に諦めムードになっていた。しばらくして接近放送が流れ、205系がやってきた。
「この電車は、
車内からそんなアナウンスが聞こえてきた。
時間調整……、ダイヤに余裕があるってことだから、もしかしたらフルコーラス流れるんじゃないか? 一気に期待値が高まった。
「お待たせいたしました。まもなく発車いたします」
そうアナウンスが聞こえた。一気に鼓動が高まる。
発車メロディーが流れ始めた。よし、鳴れ! このまま鳴れ!
―って、えっ……?
なんということだろう。発車メロディーは四秒しか鳴らなかったではないか。一気に体から力が抜けていく。期待したおれがバカだったと、自分を責めたくなった。
その後、一本ずつ収録したが、結局だめだった。音鉄、須賀川友軌、十六歳。見事な完敗である。
どうやら、テスト後にお預けらしい。家で大人しく勉強していれば良かったと、激しい後悔の念が押し寄せてくる。
翌日のテストは、さすがにまずいと思い、家に帰ってから死ぬ気で勉強した甲斐があったのか、中間の時より勉強時間は少なかったものの、スラスラと問題を解くことができた。人は、ある程度追い詰められたときのほうが、実力を発揮できるのかもしれない。
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