#28 103系走行音収録 前編

 土曜日の午前七時前、僕は取手駅のホームにいた。今日はここで、まず103系が来るのを待つ。103系が来たら、取手~上野間を一往復する予定だ。103系がいつ来るかは分からないので、もしかすると、ここで一、二時間待つことになるかもしれない。ここは、根気が必要だ。


 一本目、来たのはE231系だった。まあ、一本目から慌てる必要はないだろう。ただ待っているだけなのも暇なので、103系が来るまで、発車メロディーを録っていることにした。

 二本目も、来たのはE231系だった。「確率的に、103系が来るのは次なのかな」などと考えながら、まだ心の余裕を持った状態で待つ。

 しかし、そんな期待は外れ、次にやってきたのもE231系だった。がっかりしながら発車を見送る。次の電車を待っていると、向かい側の六番線にはE501系がやってきている。

(あっちを収録しても別にいいんだよな……)

 そんな誘惑が湧いてくるが、すぐに頭の中からかき消した。それでも、完全にその誘惑を断ち切ることはできなかったので、加速音だけ、ホームから録っておいた。

 そして四本目。接近放送が流れてきたので、利根川の橋梁のほうを凝視してみる。すると、エメラルドグリーンの車体と、前面の上部に付いた二つの灯りが見えてきた。

(よし、103系だ!)

 国鉄型車両らしい重々しいジョイント音を響かせながら、四番線に入ってくる。その姿は、E231系に比べてなんだか堂々としているようにみえる。この常磐快速線で、これまで三十五年にわたって活躍してきた貫禄が感じられた。


 ドアが開いたので、早速車内に入った。モーター音が録りやすいように、車端部の座席を確保する。

 座席に座ったら、MDプレーヤーにマイクを繋ぎ、マイクをミニ三脚に固定して床に置く。これで準備はOKだ。


「お待たせいたしました。常磐線、快速電車の上野行きです。まもなく発車いたします。ご利用のお客様は、ご乗車のままでお待ちください」

 発車の一分ほど前、車掌の放送が流れたので、録音を始める。


 『SF10‐38』が流れだした。これから電車が動き出すのだという、ちょっとした高揚感が湧いてくる。だが同時に、この発車メロディーは103系には少し似合わないようにも感じた。


 「プシュンッ!」という独特な音を立てて、ドアが閉まった。物心がついたときから聞いてきた音だ。この音が、あともう少しで常磐線から消えてしまうのかと考えると、なんだか寂しい。

 電車は、利根川の橋の途中から一気に加速する。速度が出てくると、MT55の「ブォォォ~ン」という唸りが聞こえてきて気持ちがいい。

 天王台、我孫子と停車し、電車は柏に到着した。休日の朝なので、これから各地に出かける人が多く乗り込んでくる。僕が今乗っている十五号車は空いているが、前かがみになって十一号車のほうを見てみると、立っている人もちらほらと見えた。


 柏~松戸間は、常磐快速線の走行音を録るときに一番楽しみにしている区間だ。なぜなら、ここは上野~取手間で、一番速度を出す区間だからである。

 電車は柏を発車すると、徐々に速度を上げていく。103系はあまり加速が良くないので、E231系のように一気に加速、ということはできない。それでも、自分のペースといった感じで、着々と一生懸命に加速していく。

 だんだんとモーターの唸りが大きくなり、しばらくすると、「グォォォォ~ン!」というけたたましい音が、車内、そして沿線に響き渡るようになった。「そんなに早くは走れないけど、精一杯頑張ってやる!」という電車の感情が伝わってくるようだ。僕は音鉄なので、この音は苦にならない、というかむしろ大好きだが、鉄道好き以外の人からしたら、ただの騒音でしかないだろう。そういう意味では、列車に乗っているだけで幸福感を得ることのできる僕達は、社会の中でかなり得をしているほうなのかもしれない。


 そんなことを一人考えながら悦に入っているうちに、電車は北松戸をかすめるように通過した。まもなく速度を落とし始め、「ガタタタン」とジョイント音を立てて松戸駅のホームに進入した。今まで爆音を撒き散らしながら走っていた電車が、駅に到着して静かになると、何ともいえない安心感を覚える。

 しかし、それも束の間。『清流』が流れ、ドアが閉まると、電車は再びモーターを唸らせて加速する。例えるならば、「清流からの急流」といった感じだろうか。本当に一生懸命な走りで、走行音を録りながら自分も聞き入ってみると、なんだか感心してきた。


 金町、亀有、綾瀬と全速力で通過し、小菅のカーブを過ぎて荒川を渡ると、電車は北千住に到着した。僕は、この駅で流れている『常磐3‐1番』という発車メロディーが好きだ。小学六年生の頃までは、『常磐3番』という少しバージョンの違う曲が流れていたのだが、そっちの曲のほうはさらに好きだった。


 北千住を出ると、電車はゆったりとした速度で走るようになる。103系は本来こういう線区を走るための車両なのだが、僕にはこれでは物足りない。

 日暮里の手前で、東北本線、山手線などの線路が合流してきて、電車は十本あるうちの一番左側の線路を走るようになる。こんなに線路が並んでいるのは、おそらく日本全国でもここだけだろう。いかにもターミナル駅が近づいているという感じだ。

そして、電車は上野駅の十一番線ホームに滑り込んだ。四十分ほどの乗車だったが、とてもスリルを味わうことができた。本当に、常磐快速線は素晴らしい路線だと思う。

 

上野駅からはこのまま折り返して取手まで戻ってもいいのだが、あえてそれはやめておこうと思う。

実は、常磐線の103系には、MT55型モーターを搭載した低音モーター車と、MT55A型モーターを搭載した高音モーター車の二つがある。今まで乗ってきたのは低音モーター車だ。だからせっかくであれば、高音モーター車の走行音も録りたい。というわけで、上野駅で高音モーター車を待ち伏せしようと思う。


今まで乗ってきた103系は見送るわけだが、ここで一つしておきたいことがある。それは、ブロワー音の収録だ。

国鉄型車両は、始発駅など、停車時間のある駅を出発する数分前に、ブロワーを起動する。その起動音が「ギュアァァァ~ン」といった感じの独特な音で、とてもかっこいいのだ。

 床下機器の音は反対側のホームからのほうが録りやすいので、僕は隣の十番線に移動した。いつブロワーが動き出すかは分からないので、発車の五分前に録音を始め、ブロワーの前で待機しておく。


 そして発車三分前、その独特な音を立てて、ブロワーが動き出した。車両は1970年前後に作られたものなのに、ブロワーの音はSF映画に出てくる、宇宙船の発進音のような近未来的なものだ。とても少年心をくすぐられる。403系や415系などの、常磐線を走る他の車両でもこの音は聞くことができるが、103系には103系の「味」があると思う。

 発車ベルが鳴り終わり、電車は取手に向けて発車していった。その後ろ姿を、一眼レフでパシャリと撮っておいた。

 

 取手駅では103系がなかなか来なくて飽き飽きしたが、上野では二本目に103系が来た。しかも高音モーター車だ。ラッキーなこともあるもんだと思いながら、車内に入る。

取手の時と同じように、車掌の放送が流れると同時に録音を始める。まもなくして、ホームに発車ベルが響き渡った。まさに旅立ちという感じだ。これを、中電(常磐線の取手以北に乗り入れる中距離列車の通称)のボックスシートに座りながら聴くと、本当に気持ちが盛り上がるものだ。


 電車は上野駅をゆっくりと発車した。窓の外を見ると、山手線の205系が並走している。山手線の205系も、あと一、二年で置き換えられてしまう予定だ。まだまだ走れるのにもったいないなと思いながら見ていると、あちらは鶯谷駅に進入し、ほどなくして視界の後ろに消えていってしまった。

 日暮里、三河島、南千住と停まり、北千住を出ると、電車はいよいよ快速らしい走りをするようになる。低音モーター車とは違い、速度を上げると「グアァァァ~ン!」と甲高いモーター音を出す。低音モーター車とはまた違った迫力がある。

 

江戸川を渡って千葉県に入ると、電車は速度を落とし、ポイントを通過して松戸駅の二番線に入った。二番線に入った……、ということは、特急の通過待ちをするんだな?

 そう予想をしていると、案の定、「特急列車通過待ちのため少々停車いたします」という車掌の放送が入った。松戸での特急待避はよくあることだが、こうやって予想が当たると、やはり嬉しくなる。

三分ほど経って、接近放送が流れだした。「プワァァ~ン」と警笛を鳴らして、『スーパーひたち』が通過していく。早すぎて車内はよく見えなかったが、そこそこ乗客はいるみたいだ。休日なので、ハワイアンズにでも行くのだろうか。


『こころ』が流れ、電車は松戸を後にした。ポイントを通過し終えると、電車は「やっと本気を出せるぞ~!」と言わんばかりに一気に加速し始めた。

さっきも言ったが、松戸から柏の間は、常磐快速線が一番爆走する区間だ。電車は高音モーターの音を、壊れそうなくらいの勢いで轟かせながら、全速力で走る。低音モーターの音はどちらかというと腹の底に響くような爆音だったが、こちらは甲高いので、鼓膜が破れないか心配になってしまう。


「まもなく、柏、柏です。お出口は、右側です。通過いたします、北柏へおいでのお客様と、東武野田線はお乗り換えです」

 車掌がそう放送したみたいだが、モーター音にかき消されてよく聞こえなかった。415系含めて、常磐快速線あるあるだ。電車はすぐに速度を落とし始め、柏に到着した。『教会の見える駅』を聞いて、上りの時の松戸と同じように安心する。


 柏から先は乗客も減り、十五分しないうちに終点の取手に着いた。この後は成田線の走行音を録るつもりなので、この電車でこのまま折り返そうと思う。今日はフリーきっぷを使っているので、一旦改札を出なくても大丈夫だ。

 十三分の折り返し時間に、降りたホームと隣のホームを行き来しながら、十分ほど写真を撮った。車内には発車の二分前に戻った。

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