#43 懐かしの車両

 三日目、冬旅の最終日。

少し余裕を持って六時に目覚ましをかけた。快志以外はすぐに起きられたが、快志だけは布団にうずくまって出てこない。みんなで「起きて」と声をかけてもろくな反応が無いので、見かねた隼人と利府くんが布団から引きずり出し、洗面所に連れて行った。顔に水道の冷たい水をかけると、ようやく目が覚めたのか、快志は「冷たっ……」と言って自分で顔を拭いた。

広間でご飯と味噌汁、そして簡単な和え物の朝食を摂ると、僕達はおばあさんから乾いた洗濯物を受け取り、身支度を整えた。


 しばらくくつろいでから、出発の時間になった。

「本当に、お世話になりました」

 僕は代表してお礼を言った。

「いいえ、子供達がいっぱい来て、私達も楽しかったわ。またいつでもおいで。あ、そうだ、いいお土産があるんだった」

 そう言うと、おばあさんは奥の部屋に入っていった。二分ほどして再び現れたおばあさんの手には、四個のビニール袋が提げられていた。

「これ、うちで採れたりんご。よかったら持って帰って」

「えっ? いいんですか?」

 一晩泊めてくれた上にこんなものまでもらえるとは、恐縮してしまう。

「もちろん。クリスマスプレゼント、ね」

 おばあさんはにっこり笑ってそう言うと、僕達に一つずつ袋を渡してくれた。利府くんの分はないが、おそらく彼は定期的にりんごをもらっているのだろう。

「ありがとうございます!」

 みんなでお礼を言った。これは家族が喜びそうだ。ビニール袋の中を見ると、大きくて立派なりんご達から、いい香りがしてきた。

「この先も気を付けて行くんだよ」

 おじいさんが言う。僕達はもう一度あいさつをしてから、家を後にした。

「じゃあ、また一週間後に来るから」

 利府くんが言った。そうか、あと一週間もすれば、もう年明けなんだ。

 

須坂駅に着き、改札を通った。昨日はよく見ていなかったが、駅の横には車庫が併設されていて、何編成か車両が留置されていた。

 

 やってきた屋代線のホームに停まっていたのは、3500系だ。昨日見た3600系と、ほぼ同じ仕様の車両である。

「懐かしいよな。小さい頃の日比谷線だよ」

 そう言いながら、車内に入った。座席のモケットは黄色系のものに交換されているが、それ以外の内装はほぼ営団時代のままだ。

「この小さいドアも健在かあ」

 隼人が言う。

「小さい頃、まだ背が小さかったから、外が見えなくてがっかりしたよね……」

 利府くんが言う。確かにそれは、あるあるだった。

「営団の6000系とかもそうだけど、この時代のステンレス製の車両のドアの窓は、小さいのが多いよね」

「確かに、201とか203にも小窓車はいるけど、このあたりの時期に作られた車両は、それ以上に窓小さいもんね……」

 佑ノ介は苦笑しながら言った。


 発車時刻になり、電車は須坂を発車した。須坂を出てしばらくは住宅街の中を走っていたが、そのうち建物は少なくなり、のどかな畑作地帯を行くようになった。その中には、りんご畑も混じっている。千曲川を挟んで西に十キロほどのところには、長野市の中心部があるはずなのだが、そうとは思えない車窓だ。

 特急電車には車掌が乗務していたが、この電車はワンマン運転らしい。駅を発車した後と到着前に、自動放送が流れる。こういうワンマン運転時の自動放送は、ローカル線感を感じさせてくれていい。駅舎やホームも、長野線と比べて簡素な造りのものが多く、これもまた、いい雰囲気を醸し出していた。

 途中、松代まつしろでは対向電車とすれ違った。松代駅には大きな木造の駅舎があり、ホームも二面あって三番線まであった。乗降もそれなりにあったので、この路線の中核駅にあたるのだろう。ちなみに余談だが、新潟県を走る「ほくほく線」という路線には「まつだい」という駅があるので、僕は最初この駅を、それにつられて「まつだい」と読んでしまった。


 須坂から四十五分ほどで、電車は終点の屋代に着いた。この駅でしなの鉄道と連絡していて、駅も共用だった。中間改札はないらしく、運転手が長野電鉄の切符を回収し、乗客に清算済み証を渡していた。「持ち帰らせて下さい」と言ったら、切符に無効印を押してくれた。

 ホームに下りる。柱や梁、そして待合室などは木でできていて、とても味があった。屋代線のホームは四番線と五番線だったが、四番線は使われていないらしく、フェンスが設置されていた。僕達は写真を撮り、木造の跨線橋を渡って駅舎に行った。


 さて、しなの鉄道のホームに移動して、列車を待っていたのだが、ここで不穏な空気が流れてくる。

「次に一番線に到着予定でした、八時五十六分発、普通列車長野行きでございますが、上田駅での車両故障の影響で、本日運休となっております。お客様には大変ご迷惑をおかけ致します……」

 との駅員放送が流れてきたのだ。

「これ、大丈夫……?」

 佑ノ介が心配そうに言った。利府くんがすかさずホームの時刻表を見る。

「ああ、良かった……。九時二十八分発の長野行きがあった。長野までは二十分くらいだから、飯山線の乗り換えには影響ないよ」

 利府くんはほっとしたような表情で言う。もともと、長野に着いてから飯山線の発車まではかなり時間があったので、助かった。

 時間ができたので、僕達はいったん駅を出て散歩をしに行った。駅舎は、コンクリート造だが木の温もりを感じる、温かみのあるものだった。


 後続の列車で、長野に向かった。車両は、赤、灰色、そして車体の下のほうに白いラインが何本か入った、「しなの鉄道色」とでも言えるようなカラーリングの、115系だった。屋代駅はしなの鉄道の駅だが、しなの鉄道は六年前まではJRだったので、発車する時には『JR‐SH5‐3』が流れた。

「しなの鉄道でJRの発車メロディーって、違和感がすごいな……」

「しかもこの曲って……。都心に引き戻された感もすごい」


 そして利府くんの言ったとおり、二十分ほどで長野に到着した。長野では飯山線の発車までに四十分ほど時間があったので、新幹線ホームの発車メロディーを録りに行った。新幹線ホームでは、十一、十三番線で『JR‐SH1‐1』、十二、十四番線で『JR‐SH1』が使われている。今回は、十二番線の『JR‐SH1』を、五コーラス録ることができた。駅員放送と、放送の仕様上戸閉め放送が被ってしまうのだが、これはこれで新幹線ならではのものなので問題はない。


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