#44 豪雪地帯を行く
収録が終わり、時間もちょうどよくなったので、飯山線が発車する、四番線に向かう。ホームでは、すでにキハ110系の二両編成が発車を待っていた。
「よし! ボックスシート確保~!」
快志が何かのミッションでもクリアしたかのように言う。
「危なかったね~、最後の二つだったよ」
「ここから三時間半乗り続けるからね。ロングシートだったら最悪だったよ」
利府くんが言う。
「しかもローカル線って、長距離乗る旅行客が多いから、なかなか席空かないんだよな……」
隼人が言った。ボックスシートをとれるかどうかは、ローカル線の旅の命運を握っているのだ。
十時三十二分、列車はエンジンをブルンブルンと震わせながら長野駅を発車した。三駅先の豊野までは、列車は信越本線を走る。
二駅目に、三才という面白い名前の駅があった。
「おれ、三歳の時にこの駅に連れてきてもらったらしい。覚えてないけど」
利府くんはそう言って笑った。
豊野を発車すると、列車は飯山線に入るが、そのあとも、次の信濃浅野に着く直前までは信越本線と並走した。信越本線が左に折れるようにして、線路が分かれていく。ここから先、飯山線は千曲川と並行するようにして走る。線路もカーブが多くなり、だいぶローカル線らしくなった。
豊野から三十分ほど走ると、列車は飯山盆地に入り、飯山に着いた。路線の名前になっている駅なのに、島式ホームがぽつりと一面あるだけで、拍子抜けするほど駅の規模は小さかった。構内踏切を渡った先に駅舎があるらしいのだが、どうも寂しく感じた。
今までは割と平坦なところを走ってきたが、飯山を過ぎると、いよいよ山が深くなってきた。ただ、千曲川に沿って走っているので、山越えという感じはしない。だんだんと積雪の量も増えていき、空もどんよりとしてきた。
「この辺って確か、めっちゃ雪降るんだよね?」
佑ノ介が利府くんにたずねる。
「そうそう。だから、飯山線は冬になると、たまに雪で運休になっちゃうんだよ。昔、
「えっ⁉ 八メートル⁉ ってことは……、三階建ての建物の窓くらいまで積もったってことだよね……?」
佑ノ介は驚いた様子でそう言う。
「うわっ……、恐ろし……」
僕も声が出てしまった。
この辺りから、千曲川が良く見えるようになってきた。雪も積もってきているので、だんだんとモノクロ写真のような景色になってきた。みんなしてカメラを取り出し、写真を撮りだす。
「やっぱり、川が見える車窓っていうのはいいよね」
佑ノ介が言った。
「なんというか、ボーっと見てられるよな~」
快志は外を眺めながら答えた。
桑名川を過ぎたあたりで雪が降り始めた。積雪もいっそう深くなっていく。たまに、自分たちの身長よりも高く積もっているところがあって、そういう場所を通過するたびに、「おお~!」と歓声を上げた。地元の人にとっては当たり前な光景なのだろうけど、ほとんど雪の降らない千葉に住んでいる僕達は、大興奮だ。
そして、さっきの利府くんの説明に出てきた森宮野原に着いた。あたりは本降りの雪になっている。ここでも八分ほど停まるらしいので、ホームに出てみることにした。そういえば、雪国に住んでいる人は、雪が降っていても、外に出るときには傘を差さないと聞いたことがある。本当にそれで平気なのか、検証してみることにした。
ホームに降りてみると、なにやら白い棒のような記念碑が立っているのを発見した。近づいて見てみると、そこには、「日本最高積雪地点」と書いてあった。
「これがさっき、利府くんが言ってたやつか」
「そう。えーっと、『七・八五メートル 昭和二十年二月十二日』って書いてあるね。もう六十年も前のことだったのか」
「昭和二十年二月ってことは、戦時中だな」
隼人がそう言う。ただでさえ戦争で大変だっただろうに、こんなドカ雪まで降られたら、たまったもんじゃなかっただろう。
記念碑の写真を撮り終わり、僕は体に付いた雪を払って車内に入った。確かに、体はほとんど濡れていなかった。
列車は森宮野原を発車した。ここから先は、新潟県だ。それを実感させるように、森宮野原から二つ目には、越後田中という駅があった。
「そういえばさあ」
僕は言った。
「地図見て思ったんだけど、信濃川と千曲川って、同じ川だよね?」
「その通り」
利府くんが答える。
「地図見てると、途中で呼び方が変わってるけど、どこが境目なの?」
続けて聞いた。
「一般には、新潟県と長野県の県境だね。そこから新潟県側が信濃川で、長野県側が千曲川」
「へぇ~」
「これは豆知識として覚えておいたほうがいいな」
快志が言う。それにしても、新潟県では信濃川とよばれているのに、肝心の長野県ではそうよばれていないのは、少し面白い。
辺りが開け、田畑が増え始めると、列車は
十五分ほど走ると、だんだんと建物の数が多くなってきた。北越急行の近代的な高架線が近づいてくると、列車は十日町に到着だ。
十日町では、なんと三十分以上も停車する。いわゆる「バカ停」というやつだ。駅舎の待合室に駅そばがあるらしいので、停車している間に、そこでお昼を頂く。
そば屋に向かって駅舎を歩く。さすがはこの地域の中核駅で、近代的できれいな駅舎だった。六年前に北越急行が開業したのに合わせて、建て替えられたのだろう。
店先の券売機で食券を買い、店員に渡した。僕は月見そばを食べた。味はごく普通の駅そばで、安定の美味しさだった。
食べ終わってホームに戻る。
「ほくほく線のホームは立派な高架の上にあるのに、飯山線は古びたホームに一両のディーゼルカーだけって、格差がすごいな」
隼人が言った。
「確かに、改めて見るとそうだなぁ」
かたやスーパー特急が160キロで走る高規格路線、かたや赤字ローカル線だ。差は歴然だった。しかし、こちらのほうが時代に流されぬ穏やかさのようなものがあるとも思う。
車内に戻りしばらくすると、列車は越後川口に向けて再び走り出した。十日町の市街を抜けると、また信濃川が寄り添ってくる。
二十五分ほど走り、最後に魚野川を渡ると、列車は終点の越後川口に着いた。ホームに降りると、魚野川のせせらぎが聞こえてきた。雪もしんしんと降り続いている。
「長かったけど、まあ楽しかった。とにかく、雪がすごかったよな」
快志が言う。なんともざっくりとした快志らしい感想だ。
「今度は夏に乗ろうぜ。夏は夏で緑が良さそうだし」
僕はみんなに言う。
「それもいいな」
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