#45 関東の空気
五分の接続で上越線に乗り換えた。行先は水上、群馬県だ。
「なんか、関東の行き先見ると安心するな~」
「まあ、水上から柏だと、三時間半くらいかかるけどな……」
隼人が言う。そろそろいい加減疲れてきた。
越後三山を左手に望みながら、列車は魚沼盆地を南へ行く。駅に停まるにつれて、だんだんと東京方面へ帰るスキー客が増えてきた。
越後湯沢で大半のスキー客たちは降りていった。車内に残っているスキー客たちは、「せっかくだからこの先も上越線に乗っていこう」という物好きなタイプの人達だろうか。ここから先は、鉄道マニアの間以外でもまあまあ知名度のある、上越線の山越え区間だ。
越後中里を出てトンネルに入ると、列車は右にカーブを続ける。トンネル内からだと全く分からないが、実はこの時、列車はループ線を通過しているのだ。
長いトンネルを出てしばらくすると、列車は
土樽はトンネルに挟まれた駅で、土樽を出ると、列車はすぐに清水トンネルに入る。上越線の下り線は、新清水トンネル、上越新幹線は
―国境の長いトンネルを抜けると、そこは、土合駅であった。
「土合って、トンネルの中にあるイメージが強いけど、トンネルの中にあるのは下りホームだけで、上りホームは地上にあるんだよね」
利府くんが言った。
「前に雑誌かなんかで、土合駅の下り列車から上り列車に、階段を上って五分で乗り換えられるのかっていうチャレンジを読んだことがある」
これは佑ノ介だ。
「それやってみたいけど、きつそうだよな……」
隼人はそう言って苦笑いを浮かべた。僕はやろうとすら思わない。
土合を出て、一つ目のトンネルを抜けると、列車は少しの間、地上を走る。実は今走っているその下を、この列車はこの後、トンネルで通過するのだ。つまり、これもループ線である。
「もし下がトンネルじゃなかったらなあ……」
利府くんがそう呟く。もしそうだったら、本当に面白い眺めになるだろう。
列車は水上に到着した。ここで、高崎行きの普通列車に乗り換えだ。水上駅のホームは、屋根を梁のような柱で支えていて、どこかレトロな雰囲気だ。ホームがカーブしていて、振り返れば越後山脈が壁のようにそびえ立っている。これも、情緒を誘っていていい。しかも今日は、雪が積もっているからなおさらだ。
「いや~、『高崎』って方向幕を見ただけでなんか安心するな~」
快志は湘南色の115系の列車を見ながら、嬉しそうに言った。
「ほんとだよ。もう帰ってきたようなもんだよね」
隼人はそう言った。さっき、「水上から柏まで三時間半かかる」と言っていたばかりなのに……。
ボックスシートに座り、高崎に向けて列車に揺られる。
渋川まで来ると、もうすっかり雪は無くなっていた。左のほうを見ると、赤城山が夕暮れ時の赤に染められていた。
「もうそろそろ、この旅も終わりかぁ……」
佑ノ介が少し寂しそうに言った。
「泊まりで行くのが初めてにしては、なかなかうまい具合にいけたよな」
隼人が言う。
「みんな、どこが一番思い出に残った?」
四人に聞く。
「おれは弘大のおじいちゃんとおばあちゃんの家かな。みんないい人だったし、卓球楽しかった」
快志が言った。
「おれも」
隼人も同じらしい。
「おれは姨捨かな。また行ってみたいと思った」
佑ノ介は言った。
「僕は、みんなに長野を案内できたのが楽しかったよ。また来たいとか言ってもらえて、嬉しかった。須賀川くんは?」
「うーん……。どこもよかったけど、やっぱり利府くんのおじいちゃんとおばあちゃんの家かな。何気に、今回で行くの最初で最後かもよ? 鉄研の人数も増えるだろうし」
「確かにそうだね……。まあ、またこの五人だけで遊びに行けばいいでしょ」
隼人が言った。確かに、それなら大丈夫そうだ。
そして、高崎に着いた。さっきまでの雪景色が嘘のように、日が落ちた後の空には雲一つなく、乾いた北風がびゅうびゅうと吹いている。
「寒っ……」
「関東だね~、このカラカラ感は」
吹いているのは、俗に「からっ風」とよばれる風だろう。僕は、そんな関東の空気に、少しの懐かしさすら覚えていた。
高崎では四分の接続で、上野行きの列車に乗り換えられた。快速だと早くていいのだが、あいにくの普通列車だった。車両はE231系だ。
「新しいのはいいんだけど、椅子がめっちゃ硬いんだよな……」
そんなふうに愚痴をこぼしながら、車内に入る。一、二日目もそうだったが、今日は特に、座りっぱなしで下半身がバキバキだ。硬い椅子が追い打ちをかける。ボックスシートに座ったが、そんなものに意味はなく、板に座らせられているかのようだった。唯一の救いは、二号車に乗ったので、僕の好きな「墜落インバータ」が聞けることだ。
列車は墜落インバータの音を響かせて高崎を発車すると、一路、上野に向けて走り始めた。空いた車内に、MT73型モーターの爆音が響き渡る。
「103系も爆音だけど、実は231も結構モーター音でかいんだよな」
僕はそんなことを言った。
だんだんと街が賑やかになっていき、列車は大宮に着いた。やっと電車区間まで戻って来られた。
そして、大宮から三十分ほどで、ついに列車は上野に到着した。あとは常磐線に乗るだけだ。
今日は平日で、先に発車する中電は混んでいたので、後続の取手行きで帰ることにした。車両はE231系だった。先ほどまでの1000番台よりも少しは椅子が柔らかいが、それでも硬いことに変わりはない。本当は椅子の柔らかい103系に来てほしかったが、置き換えが進んでいるので仕方がない。
電車はたくさんの帰宅客を乗せて、上野の十一番線を発車した。すぐさま自動放送が停車駅の案内などを始める。少し走ると日暮里で、ここでまた客がどっと乗ってくる。久しぶりの都会の空気に頭がくらくらしそうだ。
北千住を過ぎると、列車は直線区間を高速で走り始めた。先ほどの1000番台に負けじと、モーター音を轟かせる。こうやって、スピーディーに最寄り駅まで連れていってくれるから、常磐快速線は頼もしい。北松戸、馬橋、新松戸……、暗くても、どの駅を通過しているのかが分かる。最近は日帰り旅には慣れてしまったので、帰って来たときの安心感を忘れてしまっていたが、こうやって二日ぶりに帰ってくると、安心感と達成感が混じったような独特な感覚を、強く覚える。
柏で電車を降りた。『教会の見える駅』の温かいメロディーが、僕達をねぎらってくれた気がした。
駅員に18きっぷを見せ、改札を出る。ここからは、定期を使ってそれぞれの家の最寄り駅へと帰る。
「それじゃあみんな、お疲れ様」
僕は四人に言った。
「じゃあね。よいお年を」
「あ、そっか。もう年内に会うのは多分これで最後か。じゃ、よいお年を」
隼人と快志は野田線の改札口へと向かっていった。僕達JR組は、二人を見送ったあと、改札に入る。
「じゃあ、また」
最後、代々木上原行きの電車に乗り込む二人を、僕はそう言って見送った。来年は、果たしてどんな鉄道の旅をするのだろうか。なんだか楽しみになってきた。
〈続く〉
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