#52 登校中、まさかの……

 週明け。東横線を一日耐久した「成果」を、鉄研のみんなに話した。

「へぇ~。それじゃあ、通勤特急以外は一通り録れたってことか。よかったじゃん」

 隼人が言う。

「でも一日耐久、よくやりきったね。体、大丈夫だったの?」

 治也が音鉄同士らしい質問をする。

「全然大丈夫じゃなかったよ。途中から全身痛かったし……。なんか絶対体に悪いことしてる気がする」

 おそらく、今日から毎日ストレッチなどをして、体をほぐす必要があるだろう。

「だよなあ……。まあ、お疲れ!」

「そうだ、東横線の走行音録ったMD、一枚焼いておれにくれない?」

 隼人が言った。

「それなら僕ももらおうかな。須賀川くんの録った走行音、音質いいし」

 珍しく利府くんも僕の走行音を欲しがった。特に「音質いいし」と言われたことに対しては、えも言われぬ嬉しさが湧いてくる。

「おっ、二人ともいいよ! そうだなあ……、まあ明後日までには焼いとくよ!」

 そして僕の口からはそんな言葉が漏れ出る。MD焼くの、地味にめんどくさいんだけどな。

「よろしくね」

 まあ、かと言って、すごく面倒くさいかと言われると全然そんなことはないので、ここは喜んで引き受けておくことにしよう。

「あとさあ」

 そして隼人がまた喋りだした。

「来週、東横線にみんな乗りに行くじゃん? おれの代わりに、誰か前面展望撮ってほしいんだよね」

 そう言って、隼人はビデオカメラを取り出した。

「いちおう、おれも三十日に行けることになったんだけど、夜で、前面展望は撮れないからさ……」

 隼人は残念そうに言う。

「誰に撮っておいてほしい?」

 僕は聞いた。

「うーん、快志は落ち着きがないし、友軌は背がちっちゃいし……、まあ、利府とか佑ノ介だな。あと石越か」

「いやちっちゃいからダメって……」

 正直イラっとしたが、まあ確かにそれは事実だ。しかし、ギリギリ160センチはあるので、あまり甘く見ないではほしい。

「そうだなあ……。カメラとか使い慣れてるだろうし、佑ノ介にお願いしようかな」

 そう言って隼人は、佑ノ介にビデオカメラを渡そうとする。

「え……? おれ、一眼は使い慣れてるけど、ビデオカメラは使ったことないよ……?」

 と、佑ノ介は自信なさげに言う。

「まあ、使い方教えてあげるから、お願い……!」

「わかった……」

「じゃあ、託すわ」

 そうして、ビデオカメラは佑ノ介の手に渡った。


―そんな平凡な日々が続く中……。


 一月二十一日、水曜日。登校中、僕はいつものように、我孫子駅に向かって歩いていた。そして、駅の横まで来たその時……


 なんと、ATOSの接近チャイムが聞こえてきたのだ……!

(え⁉ 嘘だろ? 空耳か……?)

 一瞬そう思った。だが……、


「まもなく、五番線に、快速、上野行きが、まいります。危ないですから、黄色い線まで、お下がりください。この電車は、四つドア、十五両です」

 と、放送も流れてきた。

(これってまさか……。常磐線がATOS化したってこと……⁉)

 これは大変だ。これから、常磐線の放送が大きく変わるかもしれない。

 急いでホームに向かう。各駅停車は……、各駅はどうだ……⁉

 そして八番線のホームへ降りた。すると……、

「本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。七番線に、停車中の、電車は……」

 その発車予告放送を聞いて、僕はさらに驚いた。なんと、このATOS型放送は、従来のそれから、言い回しが変わっているのだ。今までは、「本日も、ご利用いただきまして……」という文面だった。さらに……、

「本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の、八番線の、電車は……」

 今度は男声の到着予告放送が流れてきた。今まで到着予告放送は、女声の放送のみだったのだ。

(すごい、すごいぞ……!)

 大興奮のまま、電車が来るのを待つ。今日はもう、勉強どころじゃないな……。


「まもなく、八番線に、各駅停車、明治神宮前行きが、まいります。危ないですから、黄色い線まで、お下がりください」

 まもなくして、接近放送が流れてきた。今までは、「八番線に、電車がまいります。黄色い線の内側へ、お下がりください」というシンプルな放送だったが、これからは電光掲示板を見なくても、行き先がわかるようになった。

ここで僕は、我孫子駅に新しく導入されたATOS型放送の、もう一つの変更点に気づいた。それは、「〇番線」のアクセントだ。今までは、女声の場合は、「まもなく、五番←線→に」と、男声の場合は、「まもなく、ごばぁん、線に」と、不自然な発音をしていた。でも、今回我孫子駅に導入されたATOS型放送では、どちらの声でも、自然なアクセントで発音されるようになったのだ。どうやら、今回のATOS化から、ATOS型放送は飛躍的に進化したらしい。ワクワクが止まらなくなってきた。


 到着した電車に乗り込む。到着放送も流れるかと思ったが、どうやら到着放送は付いていないらしい。

『twilight』が流れ、「八番線、ドアが閉まります。ご注意ください」と戸閉め放送が流れた。いつもの我孫子駅なのに、なんだか別の駅にいるような感じがした。

電車に揺られながら、他の駅はどうなんだ? という風に気になった。今までにATOS化した路線は、僕が音鉄になる前にATOS化していた。だから、いつの間にか放送が変わっていたという感じで、どういうふうに放送が更新されていったかなどは分からなかったのだ。


 結果は、北柏も柏も、従来の放送のままだった。とりあえず、ほっとしたという感じだ。


 いつもどおり学校には行ったが、案の定、興奮しすぎて授業どころではなかった。早くATOSの放送を録りたいというのと、早く鉄研で、みんなにATOS化について話したいという気持ちでいっぱいだった。


 そして、六時間目が終わった。

僕は飛んでいくように鉄研の部室に行った。佑ノ介が、「ちょ、ちょっと待ってよ~!」と言いながら僕を追ってきた。教室に着くと、ちょうどいいことに、治也がもう来ていた。

「あ、治也! すごいことが起きたんだよ……!」

「ん? どうした……?」

 治也はいきなり熱のこもった声で話しかけられて、少しびっくりした様子で言った。

「我孫子駅が、ATOSの放送になってたんだよ!」

「え⁉ それマジ⁉」

 治也の顔色が変わった。

「マジだよマジ!」

「それはやばいって!」

 開始十秒でテンションMAXだ。同時に語彙力も消失しているから恐ろしい。

「しかも、新型のATOS放送!」

「え、どういうこと? 声優が変わったとか?」

「文面が変わったんだよ! あと、到着予告放送とかに、男の人の声のほうも流れるようになった!」

「おお! 津田さんの放送が増えたのか!」

「津田さん……? 誰それ……」

 初めて聞く名前だ。

「ああ、友軌は知らないんだ。ATOSの放送の男声を担当してるのが津田つだえいさんで、女声を担当してるのが向山さきやま佳比子けいこさんっていうんだよ」

「あ、なるほど……」

 さすが、音鉄を僕より二年長くやっているだけあって、知識量がある。

「ちなみに、文面が変わったって言ってたけど、具体的にどんなふうに変わってたの?」

「到着予告放送とかの、『本日も、ご利用いただきまして、ありがとうございます』っていうのが、『本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます』ってなってて、あと、『なん番線』の発音の仕方が、今まで継ぎはぎだったじゃん? それが、自然な発音になってた」

「なんか、『一新』って感じだね。これから面白くなりそうだな~!」

「あの……」

 と、僕と治也が夢中になっていると、佑ノ介が困った様子で会話に入ってきた。そういえばいたんだっけ。

「君たちが言ってることぜんっぜん分かんないんだけど……。つまり……、我孫子駅の放送が変わったってこと……?」

「そうそう。ATOSに……、あ、東京のほうとかでよく使われてるやつね、あれに変わったんだよ。新松戸とかは、変化ない?」

「いや? 今日の時点では、いつもの放送のままだったよ」

「南柏も、変化はないね。路線がATOS化するときって、一、二駅くらいで放送が先行導入されて、それからしばらく経ってから他の駅の放送が更新されることが多いから、多分我孫子駅のは先行導入だと思うよ」

「なるほど……。てか、治也の最寄りって、南柏なの?」

「そうだよ~」

 そういえば今まで知らなかった。


「なんか盛り上がってるけど、なんの話?」

 三人で話していると、隼人がやってきた。

「我孫子駅がATOS化したんだよ!」

「おおほんとに? ついに常磐線にもその時が来たのか! これで都会の路線の仲間入りだな」

 少し嬉しそうに言った。まあ、隼人は野田線ユーザーなのだが。

「あ、そうだ。明日の放課後、我孫子駅のATOS、一緒に録りにいかない?」

 治也に言う。

「いいよ。ついでに柏駅のユニペックス型も録っておくか。柏が変わるのはしばらく後だと思うけど、いつ変わるか分からないし……」

「そうだね。じゃ、明日はバッグに録音機材一式入れてきて!」

「OK!」

 初めての治也との収録。すごく楽しみだ。

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