#53 初めてのペア収録
次の日。治也とは隣の教室なので、帰りのホームルームが終わると、僕は二組のドアの前で治也を待った。
「よし、じゃあ行くか」
今日は、佑ノ介は鉄研に行って船岡くんと話すらしく、一緒には帰らないことにした。他の人達を待つのも時間がもったいないので、今日は治也と二人での帰宅だ。
柏駅に着いた。
「じゃあまずは、とりあえず我孫子から行くか」
そう言って改札を入り、ちょうど来ていた快速に乗った。
「どうする? 全番線録る?」
我孫子駅に着いて、治也が聞いてきた。
「うーん……、いま四時過ぎたところでしょ? 帰宅ラッシュもあるし、六時半くらいに家帰りたいから、収録できるのは二時間かな。だとすると、全番線録るのは時間が厳しいと思う」
相談した末、我孫子では、一番線の放送各種、二番線の折り返し放送と発車予告放送、五番線の放送各種、六番線の接近放送と発車予告放送、そして八番線の接近放送を録ることにした。いやほぼ全部じゃん! と思うかもしれないが、これでも削ったほうだ。ちゃんと一時間ほどで収録しきれると思うので、安心してほしい。
降りた一番線のホームで、早速収録の準備を始める。
「ええと、ここスピーカーが二つ付いてるから、こっちでおれが録って、そっちで友軌が録ればいいか」
治也が言った。二人でスピーカーを分け合う。音鉄同士で収録に行くと、こんな楽しげなことができるのか。
まずは、到着予告放送から録ろうと思う。
「本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の、一番線の、列車は、十、六時、十、八分、発、普通、土浦、行きです。この列車は、四つドア、十五両です」
「なるほど~、これが津田さんの到着予告放送か~。言い回しも変わったし、なんだか新鮮な感じだね」
「そうなんだよ。てか、『四つドア十五両』ってことは、次来るのゴマイチか。加速と減速の音録りたいけど、まあ今日は放送を優先するか……」
少し残念ではあるが、まあ、また別の機会に録ればいいだろう。
列車が来る二分半前になったので、スピーカーにマイクを付けて、接近放送が流れるのに備えて録音を始めた。
「まもなく、一番線に、普通、土浦、行きが、まいります。危ないですから、黄色い線まで、お下がりください。この列車は、四つドア、十五両です」
「おれ気づいたんだけどさあ」
治也が言った。
「ん?」
「今までのATOSでは、『この、列車は』とか『十五両、です』とか、継ぎはぎになってたじゃん? でも、新しいのは、『この列車は』とか『十五両です』って、普通に言うようになったね」
「確かに! そういえばそうだな~」
二人だと、こうやって一人だと気づけないことにも気づくことができる。
発車メロディーと戸閉め放送を録り終わると、僕達はひとまず五番線に向かった。五番線で流れているのは、女声の放送だ。
「まもなく、五番線に、普通、上野行きが、まいります。危ないですから、黄色い線まで、お下がりください。この列車は、三つドア、十一両です」
接近放送が流れだした。朝は駅の外からしか聞けなかったが、今、ちゃんと聞くことができた。415系が入ってくる。
ドアが開いて、発車メロディーが流れた。そして、列車は発車していく。
「本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の、五番線の、電車は、十、六時、三十、二分、発、快速、上野行きです。この電車は、四つドア、十五両です」
列車が発車してすぐに、到着予告放送が流れた。
「こっちの言い回しのほうがいいね~。あと、発音が自然になったせいか、なんか声も爽やかになった気がする」
治也が言う。
「確かに、前よりも透き通った感じになったかもね。まあ、我孫子はスピーカーの音質もいいし、それもあるのかな」
到着予告放送を録り終わると、今度は急いで二番線に向かった。成田線の折り返し列車の接近放送を録るためだ。
「ふう……、なんとか間に合った……」
そう言いながら、一脚を伸ばす。録音を始めたすぐ後に、接近放送が流れ始めた。
「まもなく、二番線に、当駅止まりの、列車がまいります。危ないですから、黄色い線まで、お下がりください。この列車は、十両です。この列車は、折り返し、十、六時、四十、四分、発、普通、成田、行きとなります」
「おっ、103系だ!」
一足先に僕が気づいた。
「ほんとだ。見られてよかったね~」
いったい、あと何編成残っているんだろう。
非常ブレーキの音がホームに響き渡り、ドアが開いた。乗客がどんどん降りていく。この後すぐに、発車予告放送が流れ始めるはずだ。
「本日も、JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。二番線に、停車中の、列車は、十、六時、四十、四分、発、普通、成田行きです」
発車予告放送を録り終わってから、最後に各駅停車のホームで放送を録った。それが終わると、唐木田行きに乗って、柏駅に向かった。次は、ユニペックス型放送の収録だ。
「まもなく、二番線に、下り電車がまいります。黄色い線の内側に、お下がりください。まもなく……」
柏駅に着いてホームに降りると、すぐに反対のホームの接近放送が流れだした。真新しいATOSの放送をたくさん聞いたあとにこの放送を聞いて、なんだかほっとする。
「さ、録るか!」
そんなことを考えていると、治也が意気込んで言った。僕は彼について行って、快速線のホームに向かった。
「今の時間だと、乗降が多くて録りにくいんだよな……。まあ、十五号車のほうならマシか」
僕達は、ホームの一番取手寄りにあるスピーカーで録ることにした。ただ、スピーカーが一個しかなかったので、二人で一つのスピーカーを使うことになってしまった。少し窮屈だが、放送が録れればそれでいい。
三番線に先に列車が来るらしいので。三番線側のスピーカーにマイクを付けて、放送が流れるのを待った。
「まもなく、三番線に、上り電車がまいります。黄色い線の内側に、お下がりください。まもなく……」
接近放送が流れだした。少しして、415系の普通列車が、「プワァ~ン」と警笛を鳴らしてやってきた。
「ご乗車ありがとうございました~、柏で~す。車内にお忘れ物などないようご注意くださ~い。三番線は~、上野行きで~す」
駅員の放送と一緒に、『SF10‐43』が流れる。
「三番線、ドアが閉まります、ご注意ください。駆け込み乗車は、危ないですから、おやめください」
戸閉め放送が流れて、ドアが閉まった。
「我孫子駅の放送もそうだけど、今まで聞き慣れてきた放送が常磐線から無くなろうとしてるのは、やっぱ寂しいよな……」
治也に言った。
「そうだよね。まあ、時代の流れだからしょうがないんだけどなあ……。ATOSのほうが親切なのは確かだし……」
もっともらしい答えだ。
次に録るのは、四番線の放送だ。このホームの接近放送は男声で、声が特徴的なので、印象に残りやすい。
三番線と同じ文面の接近放送が流れ、E231系の取手行きが入ってきた。ドアが開くと、帰宅客が一斉に降りてきて、みんな階段に歩いていく。そんな帰宅客をねぎらうように駅員の放送が流れ、疲れを癒すように『教会の見える駅』が流れた。
「四番線! ドアが閉まります! ご注意ください! 駆け込み乗車は、危ないですから、おやめください」
少し怒ったようにも聞こえる戸閉め放送が流れた。この放送はあまり好きではないのだが、もう少しで無くなってしまうのかと考えると、急に愛おしくなってくる。
快速線の放送を録り終えて、緩行線のホームに戻った。ATOS型放送と違って、放送の種類が少ないので、短い時間で収録を進めることができる。
一番線の電車が先に来るらしいので、電車が来る二分半前に、録音を始めた。
「まもなく、一番線に、上り電車がまいります。黄色い線の内側に、お下がりください……」
電車がやってくる音が聞こえた。でも、いつもとは少し音が違う。これはもしや……?
「おっ、209系だ!」
僕は叫んだ。
「ほんとだマルキューだ! これはラッキーだね」
三菱GTOの音を響かせて、電車はホームに停まった。
「もう……、放送録ってなかったら電車の音録るのに……」
このパターンは今日で二回目だ。とても悔しい。
快速線ホームのように駅員の放送はなく、ドアが開いてしばらくすると、『SF10‐31』が流れた。
「ちょっと前はこのホームで、雲友が聞けたんだけどな……」
録り終わって、僕は言った。
「もうメロ変から半年以上経つのか……。友軌は雲友好きなの?」
「うん。前は我孫子でも聞けたんだけどな……」
「最近常磐線で宗二郎メロが聞ける駅減ってきてるからね……」
治也は僕に共感したのか、少し寂しげにそう話した。
「一番線、ドアが閉まります。ご注意ください。駆け込み乗車は、危ないですから、おやめください」
209系が静かなホームにVVVFの音を響かせながら、発車していった。
その後、すぐに二番線に電車がやってきたので、二番線の放送を回収し、改札を入り直して、ホームに戻った。
「じゃあね。初めての二人での音鉄、楽しかった」
治也は優しく笑ってそう言った。
「それはよかった。じゃ、またよろしくな」
「おう」
新型ATOS導入に沸いた二日間は、これで終わった。
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