#33 信州へ
文化祭の準備に始まり、取手駅の発車メロディーが変わり、鉄道同好会ができて、そして最後は新松戸駅のメロ変に終わる。色々とあった二学期だった。
そんな二学期も、十九日の始業式で幕を閉じ、冬休みが始まったという高揚感を味わっているうちに、すぐに冬旅の当日がやってきた。
十二月二十三日、天皇誕生日の、朝五時半過ぎ。
「青春18きっぷでお願いしまーす」
駅員に、まずは一人分のスタンプを押してもらい、改札を通った。新松戸に着くまでに五人分のスタンプが全部押されるのかと考えると、なんだか面白い。
七番線に停まっていた各駅停車に乗り込み、柏に向かう。柏に着くと、僕は野田線の改札前に向かった。
「おはよう」
野田線の改札を出た場所で、隼人が待っていた。しかしどうしたことか、快志の姿がない。
「あれ? 快志ってどこにいるか知ってる?」
僕は心配になった。
「なんか寝坊したらしい。一本後で来るってさ」
「えっ⁉ 各停間に合うかなあ……」
「大丈夫。もうすぐ着くらしいから」
それなら安心だ。
快志はちゃんと、一本後の電車で来た。JRの改札で新たに二人分のスタンプを押してもらい、緩行線のホームに下りる。
五分ほどで203系がやってきて、それで新松戸に向かった。
新松戸駅の改札を出ると、佑ノ介と利府くんはすでに僕達のことを待っていた。
「いや~、楽しみだ~! 僕達で行く初めての宿泊旅行!」
利府くんが期待のこもった表情で言った。
「平和に三日間終わるといいけどな」
隼人が言う。
「旅にハプニングは付き物っていうしな……」
実際、もうすでに快志が寝坊している。
改札を入って三番線に行き、しばし電車が来るのを待った。各々喋っているうちに接近放送が流れ、電車がやってきた。この旅の第一走者は103系だ。
祝日の早朝にもかかわらず、さすがは武蔵野線だ。この時間にしては、乗客が多くいた。南越谷、南浦和、武蔵浦和などと停まっていくうちに、乗客が入れ替わる。首都圏を放射状に走る路線と次々と交差する武蔵野線は、短距離の利用客が多い。
東所沢を過ぎると、長いトンネルが増えてくる。スピードを出して通過するので、車内、そしてトンネル内に、MT55の轟音が響き渡る。朝からいい目覚ましだ。新小平を過ぎたところで、僕は爆睡中の隼人と快志、そして利府くんを起こした。
西国分寺に着き、『Gota del Vient』を聞きながら中央線のホームに下りた。西国分寺駅は、新松戸と同じように、武蔵野線と中央線が直角に交差する形になっている。だが、新松戸は常磐緩行線が島式ホーム、武蔵野線が対向式ホームになっているのに対し、西国分寺は両路線とも対向式ホームになっている。そのため、新松戸とは少し違う雰囲気になっているのがこの駅の特徴だ。
ほどなくして高尾行きの電車がやってきた。
「ギリ座れなかったな」
快志が少し悔しそうに言う。
「まあ立川で座れるっしょ」
隼人がそう言った。彼の予想通り、立川で乗客の半分以上が降り、僕達は座ることができた。僕達は関東のJR線では「経験値」が高いので、こういう予想はお手のものだ。まあ、外れることも割とあるのだが……。
そして『美しき丘』の発車メロディーが流れだした。今年の五月に、七番線だけ曲が変わったのだ。それまでは、『アマリリス』が流れていた。
「立川でアマリリスが流れないのは変な感じだよな~」
隼人が言う。
「確かに、立川といったらアマリリスっていうイメージはあるよね」
利府くんも言った。
「五月に変わった時、他のホームもメロ変するんじゃないかって少しヒヤッとしたけど、あれから特に動き無いから、たぶん誤乗防止のために変えられたんだと思う。ほら、四番もアマリリスだからさ」
僕はそう説明した。
立川から先は駅間が長くなり、気持ちのいい走りをするようになる。そして多摩川橋梁を渡ると、電車は日野に到着した。
ドアが開くと、『海岸通り』が流れてきた。
「あ、日野も変わったんだ」
佑ノ介が言った。
「ほんとだ!」
「今年の十一月に変わったらしい」
そう説明する。
「おれが最初に気付いたんだぜ」
快志が自慢げに言う。あの時、メールで教えてくれたのはありがたかった。
「前はなんだったけ? 上りはアマリリスだったけど……」
佑ノ介は言う。
「『花のことば』だね。この駅限定だった」
「ああ、それだ!」
「アマリリスもこの駅限定のバージョンだったから、今回のメロ変はちょっと残念だったかな……」
レアな発車メロディーが消えてしまうと、やはり悲しくなってしまうものだ。
八王子から先は、車内はガラガラになり、上り勾配もあいまって、終点が近づいていることを感じさせてくれる。西国分寺を出てから三十分ほどで、電車は高尾に着いた。
「ご乗車お疲れさまでした~、終点高尾、終点の高尾に到着です。相模湖、大月方面ご利用のお客様~、普通列車甲府行きは、お隣のホーム三番線からの発車で~す……」
駅員の放送を聞きながら、跨線橋を渡る。次に乗るのは、紺色とクリーム色のツートンカラーの「スカ色」の115系、いわゆる「山スカ」だ。
祝日の午前中ということもあり、ボックスシートがとれるか不安だったが、かろうじて空いていて、ボックスシートに座ることができた。
「ふう……、これでとりあえず甲府までは快適だな」
「そうだね。じゃ、朝飯でも食うか」
そういえば、僕達はまだ朝食を済ませていない。発車メロディーが鳴り始めるとともに、僕達はそれぞれ弁当やおにぎり、パンなどを広げ、おもむろに食べ始めた。
ドアが閉まると、列車はゆっくりと高尾を発車した。さあ、中央本線の楽しい旅の始まりだ。
ここまではずっと平野の街中を走ってきたが、高尾から先は車窓が一変する。線路の両側には険しい山が迫り、息苦しいような感じさえ覚える。中央本線の車窓で一番印象的なのは、ここのような気もする。
「この辺にも撮影地あるんだよなあ」
佑ノ介が言った。
「鉄橋を渡る構図だよな」
「そうそう」
「なんでこの辺の撮影地には来ないことにしたの?」
利府くんが佑ノ介に聞いた。
「迷ったんだけどさ。せっかく信州のほうに行けるんだから、そっちのほうで撮ったほうがいいのかなと思って。あと、この辺の撮影地は何回か来たことあるし」
「なるほどね」
列車はその後も険しい山の中を走り続ける。長いトンネルを抜けたかと思うと、その先が鉄橋だったりして面白い。見る者を飽きさせない車窓だ。佑ノ介なんか、左手にパンを持ったまま、右手でカメラを持って写真を撮っている。
「いやさあ、さすがに食べるのに集中しようよ……」
僕はそう声をかけたが、佑ノ介は空返事をするだけだった。
さて、列車は勝沼ぶどう郷に到着するところだ。ここで利府くんが、「ここからめっちゃ景色いいよ」と僕達に言った。
「マジか! ちょ、カメラカメラ」
隼人はそのことを知らなかったようで、慌ててリュックから一眼レフを取り出した。
勝沼ぶどう郷を発車すると、右手に甲府盆地の大パノラマが広がった。近くに見えるのは果樹園や田畑、そして遠くに見える住宅地の中には、
「確かにめっちゃ景色いい!」
隼人は興奮した様子でそう言った。他の三人も、車窓に釘付けになっている。明日行く姨捨駅では、これを越える絶景が見られるのだろうから、とても楽しみだ。
乗り換えた先の松本行きの列車は、115系の六両編成だった。しかし先ほどまでの車両とは違い、薄い青、水色、白の三色の、「長野色」の車両だった。
この列車は少し混雑していて、ボックスシートに座ることはできなかった。ボックスシートの両端に付いている二人掛けの席はちらほらと空いているが、五人でまとまって座れそうにはなかったので、潔く立とうということになった。
『近郊地域16番』の発車メロディーが流れだした。この曲を聞くと、甲府に来たんだなと感じる。他にも川越線や青梅線でこの曲は使われているが、甲府のイメージが一番強い。
列車は行楽客を多く乗せて、甲府を発車した。僕達はこの列車に、佑ノ介が行きたいと言っていた撮影地の最寄りの、長坂まで乗る。長坂までは四十分ほどだ。
中央本線の高尾~甲府間は進行方向左側にいい景色が多いが、甲府~小淵沢間は、進行方向右側に乗ったほうがいい。ただ、富士山を見たい場合は左側に陣取ったほうがいいかもしれないので、はっきりとは言えない。今日は富士山は見えなさそうなので、僕達は右側のドア付近に立つことにした。
竜王を過ぎると、塩崎、韮崎と停まっていくうちに、列車はぐんぐんと標高を上げていく。左手には南アルプスの山々が、右手には八ヶ岳が見え始めた。雄大な山々は、どれもきれいに雪化粧をしている。
「いや~、きれいだ……」
中央本線に乗るのは初めてだという隼人は、完全にその景色に目を奪われていた。
「すごいな……、なんだろう、自然の大きさを感じる」
快志は甲府までは来たことがあるらしいが、そこから先は初めてらしい。隼人と同じように窓の外を眺めている。
「何回見てもいいよね。冬もいいけど、夏も緑が映えていいよ。春は春で桜とかとコラボしたりするし、秋も紅葉するしね」
「要するに、一年中素晴らしいってことか」
「ま、そういうことだね」
僕は利府くんとそんなやりとりをした。景色を見ながら雑談をしているうちに、列車は長坂に到着した。
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